第10話 ぶんぶく 裸(ら)ちゃがま

 むかしむかしの、ある日の事。

 山寺の和尚様が、物置から古い茶釜を見つけました。

「ほほう、これは見事な茶釜じゃのう。これで茶を淹れたら、さぞ美味じゃろうのう」

 和尚様は庭先に出ると、茶釜に水を入れて、湯を沸かそうと火にかけます。

 その時です。

「あちちっ!」

 茶釜が悲鳴を上げて、タヌキの尻尾が生えたではありませんか。

「なんと奇怪な茶釜だろう」

 驚いた和尚様は、不気味な茶釜を割ってしまおうと、巻き割りに使う鉈を手に取り、振り上げます。

 そこへ、町の古道具屋のイケメン青年がやってきました。

「和尚様、何か古道具の御用は、ございましょうか?」

 和尚様が茶釜の話をすると、茶釜を見せられた美男子は、とても興味深げです。

「ほほう。しかし和尚様、どう見ても 普通の茶釜のようです。しかも、とてもよくできた、美しい茶釜ですよ」

 切れ長な瞳の青年の素直な言葉に、茶釜はなぜか、恥ずかしそうにモジモジと赤くなりました。

 古道具屋さんが、それ程までに茶釜を壊してしまうのを惜しむならと、和尚様は、茶釜を安く売り渡す事にしました。

 茶釜を手に入れたスマートな青年は、帰り道では茶釜を大切に抱きかかえ、家に帰っても布で優しく磨き、大切にしました。

「とても美しい茶釜だ。古道具屋としては店先に並べておきたい逸品だが、さりとて売れてしまうのも惜しいなあ」

 そんな独り言に、なんと茶釜が応えました。

「待ってください。どうか私を、売らないでください」

「なんと。本当に、茶釜がしゃべったぞ」

 驚く細マッチョ青年の目の前で、茶釜がポンっと化けて、正体を現します。

 その姿は、タヌキ耳にタヌキ尻尾、タヌキグローブにタヌキブーツだけを身に着けた、裸の少女でした。

 背中には茶釜を括り付けて、背負っています。

「なんとした事だ。茶釜はタヌキだったのか」

 タヌキは正座をすると、話し始めました。

「はい。実はお寺の物置でこの茶釜を見つけ、丁度よいサイズだったので、中で居眠りをしておりました処、和尚様に持ち出されまして。バレてはいけないと思い、とっさに茶釜と一体化して化けたところ、お湯を沸かす為に火にかけられてしまい、思わず悲鳴を上げてしまったのでした」

 裸の少女っぽいタヌキの言葉に、切れ長だけど優しい眼差しの青年は、笑いながら頷きます。

「なるほど、それは難儀だったな。では明日にでも、お前を山に返してやろう」

 長身青年の優しさに、タヌキ少女は応えます。

「しかしそれでは、和尚様に支払った代金のぶん、あなたが損をしてしまいます。そこでどうでしよう、どうか私を売らず、この店先に置いてやってください。私にはちょっとした芸がありますので、見世物として、お客様に披露いたします」

「ふうむ、なるほど」

 翌日、肢体もしなやかな青年は裸のタヌキ少女の提案で、古道具屋の店先に、タヌキの見世物台を作りました。

「おお、なんだなんだ?」

「見世物かい?」

 そこでは、高く張られた細い綱の上を、タヌキが歩いたり、茶釜を背にしてコマのように回ったりと、町行く人々に、お店の宣伝をし始めます。

「おおい、見世物だぞう」

「茶釜を背負ったタヌキの芸だって?」

 古道具屋さんの店先で、タヌキ耳にタヌキ尻尾、タヌキグローブとタヌキブーツと、背中に茶釜を背負っただけの裸少女が、綱渡りをしてコマのように回ったり、傘の上でサイコロをいくつも転がしたりと、楽しい芸を披露してました。

「いやぁ、たいしたもんだ」

「なんと器用なタヌキだろう」

 お客さんの歓声とタヌキ少女の身のこなしに、美形青年も驚かされます。

「なるほど、見事な芸だなあ」

 化けるという芸の方が遥かに凄そうですが、後れ毛も官能的な青年は、綱渡りとかに感心しきりでした。

 裸なタヌキ少女の見世物は、町で評判となり、見物料も含めて、お店は大繁盛です。

 こうして、壮麗青年と少女タヌキは、いつまでも楽しく、幸せに暮らしましたとさ。


                        ~終わり~

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