第65話 悲恋の最終章②荒れる心が制御できない

 間違い電話で失礼なお願いをしたお礼にフロントの新人さんと

飲み会の約束を交わしています。由紀子とのすれ違う心を埋める

為に、新しい出会いを求めてる自分に気が付いていました。


 約束の土曜日・・・泉岳寺の改札には絶対遅刻を

しない・・・相手が嫌なことはなるべく回避しなければ・・・

そんな訳で改札には18:20分到着・・・土曜日の

夕方なので、駅は比較的空いています。すると間もなく

新人さんが階段を下りてきました。視線が合わなかったので

かくれんぼよろしく、柱の影に隠れました。いたずら心満載です。


 彼女は改札あたりをキョロキョロしています。左手にはめた

腕時計で時間を確認してる・・・もういいかなあ・・・この辺で

 背後から近づき、「新人さん・・・何・・・キョロキョロしてるの?」

「え・・・どこにいたんですか?・・・」ずっと傍にいたのに気が付かない

から声をかけたんだ・・・「時間前から待っててくれたんですね!・・・」

「約束だから、それが最低条件だから、10分前から待ってたんだ」


 そんじゃー行こうか・・・地下鉄で五反田乗換え、山手線、渋谷まで

正味25分でハチ公口・・・週末の渋谷は大混雑です。初デートで

いきなり手をつなぐのも、デリカシーがないかもしれませんが・・・

この人波に飲まれて迷子になったらシャレにもなりません。渋谷初体験

の彼女にはやっぱり手をつなぐか?「ねーーーこのスクランブル交差点

凄い混雑するんだ・・・迷子になったら大変だよね・・・ね・・・

右手だして・・・そして左手で軽く握りました」ぎこちないシーンですが

さすがに彼女もこの人波に驚きを隠せない様子・・・離すことはありません

でした。センター街の真ん中あたりに行きつけの焼き鳥やがあります。


「ねー・・・旨い焼き鳥やさんあるんだ・・・備長炭の本格派・・・

そこでいい?」「私は大丈夫です。里中さんにお任せします」


 7時過ぎか?・・・今夜はサラリーマンというより、学生で混雑してい

います。間口は2間くらい・・・店の前の大きな提灯がシンボルです。

お店の名前は「かとりや」 自由が丘にも支店がある繁盛店です。

コの字型のカウンターを配置、あとは6人がけのテーブル席6台、2階は

宴会可能な座敷になっています。 運よく手前、一番端のカウンターが

2席だけ空いてました。テーブルは満席・・・ほんと運がいい・・・


 でも副店長の酒井さんの前です。焼き場は若い奴に任せて、当人は

1番人気「煮込み」の鍋の前にいます。この場所から店全体を監視

しながら、担当者に指示、命令をだしています。「あれ・・・さとやん・・

今日は何?・・・連れが違うじゃん・・・」「あー・・・はい!バイト先の

仲間です。」間髪を入れずに唇に人差し指をたてましたが、間に合いません

した。彼女の顔をちらりと見ると怪訝そうな顔色・・・「まったく・・・余計

なことを言ってくれます。」でもほんと、酒井さんにはお世話になり放しです。

貧乏学生には1人¥2,000もあれば結構酔える大好きな焼き鳥屋なので、

ここは我慢・・・我慢・・・

 すると「さとやん・・・いつものアサヒでいいのかあ?」きょうは俺が主役ではないので、「ねー・・・ビール飲めるの?」

「はい・・・1杯位なら・・・」了解、了解・・・「酒井さん、アサヒ1本とレモンサワー1杯・・・それと、煮込み2丁、ねぎ間とかしらは塩、とり皮はタレ、しそ巻きも各2本で・・・」

「はーいよ・・カウンター1番、アサヒ1本、レモンサワー1杯よろしく・・・」


 ホールにいるバイトがおしぼり、ビール、付き出しの塩キャベツをもってきました。そんじゃ・・・ビールで乾杯・・・おそるおそる彼女がビールに手をのばしてきたので今夜は新人さんが主役・・・お注ぎします。「そんじゃーーー乾杯・・・」

 名物の煮込みが運ばれ・・・焼き鳥がリズムよく出てきます。酒井さんが客の進み

具合を見ながら焼き場にサインを送ります。テーブル席は違いますが、カウンター席

ではこの絶妙なタイミングで出される焼き立ての味・・・これが酒井マジックでした。 

 「里中さん・・・ここの焼き鳥・・・美味しいです。こんなに美味しいんですね・・・私、かしらは生まれて初めて食べたんですが、ほんとに美味しい・・・」だよね・・・この席は俺の指定席だもん・・・だから飲みすぎちゃうし、人間誰でも美味しいものを食べれば笑顔になるし、話が盛り上がります。

