32話 倦まず弛まず
澄み渡る青空、照り付ける太陽、陰を落とす
澄み渡る青空、照り付ける太陽、陰を落とす階、誰もいない踊り場、毎朝すれ違う知らない顔、微睡みを誘う木漏れ日、斜陽、孤独な車窓から眺める隔絶された人々の営み、僕以外は開けることのない扉、見てはいけないものを包み隠す夜の帳。
澄み渡る青空、照り付ける太陽、陰を落とす階、誰もいない踊り場、毎朝すれ違う知らない顔、微睡みを誘う木漏れ日、斜陽、孤独な車窓から眺める隔絶された人々の営み、僕以外は開けることのない扉、見てはいけないものを包み隠す夜の帳。
……。
あぁ、だめだ。
この日常の繰り返しはやがてあの日にたどり着いてしまう。
間違えなきゃ。
踏み越えなきゃ。
日常を逸脱しなきゃ。
でないと僕はまた、あの子に会ってしまう。
そして……。
そしてどうなるんだ?
あの子とは誰だ?
わからない。
でも、急に胸が苦しくなって、切なさにこの身が張り裂けそうになる。
この感情の正体は、郷愁だろうか。
自分を縛り付ける心の核心に迫ることが出来ずに、胸にしこりが残ったように気持ち悪い。
何も考えたくはないと、思考と共に体を投げだす。
ふと、ベットに無造作に放り投げられた音楽プレイヤーか目覚ましと化している携帯が目に入る。
一も二もなく飛びつく。
そして電話帳を開き、家族以外で唯一登録してある番号をコールする。
プルルルルルルルルルル。
プルルルルルルルルルル。
プルルルルルルルルルル。
虚しいコール音が無機質な部屋に木霊する。
こせつく手が電話を握りしめる。
出てくれない、繋がらない、ネガティブな感情が心を支配する。
磯の鮑の片思いとはこんな感じなのかと一匙の諦念が入り混じる。
「もしもし?」
携帯越しに、彼女の声がする。
よかった。
「ごめん、今話せる?」
彼女は携帯越しに笑いかけて。
「急にどうしたの?」
とこちらを慮る。
その久しく触れていない暖かさに涙ぐみつつも、自分勝手なお願いに付き合わせる申し訳なさを感じつつ、遠慮がちに訊ねる。
心の奥底では、どうせ断らないだろうなという醜い打算もありながら。
「……意味わかんないと思うんだけどさ、急に、愚痴を聞いてほしくて。ダメかな?」
「いいよ、全部聞いてあげる。痴態も恥も、言い訳も愚痴も何もかも、ね」
即答だった。
彼女は、いつもそうだ。
無条件で肯定してくれる。
こんな友人を、僕も持っていたら、幸せだったんだろうな。
「ありがとう」
救われている。
僕は救われている。
心の奥底から欲しがった言葉を適切に投げかけてくれる。
まるで彼女には僕の頭の中が見えているかのように。
思えば、彼女は昔からそうだ。
だから、寄り掛かってしまう。
「幸せの絵が描きたかったんだよ、ただただ僕は、コンテストの題材の絵を描こうと思って、描けなくてさ。夢や目標もない、友達がいない、人の役に立つ、認められるようなことがあるわけもない。話しかけたら微妙な顔をされるだけ」
「あなたは誰?そんなぬるい言葉じゃなかった。うんうんと相槌を打つだけ。僕たち私たち邪魔をするな、お前と仲良くすることなんてないっていう無言の壁だったんだ。当時の僕には、それがわからなかった」
「常識、普通だなんて、孤独な人にどうやって知れっていうんだろうね?親も教師も世間も正しい身に着け方を教えてくれないくせに、結果だけ求めてさ。できないと叱られるんだ」
「あれだけ自由だの自主性だのなんだの謳っておきながら、重視するのは「普通」「優秀」「お行儀」なんだもんなぁ。世間に良い顔だけしておいて、窮屈だよ」
「なんで価値観って重要視されているんだろう。僕の嫌いは世間の好きだったりすることが殆どのくせに。悪口なんて犬も食わないなんて口では言いながら僕も、彼らも人知れず呪詛を吐いてる。皮肉だね」
「なんで学歴とか恋愛遍歴とか、変わらない
「ダンスホールで、手を取って踊っていると思ってたんだ……けれどさ、全部滑稽な独り芝居だったんだ。僕は愚かに、だだっ広い空間の中心で踊らされていただけだった。
「でもきっとね、彼女にとっては誰でもよかったんだ。僕じゃなくても良かったんだよ。困ってて、頼れる人がいなくて、声を掛けたら依存気味に神聖視してくれて、自尊心を満たしてくれて、万が一思惑がバレても頼る宛のない人。彼女の事なら、沢山知っているよ。でも、彼女は僕の事なんか少しも知ってくれちゃいない。彼女は僕を通して、クラスのみんなに話しかけてたんだ。「どう?こいつ最高に無様じゃね?こんなゴミ屑にも救いの手を差し伸べる私は高潔でしょう?」って」
「みんな
「普通じゃないは【悪】だ。合わせられないは【悪】だ。わからないは【悪】だ。自分に降りかかる理不尽も不幸も、偏に払い退けられない自分自身の責任だ、なんて自己責任論が蔓延る世の中で牙も生えていない赤子が、どう立ち向かえっていうの?」
「両親には、顔向けできないよ。こんな相談できないよ。姉弟の中で唯一僕だけが失敗作なんだ。でもそれは生まれたころからある僕自身の瑕疵であってなんのせいでもない。だからあなたの息子は失敗作ですよって、悪意を持って責任を擦り付けることなんてできなかった。突き付けることが怖いんだ。」
「僕は誰を詰ればいいの?両親?環境?こんなくそったれな世界を作った神様?それとも、こんな
そんな取り留めのない愚痴を何時間話していただろうか。
幼いころから連綿と続く後悔の旅路を。
時折相槌を打ちながら聞いてくれた彼女に対して、熱く語りすぎてしまった自覚がある僕は謝罪と感謝を述べる。
少し照れ臭いけれど、昔から辛みのある彼女なら僕の言葉であっても、間違えずに言葉を受け取ってくれるだろうから。
「────
彼女のような友人がいたら、僕があんなにも苦しむことが……。
苦しむこと、が……。
……。
待てよ、ちょっと待て。
僕には彼女がいたんじゃないのか?
「どうしたの?もしもし?」
というか、中学も、高校にも彼女がいて、それで、それでよかったんじゃないのか?
幸せの絵は描けたんじゃないのか?
そうだ、この葛藤の日々はすでに通った過去だろ。
僕は、いったい何をしているんだ。
「もしもし?」
ここはどこだ?
過去の焼き直しか?
夢ではないだろう。
ノアはどこだ?
サチさんと別れた後、どうなった?
それも気になるが、喫緊の問題はそれじゃない。
記憶が確かなら香帆は──。
「凱?大丈夫?」
「香帆、今どこにいる?」
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