第14話 鳥狩り行こうぜ

秋も深まり、平原を渡る風も冷たさが強まってきた。

この季節になるとヘスニルは大いに賑わう。

周辺の各村々の収穫物が流通の基点であるヘスニルに一度集まるため、人と物が1年で最も盛んに行き交う時期であった。

冬に向けて出稼ぎに出る人々がちらほらと訪れ始めるのも、この季節の特徴か。


そうして人が増えると消費も増え、とりわけ食料はいくらあっても余ることは無い。

秋の収穫物をここで卸す商人もいるが、大半は王国中央部へと売りに行くため、この街で出回る量はあまり多くない。


そのため、毎年この時期になると冒険者ギルドへ食料調達の依頼が増え、実力のある者は大物を狙いに近くの狩場へと繰り出していき、駆け出しの冒険者は荷物持ちや雑用などで付いて回るようになる。


当然低ランクの依頼にも狩猟関係のものが増えるが、小物を狙う依頼が多くなるため手間の割には稼ぎが少ない。 

中には採集依頼もあるが、そういったものは全体に比べれば極少数だ。


今俺はギルドのフードコートで、冒険者と兼業の狩人の男から話を聞いている。

何かいい獲物はいないかと俺から相談を持ち掛けたところ、男から興味深い話を聞けた。

換金額と味の2つの意味でうまい獲物がいるそうだが、この辺りにはいないため、少し遠出することになるらしい。


目指す場所はヘスニルの南に広がる岩山だ。

情報によるとザラスバードと呼ばれる鳥が生息している。

分類は普通の動物なのだが、魔物すらも餌にする獰猛な鳥とのこと。

狩るのに最低でも黄3級が3人必要と言われているが、これはあくまで目安で、実際は飛んでいるザラスバードを落とせる手段が別で必要なため、難易度は高い。


当然ザラスバード以外の魔物や動物に襲われる危険もあるため、態々近くに動植物が豊富に生息する森があるのに、歩いて丸1日はかかる南の岩山はあまり人気がない。


しかし、それでもザラスバードを狩りに行く人は少なからずいる。

理由は単純、それだけザラスバードの肉がうまいからで、特に手羽が絶品らしく、その味を語る口元にはよだれが滲みだしていたほどだ。


俺が食う分を除いてギルドに納めてもいい収入になるそうな。

話を聞いてどうしようか検討しながらその日は床に就いたが、その晩の夢で、狩ったザラスバードを食っている自分の姿を見てしまったのだからもう我慢できない。


次の日になると、朝早くから俺は街を駆け回っていた。

余裕を持って5日分の食料を買い揃え、武器屋で鉈とナイフを購入した。

武器屋に行く時にもしかしたらドワーフに会えるんじゃないかと期待したが、店にいたのは普通の男性だった。


少し残念に思い、目的の物を買う際にさりげなく聞くと、ドワーフは確かにいるが、そういう人たちは基本的に鍛冶場から出てこないらしい。

ドワーフは武器を作るのが専門で、商売はあまり上手くないらしく、こうして売り場は別の人間が受け持つそうだ。


納得と残念さを胸に収め、昼前にはヘスニルを出ることにした。


「お、アンディじゃないか。今日も外か?…随分荷物が多いな」


声を掛けてきたのは門番のタッド。

俺が初めてこの街に来た時に応対した人だ。

依頼で何度か街の外に出る時に顔を合わせるため、自然と言葉を交わす機会が増えて仲良くなった。


「はい、南の岩山の方へ行こうと思いまして。荷物もそのせいです」


「南の……あそこはやめとけ。お前は知らないだろうが、ザラスバードって凶暴な鳥が出るんだ。お前には危険すぎる」


そういって俺を心配して引き留めようとする。

確かに黒4級の冒険者が一人で行くところではないからその気持ちはわかる。

だが行かねばなるまい。そこに至高の肉があるのなら。


「そのザラスバード狙いです。大丈夫ですよ。これでも森で暮らしてたし、気配の消し方はかなり上手いんですよ。それに危なくなったら逃げますから」


嘘だ。気配の消し方は意識したことは無い。

だがこうでも言わないと行かせてもらえそうにない。


「ばか、ザラスバードはそれでも危ないんだって。…まあお前も冒険者だし、これ以上の引き留めはできないが、くれぐれも気を付けろよ。少しでも危なくなったらすぐ逃げろ。すぐだぞ、いいな?」