「酒井さん・・・彼女のリクエストでかしら塩追加で・・・」・・・ビール1杯で顔がほんのり赤くなり、レモンサワーを飲んでいます。


 俺は2本目のビールを追加してました。お互いの自己紹介をしたり、いつもの四方山話になります。しばらくお酒と焼き鳥を堪能・・・


 すると彼女が「里中さん・・・このお店は彼女といつも来ていたお店なのでしょ」とぽつり・・・最初から質問、問いかけには素直に包み隠さず話をするつもりでいました。

 「そーなんだ・・・このお店との出会い・・・大学1年の春、オリエンテーションの健康診断でたまたま、隣にいた奴と馬が合い・・・1週間後に渋谷でロッキーを見たんだ・・・そのあと、飲もうと言う事なり、ぶらーと暖簾をくぐったのこの焼き鳥屋・・・その時もこの席だったんだ・・・そいつとは妙に波長があって今では親友なんだ・・・福島のいわき出身・・・俺は法学部、そいつは経済だからすれ違いも多いけど、アパートを今もいったり来たりしてる仲なんだ・・・それから今、付き合ってる彼女のお気に入りの店になっちゃて、渋谷イコールかとりや・・・そんな感じ」


 彼女の顔が一瞬曇った・・・「でもね・・・今の彼女とは瀬戸際なんだ・・・ちょっと複雑な問題を抱えこみすぎて、にっちもさっちも行かない微妙な時期なんだ」

 なんか今日は飲みたい雰囲気なのです。日本酒も好きなのですが、つい飲みすぎ・・・でも今夜はいいか・・・


 「酒井さん、お酒ぬるかんで2合、ぐい飲みも2つね」少しの沈黙があったのでお酒に活路を見出す・・・お酒が運ばれ、「まーいいじゃん・・・飲めし・・・飲めし・・・」と彼女にお酒を注ぎます。「飲めし・・・って、」怪訝そうな顔です。


甲州弁で飲めしは飲んで・・・食えし・・・食べて・・・寄ってけしはお寄りください。


 語尾に「し」がつくのが甲州弁の特徴・・・・飲めないと言ってたのに、なかなか

いけるじゃん・・・少しキーが高くなった調子で「あの・・里中さんって・・・プレイボーイでしょ・・・電話の感じでもそうだし、今夜の調子も凄く軽い感じがします」…俺への分析OK・・・お見事です。


「でも・・・不思議と嫌な感じがしないんです。相手を楽しませてくれる天性みたいなものを持ち合わせている不思議な人・・・」いいとこ

見てるじゃん・・・「そーなんだ・・・そんな感じなんだ・・・自分では

超まじめな勤労学生を自負してるんだけど、そんな感じがするんだ・・・それと

里中さんは止めてよ・・・お互いに昭和33年生まれ・・・君のほうが7月で月上

じゃん・・・せめて里中君か・・・さとくんにして・・・里中さんて呼ばれるとなんか調子狂ちゃうよ・・・」

「じゃーさとくんでゆきます。ところで私のことは新人さん・・・それはないでしょ・・」「うーん そうだね・・・向井 美由紀・・・・じゃあーみきちゃんって今から呼ぶよ」・・・・お酒の魔力というか、垣根が綺麗に取り払われて、初デートにしてはいい感じの展開です。時計をみると10時少し前・・・「ねー・・・もう1軒付き合ってよ・・・」 


 「どこに行くんですか・・・危ないとろは嫌です」そんな事しないよ・・・健全で明朗会計のお店・・・渋谷の駅前だから・・・大丈夫・・・心配しないで・・」

酒井さんに会計を頼んで・・・「さとやん・・¥6,000でいいや・・・」たぶん端数を切ってくれています。「酒井さん・・・・また・・・・来ます」と告げてかとりやを後にしました。 ・・・彼女が「さとくん、手をつないでもいい・・・ここではぐれたら、私、1人でアパートに帰ることできません・・・それと私も半分払います・・・」「今夜は俺が誘ったし、この間のお礼も兼ねてるからお金のことは大丈夫だよ・・」スクランブル交差点前のビルの4階に行きつけの「マリンコンパ」があります。金曜日の飲み会、2次会で大騒ぎ・・・・ここもお気に入りのお店でした。少し薄暗い店内ですがホールに大きなグランドピアノが置いてあり、調度品もおしゃれで雰囲気は最高です。窓側は視界が広く、駅の様子、ハチ公口の様子が見渡せます。窓側のボックス席が空いていたので・・・そこに座りました。彼女はあちこちキョロキョロ観察しています。「大学生ってこんなお店に来るんですか?・・・・・」「うーんいつもは1次会は居酒屋・・・・電話事件の時は、道玄坂の北海という炉端焼で1次会。ゼミの先生も一緒だったんだ・・・政治学のゼミなんだけど・・この先生、すっごく面白くて酒飲みで俺たちと精神年齢が同じ・・・・まだ、42歳の助教授なんだけど新婚2年目・・・奥さんも素敵な人で日吉のマンションに2度ほど夕飯に招待してくれる仲なんだ・・・この夏の合宿は白樺湖で3泊4日・・・毎晩、宴会で酒盛り・・・4年生は宴会の席で催し物をやるんだけど、5人で松田 聖子の

