サクラオンライン~自作自演による革命的ゲーム運営~

柚原

第1話 PV撮影

 草や木は朽ち果て、どこまでも闇が続く不毛の大地。空気は濁り、息を吸い込むたびに肺が腐りそうな不快感に苛まれる。

 生命が生きるには困難なこの場所に今、黒き龍と4人の戦士が対峙していた。


「腐蝕龍『イヴェルゴ』よ! 貴様を倒し、わが国を解放してみせる!」


 闇の中で煌々と光る剣を手にした少年の合図で4人が同時に龍に向かう。


「フハハハハ!! 笑わせる! 貴様らごとき我が手を下すまでもない!」


 その様子をあざ笑う黒き龍はただ一度、咆哮を放つ。

 地をも揺るがすその咆哮は4人の体を竦ませるだけではなく、大地の底から飢えた魂をも呼び起こす。

 幾度となく戦が行われたこの地に眠る怨霊達が次々と目を覚まし、地から這い出る。魂を失くし体をも崩れかけた人の成れの果てが彼らを向かい撃つ。

 思わず足が止まった少年をはじめとする3人。だが、1人、年長者である龍を模した兜を被った1人が叫ぶ。


「恐れることはない! 我らの力、そして覚悟があるならば道は必ず開かれよう!」


 それ以上の言葉はなく竜騎士は黒き龍と怨霊の群れに対し、3人を先導し駆ける。


 少年は思い出す。

 この冒険で常に物事を冷静に判断し、自分たちを導いてくれた竜騎士を。

 彼の働きで自分たちは何度も窮地を脱してきた。そのことを少年は思い出した。


 竜騎士は怨霊の猛攻を巧みな槍使いで蹴散らしてゆく。

 だが、多勢に無勢。竜騎士の攻撃も群れを壊滅させるにはほど遠い。


「臭いったらありゃしない! 全部燃えカスになってしまえばいいのよ!」


 甲高い声が響いた後、少年の後方から付いてきていたロープの少女が詠唱を始める。怨霊の群れの中心に巨大な魔法陣が形成され、即座に魔法陣内の怨霊が炎の渦に巻かれ消滅する。その熱は少年にまで届く程だ。だが、先導している竜騎士に被害は及んでいない。


「よし! きっちり抑えられたわ!」


 少女は手応えを感じると、少年の後を追うことを止め、魔法による後方支援を開始する。不器用で魔法の制御が苦手だった彼女も今や、大陸で指折りの大魔法使いだ。破天荒な彼女の行動には悩まされてきたが、彼女の陽気さがなければ少年は笑顔を忘れていただろう。


 少年たちは襲い来る怨霊を迎え撃ちながら竜騎士の元にまでたどり着く。

 だが、竜騎士と少年は大きく傷つき、既に武器を満足に振るえるものではなかった。


「ここは、私の出番ですね。最後の正念場です。私も全力でサポートさせていただきます」


 少年に付いてきていた最後の1人、賢者が優しく2人の手を取り、治癒魔法の詠唱を唱える。すると、みるみるうちに2人の傷は塞がり、体の底から活力が湧いてきた。


「こんなことしかできませんが、私頑張ります!」


 こんな時にまで謙虚な賢者の言葉に癒される2人。すぐさま武器を構え、絶えることない怨霊の進軍を食い止める。

 おっとりとした彼女の振る舞いに周囲の人間はいつも癒されていた。心が擦り切れるような長き戦いにおいて、彼女の言葉で再び立ち上がれた事は数えきれない。


 そして最後の怨霊を打ち破る。残ったのは瘴気を纏った黒き龍、ただ一匹。


「フン、少しはやるようではないか」


 龍からは焦り、狼狽え、そのような感情は一切感じられない。この対面でも自らの比類なき力を確信していた。後方支援をしていたロープの少女が少年の元に戻り、最後の敵を前に再び4人が会する。


「……俺、皆と一緒にここまで来れて良かった」


 少年がポツリとつぶやく。諦めの言葉ではない。この最後の戦いで仲間に自分の想いを伝えておきたかったのだ。


「こんな時に何言ってんのよ!……私も、同じ気持ちよ!」

「そのとおりだ。俺も年甲斐なくはしゃいでしまった」

「えぇ、私もです。きっと私たち、最高の仲間です!」


 皆、思いは変わらない。決意の固まった4人が再び黒き龍に身を向ける。この国の闇を晴らすために。



 少年たちの最後の戦いが今、始まる。



 ∇∇∇



「ハイ、カーーット!!!!!!」


 監督さんの声がスタジオに響く。


「いやぁー! イイネ! 良いの撮れたよ~!とりあえず皆、お疲れ~!」


 その言葉と同時に歓声や拍手。荒れ果てた土地が途端に騒々しくなった。演者さんには飲み物が運ばれ、スタッフさんたちはお互いに仕事の完成を労い合う。まだ仕事の残っているスタッフさんも今だけは一仕事終えた達成感に気が緩む。

 当然俺もその一人、肩の荷が少し降りた。


「理人く~ん、お疲れ~」


「あぁ!監督さん!どうも、お疲れ様です」


 そんな中、俺の元に現れたのはこの新作VRMMOゲーム『アニマ』のPV撮影をお願いした監督さんだった。普段はアニメの監督をしている人で実際のキャストさんを撮るPV撮影とは全くの畑違いであったが、こちらからの熱烈オファーによって特別に引き受けてもらったのだ。