タッドはいい奴だな。

門番なんてただ通行人の見極めだけをしてればいいのに、こうして俺の身を案じてくれるのだ。

こんなに嬉しいことはない。


しかし、俺も欲しいものがある以上、危険にも踏み込まねばならない。

それが冒険者ってもんだ。


何度も念を押して注意をしてくるタッドに礼を言い、南を目指して歩き出した。


しばらく街道に沿って足早に歩いていく。

出発した時間が遅めだったので、なるべく先に進んでおきたい。

太陽が中天に差し掛かる頃に道端の木陰で昼食を摂った。


出がけに店の女将さんに作ってもらったもので、トマトっぽい野菜とチーズのサンドイッチだ。

普通のチーズとは違う、ヤギだか羊だかのチーズは少しクセがあるが、酸味の強いトマトとはよくあっていて旨い。


これからザラスバードを探して、倒して解体してと何日かかるかわからないが、しばらくお預けになるだろうちゃんとした食事を味わって食べる。


さらに歩き続け、空が赤く染まりだしてきたので今日の野営地を探すことにした。

道を少し外れた場所に誰かが野営したと思われる焚火跡を見つけた。

普通ならここで一泊となるのだが、俺は違う。


そこから歩いて5分ほど離れた場所に土魔術で以前作ったものと同じかまくらを作る。

ただ今回は一人なので若干小さく作った。

大きさ以外は同じ作りなので中で火を熾しても大丈夫だ。


調理器具は小さなフライパンが一つだけなので、乾燥野菜と干し肉の簡単なスープと火で炙った硬いパンの質素な夕食となった。


秋の夜は冷えるもので、火を絶やさないようにしないとならない。

薪などは当然持ち合わせていないので、周囲から拾ってきた木切れが燃料だ。

吹きっ晒しの野外と違い、土で覆われた寝床は小さな焚火だけで十分に温まる。

寝具代わりのマントを被り、横になった。

明日はいよいよ目的地に着く。

早めに寝て英気を養うことにした。





朝早くから歩き始め、昼前には岩山の麓に辿り着いた。

思ったより標高は高くないようで、見上げた先にはっきりと頂上を確認できた。

ただ横に広がる山裾は長く、この中から目当ての獲物を探すのは時間が掛かりそうだ。


いっそ向こうから襲ってきてくれたら楽なのに。

…いや、悪くない案か?


