異界の者、魔王を救うまで。
悠な未来を
プロローグ
最強、世界を渡る。
様々な国、場所に行った。
様々な人々と出会い、様々な技術を得た。
俺は今の今まで自由だった。そして、これからも妨げる者は現れないだろう。
…暇だな。
新たな土地に行ってみたいと思う。…でも、ぱっとは思いつかないな。
…暇だな。
新たな術理を知りたいと思う。…でも、ぱっとは思いつかないな。
10年前から変わらない俺の大好物は、冬の日照りに晒されて、段々と溶けていく。
「助けて…!!」
誰かの"助けて"が聞こえた。声のする方に視線を向ける。
この世のモノではない異形の怪物が、女を食べようとしていた。
女は巫女の様な格好をしていた。生贄か妖術師か、そのどちらかなのだろう。
女も、異形の怪物も周りの人間には見えないようだ。そういう術理が存在するのは、俺も知っている。
それは、世間一般的に無き物にされた術理の一つだ。本当は存在するのだが、それは科学の力で無い物とされてきた。
対象と自身を虚数空間に引き摺り込み、実数空間上での被害を極力として減らす術だ。
虚数空間を認知する事が出来る者でなければ、虚数空間で起こる出来事を実数空間上で感知する事は出来ない。
…まあ、つまり、俺も世間一般の枠からは外れている訳だ。
ここで見なかったフリをするのも、助けるのも俺の自由だ。
俺自身を虚数空間に落とし込む為の術を使う。
虚数空間は実数空間と遂になっている。だから、俺が虚数空間に入り込んだとしても、見えている景色に大した違いは現れない。
変わるとすれば、周りを歩いている人間達が半透明の霞の様になっていて、怪物と女が俺に視線を向けてきた事だろうか。
「何でここに!?
ここは危ない!!
逃げっ…」
女は先程まで助けてを口にしていたのに、俺に逃げろと言おうとした。その途中で怪物に遊ばれる様に踏みつけられた。
「魔払いの剣よ。
姿を示し、物の怪を殺す刃となれ」
俺は手を翳し剣を呼び出すための詠唱をする。大気が剣を象り、俺の手に握られる。声の出ない女の目は大きく見開かれた。きっと同業者だとでも思われたのだろう。
女の視線は無視して、剣の切っ先を怪物に向けた。
…気持ち悪い怪物だ、出来るだけ触りたくない。
そんな気持ちを察したのか、怪物は女を蹴り飛ばし俺を威嚇し始めた。
威嚇されている中で、蹴り飛ばされた女に視線を向けてしまった。
良かった、生きてるみたいだ。
態々、術を使ってここまで来たのに、死んでしまっては意味が無いじゃないか。
!?
俺の身体は宙を舞った。余所見をしていたら怪物に体当りされた。咄嗟に腕で身体を護ったのが幸いして、俺の身体は無傷だった。
…でも、気分は最悪だ。出来るだけ触りたくないと思っていたのに。
この怪物を殺しても、大々的な制裁が俺に加えられる事は無い。もう一回も体当りをされるのは勘弁願いたい。
さっさと倒してしまおう。
身体を前に倒し、怪物に急接近する。怪物はそれに驚き、腕らしき物を横薙ぎに振るう。横薙ぎにされた腕を、頭を抱え込む様にして躱す。怪物は肉薄になった。
持っている剣を全力で、本気で振るう。
一刀両断、特に抵抗される事も無く怪物は上下の二つに別れた。念の為に、頭と思われる部位に剣を二三回ほど突き刺した。
さて、怪物も倒した事だし女の手当てをしよう。こんな怪物と接触するような人間だ。一般人だとは到底考えられない。
「大丈夫か?」
出来るだけ丁寧に、女の身体を抱える。
「…ええ」
息も絶え絶えな様子で、女は答えた。
「…貴方は何者なの?」
「通りすがりの自由人だ」
女の問い掛けに対する答えは、何一つとして間違った物ではない。
「そんな訳…!?」
食い気味に否定しようとして、女は痛みに蹲った。
「残念ながら事実なんだ」
陰陽道やらの術理を学んだ事はあるが、それを生業にしている訳じゃない。
「やあ、雷銅君
いや…アードラと呼んだ方が良いかな?」
俺達以外に誰も居ない筈の虚数空間に、覚えのある声が響いた。
「どうしたんだ?