「監督、今回はわざわざ撮影を引き受けてくださってありがとうございます!」


「いやぁ~そのセリフはこっちが言いたいよ、理人君。実際にメガホン持つのなんて学生時代以来だったから僕もはしゃいじゃったよ~。それにVR空間内での撮影だときた!貴重な体験をさせてもらったよぉ~ほんとお疲れ様~」


 どうやら監督にもウチのVR技術は好感触のようだ。しかし、メガホンって……いつの時代ですか。


「もうちょっとお話ししたいんだけどね~。すまない!そろそろスタジオに戻らないと……

 理人君!今週の放送も楽しみにしといてね!」


「えぇ!録画して5回は見ますとも!」


「ははは!君みたいな熱心な人がウチのファンになってくれて嬉しいよ。また今度近いうちに飲みにでも行こうじゃないか!ここについても色々聞きたいし。……んじゃ、さらば!」


 そう言った後、監督さんの姿が小さな青いブロックの集合体に変わり霧散した。ログアウトが完了したようだ。送迎の手配をしておこう。


「理人」


 監督さんがいなくなった隙を狙うように俺に話しかけてきたのは、黒い鱗を纏った巨大な龍――腐蝕龍『イヴェルゴ』だ。着ぐるみでもないし、ラジコンでもなく、CGでもない。このVR空間に息づく生物。

 彼はゲーム内に登場するNPCでありこの巨体はPV撮影の際に映えるかと思い、出演を依頼した立派な演者の1人?である。


「私はどうすればいいのだ?ここは人間ばかりで居心地が悪いのだが……」


 イヴェルゴが声を出した途端にこの場の全員の視線が彼に集中していた。鱗の一枚一枚が俺の顔程の大きさをもつ巨大な龍の挙動に社員を除く人間の顔が瞬く間青ざめた。いくらVRとはいえ怖いものは怖い。皆も最後まで彼に慣れる事は出来なかったようだ。


「ごめんごめん、『イヴェルゴ』。わざわざ撮影に呼び出して悪かったな」


 NPCといえど、こうも奇異の目で見られていると居心地の悪さを感じていたのだろう。それを理解して配慮してやるのが俺の務めだというのに、本当にすまなんだ。


「なに、理人の頼みだ。断ることは出来んよ。それに撮影?とやらはなかなかに楽しめたぞ!娘にする話ができたというものだ。きっとうらやましがるに違いない!」


 俺の心配とは裏腹に、この未知の出来事を楽しんでくれているらしい。


「して、理人。この後、私は何をすればよいのだ? 遊戯の続きとしてあの4人を血祭りにでもあげればよいのか?」


 俺の腕ほどの大きい牙がギラリと覗かせる。テント内でこちらを見ていたキャスト陣の顔が固まる。その様子に俺は慌ててイヴェルゴの視線を体で遮る。……ううん、でけぇな全然遮れねぇ。


「いや、それは勘弁してくれ。撮影は終わったから、後はいつも通りに過ごしてくれて構わないぞ」


「? なんだ、もう終わりか。あい、分かった。家に帰って娘の相手でもして来よう」


 デカい龍は頭もデカい、つまり賢い。聞き分けのいい奴だ。イヴェルゴは翼を広げ、闇に覆われた空を飛び立つ。その様は相変わらず圧巻だ。羽ばたきから生じる豪風と共に、姿が空へと完全に消えた頃、彼のパッシブスキル『腐蝕の霧』の効果が途切れ、辺りの闇は掻き消える。

 闇に染まった大地に光がもたらされた。




「……すげぇ」




 ぽつりと静かになった撮影地に声が響いた。少年役のキャストさんだ。たしか、今年で高校二年生と言っていたか。少年とは言い難い年齢だが、今ではあの役は彼以外あり得ないと思わせる熱演ぶりだった。爽やかな顔で人気を博している彼だが、実際に話してみると熱意をかんじさせる裏表のない、感じのイイ男である。男でも思わず二度見してしまいそうな端正の顔をした青年ですらこの『アニマ』の前では目を奪われ、口を開けている。

 ……フフフ、いい気分だぜ。


「撮影お疲れ様です、キャストの皆さん」


 丁度よかったのでキャスト陣にも声をかける。呆気にとられていた人たちもいつしか平静を取り戻し、己が作業に取り掛かっていた。


「あ、菅野さん。お疲れさまっす!俺感動したっす!絶対このゲーム買うんでこれからも頑張ってください!」


 うんうん、こういう年相応な一面を隠そうとしないのも彼の魅力の1つなのかもしれないな。それにしても、わざわざ人気俳優や女優にオファーして成功だった。PVだけでなくSNSでの広告塔としても活躍してくれるよう祈る。


「わ、私も発売楽しみにしています」


 そう言うのは破天荒魔法少女役のキャストさん。先ほどのお茶目な様子とは正反対に、彼女自身は消極的な性格の持ち主に伺える。しかし、元の性格を感じさせないであの演技。流石、天才女子高生だな。高校時代とはいえ、元演劇部の俺としては嫉妬してしまいそうだ。


「ありがとうございます。キャストの皆さんにも完成品を後日お渡ししますんで楽しみにしてくださいね。……あ、それとよかったらサインもらえません?」



 さぁ、次の仕事にとりかかろう。

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