まずザラスバードの強さを測りたいが、それ次第ではおびき出して一気に片を付けるのもいいかもしれない。

まあ、とりあえず獲物を探すために山登りと行きますか。


それからしばらくは岩山を歩き回るが、それらしい影も見当たらない。

太陽も真上に上り切ってから大分経ち、一休みして昼食を取ろうとした時、それは現れた。


重量感のある重い風切り音が上空を横切ったのに合わせて、黒い影が頭上を通り過ぎて行った。

ザラスバードかと思い目で追うと、山頂に向かって飛んでいく灰色の大きな鳥の姿が確認出来た。


聞いた話だと馬ぐらいの大きさだったはずだが、遠目に確認できた大きさはそこそこ大きいセスナ機ぐらいはある。

足のかぎ爪には餌だろうか、鹿の様な動物を2匹掴んで飛んでいた。

思ったよりずっと大きい気がするがザラスバードで間違いないだろう。

見た目はどこか翼竜のようにも見える。

牙の生えた頭へと延びる首が長いのが恐竜との共通点を感じさせた。


ザラスバードはしばらく旋回をして、山頂付近の岩場へ降りて行った。

降りた場所は恐らく巣がある筈だが、1匹だけとは限らないため、そこへノコノコ言ってはザラスバードの腹に収まる未来が待っている。

やはり待ち伏せて撃墜するのが一番いいだろう。

そのための準備はしてきた。


少し山頂に近づき、巣があるらしき場所が見張れる位置に拠点を構えることにした。

作るのはやはりかまくらだが、少し工夫がしてある。

まず土魔術でかまくらを作り、周りの壁に何カ所か外を見るための覗き穴を作る。

その後周りに落ちてあった石をかまくらの外壁に張り付けていく。

これで外からは岩にしか見えなくなり、安全な拠点を確保できた。


その中に籠り、ザラスバードの行動を観察する。

長期戦を覚悟して、内部に椅子を作って張り込む姿はさながら刑事のようだ。

俺好きなんだよね、刑事ドラマ。

サスペンダーを身に着けて、紅茶を高いところから注ぎたいもんだ。


結局その後はザラスバードが姿を見せることは無かった。

食事は1日1回で充分ということか?


次の日は特大の羽ばたきが生み出す風の音で目が覚めた。

音の大きさが昨日の比ではないことから、複数のザラスバードの存在を匂わせる。

覗き穴から見ると、大小のザラスバードが一斉にどこかへ飛び立って行った。

餌を探しに行ったのだろう。


その中でも一際大きい個体は昨日見た奴だろう。

恐らく小さい方のザラスバードは近場の餌で充分なんだろうが、大きい個体になるとより多くの食事を必要とするため、この辺りにいない大きさの獲物を求めて遠くの狩場を目指すのだろう。

