後日談
とある日の午後。
浅見友里は大学での講義を終わらせ、帰る支度を済ませながら携帯を確認していた。
彼女の携帯に届いていたのは、一通のメール。それを読みながら、友里は口元を緩ませる。
「おい、顔がゲシュタルト崩壊してるぞ」
「うっさい」
声を掛けてきた友人、鏡愁人の喉にチョップして、さっさと教室を出た。
背後からうめき声が聞こえてくるけど、そんなの気にしない。そんなことより何百倍も大事な用事が待っているのだ。
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今日は早めにガッコー終わるので、駅前で待ち合わせしましょうね。
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そう書かれただけのメール。
つい最近出来た、彼女(・・)からのメールだ。
友里は携帯を閉じ、鞄に仕舞って大学から出ようとする。
早く会いたい。会って、今日はどこに出掛けようか。そればかり考えている。まだまだお互いに知らないことも沢山ある。それらを一つずつ知っていくのは、本当に幸せだ。
ふふ、と笑みを零すと、トントンと肩を叩かれた。
急いでいるのに誰だろう。そう思って振り返ると、頬にふにっと指が刺さった。
「来ちゃった♪」
「え、梨里ちゃん!?」
そこに居たのは、つい最近出来た彼女。立花梨里だった。
なんでここに? 駅前で待ち合わせのはずでは?
聞きたいことは色々とあるが、今はここから離れることが最優先事項だ。ここにいては、一番の危険人物に出逢ってしまうかもしれない。
「り、梨里ちゃん。とりあえず駅行こうか?」
「むむ。もしかして友里さん、人目気にしてるんですか? そんなの気にしなくても……」
「梨里ちゃんってば、ふくれっ面も可愛い……じゃなくて! そ、そうじゃなくてね?」
思わず惚気てしまった友里だが、周りをキョロキョロ見渡して「奴」がいないことを確認する。
きっとまだ教室で身悶えているのだろう。
そう安心して梨里の手を握ろうとした、その瞬間。
「おい、友里」
「げっ!?」
その声に友里は勢いよく振り返る。
さっき倒したはずの愁人がもう復活してきた。友里は梨里を背中に隠し、戦闘体勢を取る。
「何の用だ」
「……なんで俺、そんなに敵視されてる訳? てか、その子……もしかしてお前がメールしてた子?」
「見るな、抉るぞ」
梨里を愁人の視界に入らないようにするが、その努力も空しく終わる。
「お。可愛い子じゃん。その制服、○○高校? 良かったらお兄さんと遊びに行かね?」
「こら愁人!!」
「……友里さん、この人は?」
「気にしなくていいよ。ただの猥褻物だから」
友里は冷たい目で愁人を睨む。
梨里は自分が守らなければ。後ろ手で梨里の手を握り、ゆっくりと後ろに後退していく。
「……ふーん」
「梨里ちゃん?」
いつもより少し低めの声が聞こえ、友里は後ろを向いて梨里の顔を見ると、愁人のことを見定めるような眼で上から下へと睨み付けていた。
「あなた、友里さんのなんですか?」
「は?」
「初対面の女の子に声掛けてお茶に誘うような軟派な人、お断りです」
「り、梨里ちゃん?」
「てゆうか私、あなたみたいな馴れ馴れしい金髪、生理的に受け付けないのでごめんなさい」
梨里は丁寧に頭を下げ、友里の手を引っ張って大学から離れた。
友里がチラッと後ろを見ると、愁人が呆然としたまま突っ立ってた。まさか女子高生にここまで言われるとは思っていなかったのだろう。
ご愁傷様。友里は心の中で合掌した。
◆
「梨里ちゃん、さっきはゴメンね」
「え? ああ、あの人のことですか」
駅ビルの中にある雑貨屋でウィンドウショッピングを楽しみながら、友里が申し訳なさそうに言った。
「うん。アイツ、見た目の通り軽い奴でさ……ほら、前に大学じゃ会えないって言ったじゃない? もし大学で愁人に出くわして、アイツが梨里ちゃんに手を出しちゃったらと思って……」
「そういうことだったんですか」
梨里はクスクスと笑い、リボンのついたカチューシャを友里の頭に付けた。
「友里さん可愛いー」
「り、梨里ちゃんってば」
「私なら大丈夫ですよ。だって、友里さんが一緒なんですから」
「……梨里ちゃん」
「ご心配なく。私、ああいう軽い人好きじゃないですから。今の私、友里さん一筋ですし」
梨里の笑顔に、友里も自然と笑みが零れる。
何というか、ほんわかとした気持ちにさせられる。純粋というか、無垢というか。
真っ直ぐ、自分のことを見てくれる梨里のことを、友里は以前よりももっともっと好きになっていた。
「梨里ちゃん、ありがとう」
「ふふ。お礼だなんていらないですよー」
「この後はどうする? 食事してく?」
「……それなんですけどー」
友里の問いに、梨里はモジモジしながら手に持っていた手提げを胸に抱えた。
そういえば、今日は荷物が一つ多い。
言いにくそう、というか恥ずかしそうにしてる梨里。一体、どうしたんだろうか。
「友里さん、明日とか予定あります?」
「明日? ううん、何も……」
「そうですか。実は、私も明日は休みなんですよ」
「うん」
「それでですねー……もし、もしですよ? 友里さんさえ良かったら、お泊りとか……できないかなーって」
照れた顔で、上目遣いで友里のことを見る梨里。
付き合ってから数週間。何度もデートをして、キスも沢山した。
そして、明日はお互いに休みだ。親にも友達のところに泊まってくると言ってある。
あとは、友里が頷いてくれるだけ。
梨里はドキドキしながら、彼女の返答を待った。
「……」
「友里さん?」
「……」
「友里さん? 友里さーん?」
固まったまま動かない友里の目の前で手を振ったり、肩を揺すってみたりした。
まさかお泊りイベントがこんなに早く来るとは思わなかった友里は、梨里からの申し出に思考が一時停止してしまったのだ。
断る理由なんてないが、本当にいいのだろうか。
まだ若い、純真無垢な彼女を部屋に招いたりしても。
「……友里さん。迷惑でしたか?」
「え。いや、そんなことないよ!?」
「じゃあ、行ってもいい?」
梨里は上目遣いで首を傾げる。
友里がこういう仕草に弱いことを、梨里は気付いていた。あと一押し。もうひと押し。
まだ少し自分に触れることに臆してる友里に、一歩前に進んでほしいのだ。
年下だから、同性だから、色々と思うこともあるだろう。
でも、そこで迷っていたら前には進めない。だから梨里は、自らそういうシチュエーションを作ることにした。いつまでも子ども扱いなんてしないでほしい。対等に、見てほしいのだ。
「いいの?」
「はい」
「部屋、汚いよ?」
「気にしません」
「本当に本当に、いいの?」
「くどいですよ」
他の客や店員の死角になる位置を確認して、梨里はちゅっと掠めるように友里にキスをした。
これが若い子のパワーなのだろうか。たまに突拍子もない行動を取っては翻弄してくる。
でも、そういうところが彼女の魅力なのだろう。だからいつも、勇気を貰える。
「じゃあ、おいで?」
「うん!」
二人は手を繋いで、店を出た。
帰りにスーパーで材料を買って、一緒に夕飯作って、夜通しで沢山沢山、色んなことを話そう。
今、この幸せを、二人でギュッと抱きしめよう。
「友里さん、大好きです」
「私も大好きだよ、梨里ちゃん」
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