3話 死にたがった訳

近くの街、歓楽街【エルスタッド】に向かって走る馬車の中。

本来は手綱を引くはずの少女は、何故か凱の向かい側に座っている。

それを疑問に思った凱は馬車の手綱を制御しなくてもいいのかと尋ねると、ノアは馬が方角と距離を覚えているから大丈夫であるといった。

それにこれまでの旅もスキンシップとして触れ合ったことはあるが、馬車を操るどころか馬に跨ったこともないという。

なんでも馬は馬でもこの馬は人に良く懐き、言葉を理解し、長距離を移動することができるように品種改良された最高傑作らしい。

それをもう跨る事は無いからと行商を始めるときに前の持ち主から譲り受けたそうだ。

凱の疑問に答えたノアは、今度はこちらの番だと質問をする。


「それで、貴方が死にたがった経緯を教えてくれない?」

「……」

「そんな事どうでもいいだろって言いたげな顔してるわね。商人だからかしらね、そういうのわかるのよ。人の感情の機微なんか特にね。あら、不機嫌だった顔がさらに曇った。そんなことお前には関係ないだろって言いそうね」

「……実際関係ないでしょ」


凱はそういって逃げるように馬車の外を眺める。

はぁというわざとらしいため息がすぐ近くから聞こえると、ほっそりとした指がその見た目と感触に反して力強く凱に正面を向かせる。

まるで嫌なことから目を背けることを許さないように。


「そんなことないわ。大事な【】ですもの。状態や特性をきちんと知ってなきゃ、適正な価格で売れないわ」

「……本当に、君にとってはしょうもないことだと思うよ」

「価値があるかないかは聞いた私が決めるわ。辛いのなら、少しづつでもいいわ。話して」


ノアに引く気がないと悟ったのか渋々と事情を話す凱。

その話をノアは馬鹿にすることも邪険にすることも、茶々を入れる事すらなく真剣に聞き続けた。






















僕は、ただ普通の一般家庭に生まれたんだ。

こんな荒廃した世界じゃない、もっと平和でくそったれた世界で、周りの国よりも恵まれた、科学の発展した国に。

親の年収もそこそこで多分中流階級ぐらい。

これといった贅沢をしていたわけもなければ、不自由も特に感じたことはなかった。

ただただ、キャンバスに向かい合って自分の描きたい絵を描いていれば、満足だった。

小さいころ、五歳くらいかな。

幼馴染の家族と総出で森に出かけたんだ。

青い鳥を探していたわけではなかったけれど、物珍しい景色に誘われて、森の奥の泉みたいな場所にたどり着いたんだ。

そこがこの世のものとは思えないくらい、綺麗で、水が透き通ってて、なんというか、虜になったんだ。

それから僕は、筆を取った。

絵を描くようなきっかけはこんなちっぽけな体験だったんだ。

絵画塾に通っていたわけでも、専門家に教鞭をとってもらっていたわけでもない、独学だから決して技術的にも表現的にも上手くはないけれど、美しいと感じるモノを描いてる自分に満足していたんだと思う。

