選択の末路は。
相葉 綴
プロローグ
プロローグ
選択からは死ぬまで逃れることができない。
だから、僕は逃げ切ることに決めた。僕の物語をここで終わらせる。
「撃たないの」
彼女は静かに問うた。それは厳かで、尊くて、静かで、悲しくて、そして美しかった。
ベレッタを握った手が震える。なかなか指に力がこもらない。まだ迷っているのだろうか。ここで終わらせてしまうことを。もう、決めたことだというのに。
「撃たないの」
彼女がもう一度訊いた。
遠くから銃声が空をこだまする。爆弾が炸裂する地鳴りのような音も聞こえてくる。掃討戦だ。敵は惜しみなく戦力を投じているのだろう。それを防ぎきる手立ては、僕らにはもう残されていない。
「ごめんね」
言葉が漏れる。
言うつもりなんてなかった。伝えるつもりなんてなかった。僕は悪者でよかったんだ。汚い仕事をしてきた。たくさんの人を巻き込んで、たくさんの人を殺してきた。だから、謝りたくなんてなかった。だって、謝ってしまったら、きっと君は僕を許してしまう。僕はこれから君を殺すのに。今まで殺してきた人たちと同じように、銃弾をその柔らかい脳髄に叩き込んで。だから許さないでほしい。この最後の選択を、君には許してほしくない。
「もう逃げられないんだ」
それでも、唇は、喉は、勝手に声を紡いでしまう。
「だから、撃つの」
「うん」
そう答えたとき、彼女は微笑んだ。それはまるで、これから自らに起こることを祝福しているかのように感じた。
「彼らはどうなるの」
「きっと、彼らは覚悟していたはずだよ。だから、ここから先の選択は自由だ」
「私たちはどこへ行くの」
「どこへだって行けるさ。ただ、僕らは人を殺し過ぎた。きっと、天国へは行けない」
「そうね。でも、地獄は嫌ね」
「それじゃあ、そのどちらでもないところへ行こう」
「天国じゃなくて、地獄でもない場所」
彼女が首を傾げる。
「そうだよ。きっとそこに天使はいない。でも、悪魔もいないはずだ」
「素敵なところね」
「そうだ。僕らはそこで、自由になる。勝ち取るんだ」
「また会えるかな」
「会えるさ、みんなに」
「そう」
その返事を最期に、彼女は静かに手を広げた。その目は穏やかで、どこまでも遠くを見つめていた。
きっと、彼女はすべてを知っている。すべてをわかっている。だから、きっと、僕のためなのだろう。彼女はとても優しい人だ。こうして微笑んでくれる。
その微笑みに甘えるように、引き寄せられるように、魅せられるように、指先に力を込める。これが、僕の最後の選択だ。
硝煙が尾を引きながら、薬莢はカランと音を立てた。
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