青いさんご礁を絶唱・・・受けに受けたんだ・・・俺たち5人は遊びの天才

なんだ・・・・それにこの先生が加わるともう・・・大変・・・そんなんでこの

政治学のゼミは人気があり、応募者多数・・・俺たちが面接して先生に報告

・・・おりこうさんは不可・・・最低条件が先輩を敬うこと、そして酒が飲めること

女子はブスでも何でもすべて合格・・・だから女子が8人もいるんだ・・・」

ハイボールとコークハイで乾杯・・・・2時間があっという間に過ぎています。

とにかくしゃべり続けた感じです。酔いにまかせて、由紀子との出会いから

今に至るまでの事を連綿と話していました。病気の事も、山梨の両親が

岩手に謝罪にいった事もすべて・・・なんら脚色をしないで、すべてありのまま・・・

 彼女は「私もその由紀子さんに1度会いたくなっちゃいました・・・」

時計の針は12時を回りました。名残惜しいけれど・・・お開きにしなければ・・・彼女もコークハイ2杯も飲んでいました。俺はハイボール4杯・・・酩酊の入り口にいます。会計を済ませて渋谷駅へ・・・週末土曜日の渋谷・・・・

まだまだ、喧騒の真っ最中です。


「私・・・酔っちゃたの・・・」すこし足が

ふらつき気味です。やばいかな・・・調子に乗らせて飲ましてしまったと反省です。

「ねーーーアパートはホテル裏側の女子寮でしょ・・・俺が送ってゆくから・・・

大丈夫・・・・」山手線に乗り込み恵比寿の手前で彼女がハンカチで口を押さえて

います。仕方なく恵比寿で降ろして、ホームの最後尾に移動して吐かせました。

ハンカチを渡して背中をさすりながら介抱・・・・「大丈夫・・・・恥ずかしくないから全部だしたほうがいいよ・・・」・・・・・その時間10分くらい・・・・


 最終が迫っています。地下鉄で泉岳寺は無謀・・・・品川まで行きタクシー・・・まだ冷静な判断ができる俺がいました。吐いたのが幸いして少し回復・・・歩けそうなので次の電車を待ちます。「さとくん・・・ごめんなさい・・・迷惑かけてしまって・・・」か細い声で・・・・「だいじょうぶ・・・だいじょうぶ・・・問題なし・・・全然迷惑じゃないよ・・俺のほうが、調子こいて飲ませてしまってごめんね・・・」


 品川駅でタクシーを拾い、泉岳寺まで・・・国道沿いで降ろしてもらいました・・・あと3分位・・・・肩をだいてゆっくりと歩きます・・・アパートに着きました。


 ここはホテルが借り上げた女子寮です。調理場、宴会、フロント・・・たしか6人位がいるはずです。誰かに見られると困るな?」・・・そんな事、気にしながら・・玄関へ「着いたよ・・・送り狼じゃないから・・・ここで・・・」

すると「さとくん、電車ないでしょ・・・」「うん・・・大丈夫・・・今夜のフロントナイト中村さんだから・・・俺、ホテルに泊まるよ・・・インチャージがなくても最悪、仮眠所があるから心配しないで・・・今日は楽しかった・・・ありがとう・・・バイバイ」


 別れ際はさりげなく、さわやかに・・・彼女の印象・・・都会に憧れがある

普通の田舎の女の子・・・でも高校卒業して社会人4年目・・・落ち着いてる

しチャランポランな学生よりも思慮深い・・・胸が少し小さいけど、顔は悪くない


 背も由紀子より高いしスタイルもいい感じ・・・・服装も落ちついてるし・・・

誰かに吐き出すことができる相手を探していたんだ・・・それがたまたま、今夜

の彼女でした。この初デートを機にふたりの関係が深まってゆくのに、それほど

時間がかかりませんでした。・・・・・・

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