学校とか、ご飯とか、風呂とか、トイレ以外の趣味の時間?自由な時間は全部と言っても過言じゃないくらいずっと絵のことを考えてた。

多分、絵にそれ程熱中してたんじゃなくてそれしかやる事、熱中できる事がなかったんだ。

友達もいない、幼なじみとは確か、疎遠になっている、他にやることもない、勉強にも熱が入らない。

そんな人生だったんだ。

そんなある日、美術の先生がコンテストの参加権を持ってきてくれたんだ。

進学するにしろ、手に職つけるにしろ、自分の好きな分野で賞に挑戦することはいい経験になるって。

断る理由もないからそれを受けたんだ。

テーマは【幸せ】。

まぁ、コンテストにありがちな抽象的なありふれていて、馴染みのあるテーマ。

僕は早速やる気を出して、その日のうちに作品の制作に取り掛かったんだけどさ、そこで気が付いてしまったんだ。

僕には、何もなかったって。

僕はまず、幸せについて漠然と考えたんだ。

夢や目標がある事──自分の満足する絵を描いてきただけで、そんな御大層なものなかった。

夢や目標が共に歩める友達がいる事──僕には、誰一人としていなかった。

人の役に立つ、認められるようなことがある──僕の絵を見てくれる人なんていなかった。

これで、僕は、筆を折った。

絵に執着すればよかった。

絵にさえ執着できれば、絵を描いていれば富も名声も力もいらないと思うほど熱中できれば、こんなことにはならなかったのに。

自分のやってきた事が価値のないことだと気づいた僕は幸せを求めた。

でも、もう友達関係は固定化されてて、普段から関係を断ってきた僕の居場所は、存在価値はなかった。

指を刺す群衆に自分の求める幸せが分からなかった僕の惨めで滑稽な行動を嘲笑われた。

有象無象の憎い顔が何とか輪の内側に入ろうとする僕の存在を非難した。

友人を語る悪辣が孤独で喘いでいる僕の友人面をするという遊戯を思い付いた。

何度も、何度も暗に死ねって言われ続けた。

いいや、死ねと言われたわけじゃないな。

みんなの中の僕という存在は、別に僕じゃなくてもよかった。

そう気づいてしまったから、僕という個人を見てくれる人に出会わなかったから、それは僕に対して死ねと言っているのと同じだった。

コミュニケーションが下手くそで、何の取り柄もなくて、幸薄そうな顔をして、特に親しい友達が居なければ誰でもよかったんだ。

会話をする度、自分には何もないんだなって気づかされるんだ。

そりゃそうだ、僕は小さいころから大して上手くない絵しか描いてこなかった。

面白い冗談を言って人を笑わせる事なんてできない。

スポーツで協調したり、活躍することなんてできない。

勉学で人の躓くところを分かりやすく丁寧に解説し直すことなんてできない。

そもそも、名前もろくに知らない他人とまともな会話なんて上手くいった試しがない。

家族と交わすのも必要最低限の言葉だけ。

おはようと、ただいまと、いただきますと、ご馳走様と、ありがとう。

そのたった5フレーズだけの家族関係。

母と父は姉と弟の成績の話で一喜一憂して。

姉と弟は学校での友人や授業の話で和気藹々として。

僕は孤独にご飯を素早く掻き込んで部屋に籠るだけ。

こんな人生にどれほどの価値がある?

絵に描いたとすれば【虚無】とか【惨め】なんてタイトルがつきそうなほど幸せからは程遠い。

誰も悪くない、環境も別に悪くは無い。

ただただ致命的に何処かが悪い。

もしかしたら僕自身がこんな人生になってしまった人生の瑕疵かしなのかもしれない。

親や家族の失態は、こんな僕を産み落として関係を持ってしまったこと。

きっと心の奥底では疎ましく思っていたんだろう。

そんな人生が中学から高校まで続いた。

高校なんて、入学して少ししか行ってないけど。

高校になれば、エスカレーターのように小学校から中学校まで自動的に上がるのと違って学力による振り分けがあれば少なくとも対人関係はリセットされると、そう思ってた。

でも人の中で流れる悪い方の噂話はのべつまくなしらしい。

七十五日じゃないのかって絶望したよ。

遠巻きに見比べられ、見下され、疎外感が凄かったんだ。

だから、だからさ。

死を、選んだんだ。

生きててもどうにもならなかった。

こういう時に助けてくれるヒーローなんて創作物の中だけだった。

安っぽい慰めの言葉すら、掛けてくれる人がいなかった。

赤の他人にも、家族ぐるみの付き合いをしていた幼なじみにも、血の繋がった家族にも、見放されたんだ。

生きるのがどうしようもなく下手くそだから。

僕が死のうと思った原因は、誰も何も悪くなくて。

強いて言えば、ただただ僕が生きるのに不器用で、生きていく理由が何もなかっただけなんだ。

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