天照大神、いや、天照大御神が良いか?」
偶々どうして、それなりの親交のある神が、この虚数空間に居るのだろうか?
「お前達は人間の前に姿を現さないのが基本だろ?
俺の腕の中に女が居るのが判らないのか?」
虚数空間に神が存在するのは百歩譲って許すとしても、人間の前に姿を現すのは不味いだろう。
今の世界は、神々から独立しているのだから。
「その女は妖術師だ
それも、かなりの腕前のね」
「俺の様な…?」
俺は何度か神と出会っては会話をした事がある。
それは、俺が理外の存在になってしまい、神々が対話以外で俺を抑え付ける術が無いと判断したからである。
「そうだね
そして、君が倒した怪物は特殊な存在だったんだ
その怪物達を追っていたのが、そこの女らの組織だ」
「特殊な存在というのは、神々が干渉する程のモノだった訳だ」
神々が現世に干渉した時、その記憶は全ての人々から抹消されなければならない。理由は簡単で、世界は既に神々の手を離れているからだ。
俺みたいな奴は、適当に言い包められる。神々の力で記憶を抹消出来ないから。
「流石アードラ、話が早いね」
「おいおい、俺には雷銅って名前があるだろ?」
最近の俺の名前は"雷銅"だ。
俺は歳を取らないからな、住む場所を転々として、名前を変えなければ一般人に気味悪がられるんだ。
「いや、これからはアードラだ」
「なんだって?」
「君には別の世界に行って貰おうと思ってね」
…自由人の俺が好きそうな面白そうな話をするじゃないか。
「どんな世界だ?」
「神々の奇跡が見え隠れする世界だ。大昔…君が生まれた時代には存在していた、魔法が存在する世界だ」
"存在していた"
"存在する"
…か、今も俺は魔法が使えるのにな。生まれた時から随分と時代が変わったよな。
「行こう」
「君ならそう言うと思った。じゃあ早速…と言いたい所だが、一つだけ取引をしないか?」
「まだ何かあるのか?」
神から持ち掛けられる取引か。少しだけ怖い物があるな。
「そこの女の面倒を見てくれるのなら、願い事を三つほど叶えよう」
神々の思い通りにならない女を、俺に押し付ける気の様だ。
「おいおい、そんな事を言って大丈夫なのか?」
俺はお前達を殺す事だって出来るんだぞ?
「君はそんな事はしないだろう?」
「そりゃ随分と信頼されたもんだな」
その気になれば、俺にとって神々を殺す事は何ら難しい事じゃない。
…する理由が無いからな。
「願い事を叶えるのは、別世界に行ってからでも構わないか?
それなら、喜んで女を共に連れて行こう」
向こうの世界で何が必要となるのか、今はわからないからな。
「勿論、いつでも構わないよ
これを持って行って」
翡翠色の石が放り投げられた。
その石は誰かが手に取る事も無く地面に落ちる。女を抱えてるんだ、取れない事くらいわかるだろうに。
「これは?」
石に目を向けて訊ねる。
「その石を握って祈れば私に通じる。願い事が決まったら呼んで」
なるほど、通信機の様な物か。
「じゃあ、君を別世界に案内するとしよう」
天照大神は話すべき事は全て終えたのだろう。虚数空間に大きな紫色の渦を発生させる。
俺は転がった石を指に引っ掛ける様にして拾う。
その渦は中心に、見知らぬ景色を映し出した。今の世界には考えられない澄んだ空と、美しい緑が見えた。
「これは楽しみだ」
これを楽しみにするなと言う方が無理だ。
「喜んで貰えて何より」
「じゃあ、行ってくる」
渦の先に、足を踏み出した。
「君の人生が、彩られる事を祈っているよ」
慈しんだ声が耳元に聞こえた。
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