竜の住処
彼の背に乗って空を飛び、はや四日が過ぎた。
未だに目的地には辿り着かない。気持ちの良い風を浴び、温かな太陽の元、澄み渡る青い空を横切っていた。
彼の話では、目的地に辿り着くまであと少しらしい。
長命種のあと少しは、正直、あまり当てには出来ないだろう。
(俺が知っている)人間と竜では、寿命が違い過ぎる。
俺は人の中で生きて来たから、「あと少し」と言われれば人としての「あと少し」を思い浮かべる。
だが、竜である彼の「あと少し」は人間の「あと少し」よりも、かなり長い期間を表している可能性がある。
空から眺める景色を好ましく思っている俺からすれば、それはそれで、何ら問題は無い。
この数日で、レイナも竜の背に慣れた様だ。
今は下を見て、壮観な景色を眺め、それを目に焼き付けようと必死になっていた。
彼女の事を俺はとても大人びた人間だと思っていた。だが、少女の様な顔もする事を知って、少しだけ安心の様な…よくわからない気持ちになった。
悪感情はなく好感を持てるものだが、それを明確に言葉にするのは難しい。
竜というのは、この世界でもとても強力な生物の様で、彼の背に乗っている限りではあるが、何かの困難に巻き込まれるという事は一切として無かった。
竜が飛翔する姿は空の王と呼ばれても差支え無いだろう。それ程に雄々しく、絶対強者だった。
もし仮に、彼らの飛行距離を俺達が歩いたとする。絶対にとは言えないだろうが、少なからず野獣に襲われるという困難が待ち受ける事になるだろう。
彼らの主な武器は、当然、強靭な爪や牙もあるだろうが、それ以上に口から火を吐ける事だ。だが、それだけでは無く、歳をとった竜は竜言語による魔法も使えるらしい。正に向かうとこ敵なしである。確かに、獲物として狩りの対象にしたいとは思えない。
彼らの中の認識では、魔法は武器では無く、あくまで便利な道具という位置付けで、その点に置いては俺と同じ価値観を持っているようだ。
エルフの住処を蹂躙する際も、魔法は一切使っていなかったらしい。
この数日間で、俺は竜言語を習得する事に成功した。竜言語はさほど難しい物では無く、思ったより感覚で使う事が出来る技術だった。
竜言語魔法、またの名を竜魔法と呼ばれる物も使う事が出来る様になった。竜魔法は全てが広大な規模の魔法であり、洪水や山火事を引き起こす様な代物ばかりだ。
とても物騒な魔法だが、過去に何回か使用された事があるらしい。
人間の国を一撃の元に焼き払ったとか、神々の住まう神域を破壊する為に放たれたとか、もはや神話の中の記録ではあったが。
その話の途中で、俺はつい気になって、彼に神に出会った事があるのかと訊ねた。
答えは「ある」ではなくて、神域に「殴り込んだ」が正しいらしい。竜からすると、神々の存在はあまり遠く離れた物ではなくて、むしろ身近な物なのだとか。
そして、彼は『お前は現人神では無いのか?』と俺に訊ねた。
俺は当然「神では無い」と答えたが、彼には納得して貰えなかった。
どうやら、この世界の神々と似たり寄ったりな雰囲気を持っているらしい。正直な話、俺の知ったことでは無い。
『着いたぞ』
彼は言った。そして、徐々に身体を降下させていく。
『わかった』
彼の言葉に、俺は竜言語を用いて返事をした。使える様になったとは言え、たどたどしい部分が僅かながら残っている。だから、練習も兼ねてだ。
彼が降り立った大地に俺も降り立つ。
大地はとても神聖な雰囲気を持っていた。少しだけひんやりとした空気は、今までの広大な青空よりも美味しいと感じる。
身体が大地に癒され、心も大地に癒される。
「…良い場所だ」
思わず、言葉が漏れる。
『気に入って貰えて何よりだ
我はお前達を特別に歓迎しよう』
彼は、ガリューレン・ハルバルトとして、寛大に偉大に俺に言い放った。
『有難く世話になろう』
ただ、これはあくまで彼個人の言葉でしかない。竜族としての歓迎とは別なのだ。
ただ勘違いしてはならないのは、彼には竜族を強引に纏めるだけの力があるという事。
彼が右を向けと言えば、強引に竜族を右に向かせる事は出来るのだ。
今回は、彼が強権を発動する必要は無い。俺が勝手に、竜族に認めて貰えば良いだけだからだ。
つまりは、力を示せという事である。
彼がこの土地に帰った事により、出迎える様にして、様々な竜達が彼を囲んでいた。
また、彼が率いていた群れは彼に続く様に地面に降り立った。
『我は彼を、ここの住人として受け入れようと考えている
…異論のある者は居るか?』
その者達に強烈な視線を向けて、彼は俺の処遇を訊ねた。
すると、やはりと言うべきか、案の定と言うべきか、反対する者達が現れた。
『彼は我らを凌ぐ程の剛の者だ
それが嫌だと言うのなら、汝らの力を示し、彼を打ち倒してみよ』
いや、そこまで自身の強さを売りにしている訳じゃ無いぞ!?
…と、反論したい気持ちも山々だが、竜族は個人の武力を重視する者が多いらしく、力でねじ伏せれば大人しくなると彼に言われたので、渋々、本当に渋々ながらそれを受け入れる事にした。
『誰が俺の相手をする?』
俺は自らの身体に封印された、神々すらも忘れ去ろうとした神造兵器を取り出した。
この剣は人に振るうには過剰であり、五百年程前に一度使用してからは、一切として手に触れた事すらなかった。
だが、今宵の相手は竜と呼ばれる強者である。
相手に不足無し。
存分に振るわせて貰お…
『やめい!』
と、相手である筈の竜族達に近付こうとすると、彼に止められた。
『我らを殺す気か?
…もう少し、安全な武器は無いのか?』
彼に問われる。
『竜の鱗をも切り裂ける剣はこれしかない
大丈夫だ、しっかりと手加減する』
竜の鱗を切り裂く機会なんて、前の世界では殆どと言って良い程にない。だから、俺の体に封印されているこれしか、攻撃手段と成り得る剣は俺の手元には存在しない。
俺の言葉に、彼は首を横に振る。
『…我らはお前の力を認め、お前達がこの土地に住まう事を、特別に歓迎しよう
皆の者も異論は無いな?』
そして再度、俺の処遇についてを訊ねた。
今度は、反対する者達は一切として姿を現さなかった。
竜族という屈強な生物と戦う為の、程良い武器を持っていなかった事に、少しだけ申し訳なさを感じる。
強大な力の前に、萎縮しているのが感じ取れた。
人であれば徒手空拳で事足りるし、野獣であっても、徒手空拳で事足りない相手には近付かなければ良い。
この様に、何かを得る為に戦うとなった時に、程良い武器が必要である場面が極めて少なかった。
程良い武器を手に入れなければならない。これからも、似た様な事があるかもしれないからな。
そんな反省と共に、この土地は俺の拠点となった。
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