自由人、狩人の真似をする。
森まで辿り着いた。
人の手が入っていないジメッとした森だった。
そう言えば、多少の食物が鞄の中に入ってたな。
…もって3日くらいだろうか?
しかも、その鞄も今は建物の中に置きっぱなしだ。今すぐに確認する事は出来ない。
何かを捕まえて、食物にする以外に手段は無さそうだ。
いや、捕まえるも何も…別に食物が動物の死骸である必要も無いか。
困ったな。この世界の事が何もわからない。
なのに、食物に困ったと来ている。
ついさっきまで、困る事は無いと思っていたのになあ…
ああ、そうか。そうだな。
こういう時こそ、願いを叶えて貰うべきだろう。
ズボンのポケットから石を取り出し、俺は天照大神に祈った。
「目を開けてごらん」
天照大神の声が聞こえる。
目を開けてみると、先程まで立っていた森では無く、真っ白な空間に立っている事がわかった。
「願いが決まったのかい?」
「一つだけだが」
三つも同時に決まる筈がない。
「聞こう」
「俺に食物を見分ける能力をくれ」
別世界の動植物なんて、いくら長く生きてきたとは言え、わかる筈が無い。
「わかった。では、授けよう」
「ありがとう」
「また、決まったら祈ってくれ」
あまり抑揚の無い声で、天照大神は言う。
俺は森の中に、先程まで居た場所に立っていた。
用が済んだら直ぐに戻されたな。
…まあ、良いか。
与えられた能力の試運転として、軽く辺りを見回してみる。
何が変わったのか、わからないな。
取り敢えず前に進もう。
浅い森に、食物となる獲物の気配は無い。
食物を得る為には、奥に入る事を避けられなさそうだ。
森の奥を目指して、一歩を踏み出した。
暫く歩き続けても、食物になりそうな動物には出会わない。
おいおい…流石にこれは困る…
ん?
この足跡は…
辿ってみよう。
その先が何であっても構わない。
足跡を辿っていると、洞穴があった。
入ってみよう。
…暗いな、そして、奥が深い。
これでは先が見通せない。
指輪をなぞり、光の妖精を呼び出した。
暗闇で辺りを見回す手段は、他にも幾らかあるが、今はこれで良いだろう。
光の妖精が飛び回り、辺りを白く照らす。
こん、足に何かが当たった。
当たったそれをよく触ってみると、何かの骨である事がわかった。
この奥には肉食性の何かが住んでいる様だ。
人型でない事を願うばかりだ。
今の余裕のある状況では、流石に人型を食べようとは思わない。
動物の気配がした。
この世界で初めて、動物と遭遇する瞬間だと考えれば、気持ちも高揚する。
俺は出会った。まるで犬の様な存在に。
犬では無いのか、そう思い観察する為に、少し接近をすると威嚇された。
しかし、どう見ても犬にしか見えない。
犬は食物になる。
子連れであれば見逃そう。
だが、一匹ならばこの場で狩る。
犬は咆哮し、飛び掛ってきた。
半身になり、犬の身体を流す様にして、この洞穴の最奥目掛けて、俺は走り出した。
やがて行き止まりに至る。
…どうやら、この犬は一匹だけの様だ。
であるなら、その命、糧にさせてもらおう。
俺の後ろから、まるで獲物を追い詰めるかの様に唸り声を出してくる存在。
向こうも俺を狩ろうとしているのだろう。
転身して、犬に対して戦闘の構えを取った。
犬はそれを見て飛び掛る。
それを、少し後ろに下がる事で躱す。
着地した瞬間を狙って、犬の頭部を目掛けて貫手を放つ。
貫手はあっさりと犬の頭部を穿った。
どうやら、そこまで頭の回る生物では無かった様だ。
獲物も仕留めた事だし、建物に戻るとしよう。
洞穴を出て、一直線に建物へ進む。
…何か聞こえるな。
茂みに身を隠そう。
そして、バレない様に頭を覗かせる。
おお、人型じゃないか。
話し掛けたいな。
…いや、獲物も抱えている事だし、今は大人しく建物に戻った方が良いだろう。
とは言え、身を隠しながら移動するのは面倒くさい。
それに何より、コソコソと移動するなんて、まるでこちらが如何わしいと言いたげだ。
身を隠すのを止めて、見つかっても気にも止めない様に森を歩く事にした。
身を隠してないと見つかるのは至極当然で、人型と思われる視線が俺に突き刺さった。
視線だけだから、過敏にならずに進行方向も変えずに先に進んだ。
…おいおい、いきなり武器を抜くなよ。
…武器を持った手で近付いて来るなよ。
どうやら、こちらの世界の住人は随分と野蛮らしい。
身を隠した方が面倒事は避けられたかもしれないな。
身を隠した所を見つかる方が、もっと面倒事になるだろうな。
刃物を抜いた人型が居る方向に視線を向ける。
「そんな物騒な物を持ち出して、いったい何をするつもりだ?」
言霊を乗せて声を発する。
向こうの世界の言語が伝わるとは思えないからな。
「…お前は何者だ?」
勇敢にも人型の一人が、俺の目の前に姿を現した。そして、不躾にも言葉を投げ掛けてくる。
…やはり、前の世界の言語ではないな。
「それはこちらの台詞だ」
何人かが未だに茂みの中に隠れている。
未だ隠れている方向に、視線を向けて牽制しつつ言い返した。
姿を見せた人型も布を頭に被っていて、素顔を一切こちらに晒さない。
「その物騒な物を外に出すな
…殺し合いがしたいのか?」
刃物を手に握っている人型に、忠告の意味を含めて告げる。
「そちらがその気なら…
それも辞さないだろう」
人型はそう言った。
先に刃物を持って近寄ったのはお前らだろう?
ここらが彼らの縄張りである可能性もあるか…
「こちらにその気は無い」
取り敢えずは、獲物を持っている手とは逆の手を上に挙げて、敵意が無い事を示す。
「ならば、何故この地に居る?」
「獲物を取るためだ
この姿を見てもわからないか?」
話が長くなりそうだ。
血抜きでもしながら、彼の話を聞くとしよう。
「ここは我らの土地ぞ」
「私はこの森の隣
その草原の上に住んでいる
お前達を害する気は一切無い」
縄張りだったのか…面倒くさい考え方だ。
大した手入れもしてない様な森を自らの縄張りと言ってしまうのだから、苦笑いも出てこない。
森にとって、お前達は歯車の一つでしか無いだろう。そう思って口に出して、態々争い事を生み出す必要も無い。
…が、嘲笑したくなってしまうのは、俺の悪い癖だな。
「信用出来ないな
我々と来て貰おう」
「いずれお前達と共に行く事もあるだろう
今は獲物の下処理をする為に帰らなくてはならない
俺はお前達とは行けない」
建物に女だって残して来ている。
彼女の身体では食料調達も出来ないだろうし、俺の荷物の中にある非常食を探り当てるのも難しいだろう。
「無理矢理にでも…」
目の前の人型は構えた。
どうやら、やり合うつもりらしい。
「…下手に出てるからと調子に乗るなよ」
争い事を避けようとしているのがわからないのか?
…はあ、仕方ないか。
幾らかは俺に手を出した報復として、見せしめに死んで貰うぞ。
目の前の人型は俺を目掛けて刃物を振るう。
剣では無いな。
包丁に近い大きさだ。
軽く後ろに下がり、刃物が届く間合いから外れる。
間合いを外すと、人型も俺を眺める様に構えを取った。
人型は軽い半身で、前手に刃物を持っていた。
それを見て、軽くボクシングステップを踏んで、一気に刃物では戦えない程に近間に潜り込む。
その際に、片手で人型の前手を持ち上げる様に抑える。
人型は刃物を逆手に持ち変える。
恐らく、体重を掛けて無理矢理に刃物を突き刺す気なのだろうが、残念ながら遅い。
敵の外側に入り込んだ脚で、足払いをして重心を崩し、抑えた前手をしっかりと掴み地面に叩き付ける様に落とした。
人型が地面に倒れたと同時に、腕を捻りあげて、刃物を奪取した。
「死にたいか?」
手元にある刃物を首に添えて、人型に訊ねた。
すると、隠れていた気配達が離れていくのを感じた。
抑えた人型を見捨てて、他の個体は逃げた様だ。
「自害用の薬はあるのか?」
俺の質問に対して、一切として答えない。
「ならば仕方無いな」
顔を隠している布を、強引に剥いだ。
…女だ。
しかも、耳の長い女だ。
向こうの世界では暫く見ることの無かった種族だ。
___エルフ。
折角捕まえたのに、逃がしてしまうのも勿体無い。
今は刃物を向けているから逃げないが、気を抜いたらすぐに逃げるだろうな。
指輪から、はるか昔に妖精王だった者を呼び出した。
「今度、可愛がってやる」
それだけを言うと、可愛らしい姿をした彼女は、エルフを植物の蔓で拘束した。
「ありがとう」
彼女の頭を撫でる。
撫でた手に付けていた指輪に、吸い込まれる様に消えていった。
もう新手も居ないだろう。
女を待たせている。
帰ろう。
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