そう考えると、ザラスバードの帰還に時間差があると予想できる。


あの狩人は小さい方のザラスバードを基準として話してくれたのだろう。

なら大きい個体ならもっと旨いかもしれない。

いや、そうに違いない。…そうだといいなぁ。


よし、俺が狙うのは一番大きい奴に決定だ。

そうと決まれば拠点を放棄して、大型のザラスバードを追いかける。

といっても速度差がありすぎるので、飛んで行った大体の方角を目指して進む。

岩山を下り、森の中の道なき道を進み、開けた荒れ地に着いたのでここを迎撃ポイントとする。


体を隠せる程度に土を盛り上げ、そこに身を潜める。

今回の作戦は対空迎撃砲を使う。

と言っても別に銃器を持っているわけではなく、鉄の棒を電気で加速して発射してザラスバードを撃ち落とすだけだ。


この技は、雑貨屋で売っていた、本来は蹄鉄を打ち付ける釘を購入し、何度か練習した結果ようやくなんとか形になったというわけだ。

本来のレールガンを目指すも、期待した初速を得られなかったため、高出力の電流を使って釘の尻でプラズマを作り出し、その爆発を利用して釘を打ち出す方式を取った。


未だ生き物には使ったことは無いが、街の外にあった軽自動車くらいの大きさの岩に撃ち込んだところ、貫通したので威力は保証できる。

問題は命中精度で、俺の目視に依るのであまり遠いと不安だ。

なので目一杯引きつけて撃ち込むことになる。


狙うのは頭だが、次点では胴体ど真ん中。

羽を狙って落とすのも悪くないが、一番旨いはずの手羽は残したい。

あれだけの大きさならどれだけの量になるだろうか。

今から楽しみだ、おっと涎が。


今回も昼過ぎになると帰って来たようで、遠くに羽ばたく影が見えた。

またも足に餌をぶら下げている。昨日とは違う獲物のようだ。

このままのルートを辿ると、俺が今潜んでいる場所の少し横を通り過ぎる。

まあ十分届くから問題ないが。


遠くの影が少しずつ大きくなるにつれて、口の中の唾を飲み込む回数が増えていく。

もちろん緊張ではなく、食欲のせいだ。

左右の手に握った釘を弄りながら、有効射程距離への到着時間を測る。

技の特性上、左右一発ずつの2発が連射の限界だ。


ザラスバードの速度が速いので交差の瞬間は一呼吸の間もないだろう。

あと10秒ほどで射程距離に入る。

それに合わせて釘に電流を走らせる。


次第に釘の端に熱が生まれ、光を発するようになる。

実際の所、この熱で俺は被害を受けないが、そこは魔術の不思議ということでスルーしている。

狙いを定め、頭部を捉えた瞬間、弾体後方に発生したプラズマが急激に体積を増加させ、釘が一気に目標目掛けて押し出しだされる。


弾体は飛翔方向で空気が圧縮されたことにより赤熱化し、物理法則に従った超高速で飛び出していった。


バチュンという音と共に視界から消えた釘は予定された未来を実現し、見事ザラスバードの首に命中、胴体から首を弾き切る。


首を落とされたことで羽ばたきが止まり、ザラスバードの胴体はそのまま俺の横へと滑り込んでいき、地面を削りながら15メートルほど進んでから止まった。

かぎ爪に掴んでいた獲物はどこかに落としたのか、近くに見当たらなかった。


狙いを少し外したが結果オーライ。

速度差を考えれば当たっただけでも成功と言える中で、この結果は十分許容範囲内だろう。


後は解体して持ち帰るだけだが、この巨体がネックか。

改めて見るとかなり大きい。


一応優先して持って帰るべき部位は聞いているので、そこを重点的に取って、最悪は他の部分は諦めることも選択肢に入れるか。

そういえばザラスバードの羽毛に関しては何も言われなかったが、どうなんだろう?


思いついて羽毛を触ってみると、量といい軽さといいこれで布団を作ったらさぞ寝心地がいいだろう。

そうなるとこれも持ち帰りたいが、どうしたものか。

荷車でも借りてくるべきだったか?でもその場合はこんな電撃作戦はできなかったし。

だが、そこで初心を思い出した。


無いのなら作ればいいじゃない。


と言っても荷車を作るのはいくら何でも無茶だ。

だがそりならどうか。

反るように曲がった枝を脚にして板を組み乗せ、そこにザラスバードを乗せれば引っ張っていけるんじゃないだろうか。

力は必要だが強化魔術を使えばなんとかなるかもしれない。


そうと決まれば早速材料を探しに出かける。

その前にザラスバードを土の壁で覆って他の獣に食い荒されないようにする。

30分ほどかけて橇に使えそうな材料を集められた。


ここからは工作の時間だ。

ナイフで木の表面を削り、橇の足を作っていく。

適当な大きさの木を並べて、持ってきていたロープで括り、筏にしていく。

最後にさっき作った脚を、先に括ったロープにねじ込んで固定して完成。

雑な作りだが、街に戻るまでの間はもつだろう。


ザラスバードを橇に固定して乗せて、先に延ばしてあるロープを引いていく。

強化魔術を使ってもかなりの重さを伝えてくるが、歩くのと同じ速度で前に進める。

迎撃の為に岩山を下ってきたから、岩山を半周しなくては街道には出れない。

あと数時間もすれば日も落ちる。

恐らくこのままのペースで進むと、来た時に野営した所までいければいい方だろう。

橇を引き無心で進んでいく。






結局ヘスニルに着いたのは翌日の夕方だった。

街の門が見えた時には嬉しくて歩く速度を上げたせいで、引っ張っていたロープが切れてしまった。

仕方ないので橇の後ろから押して進むことにしたが、何やら前方が騒がしい。

誰か揉めてるのか?全く人に迷惑をかけずにいられんもんかね。


そのまま橇を押していくと前方で大声を上げているのが解る。

どうも誰かが通るのを止めようとしているようだ。


「横に広がるな!まとまって止めろ!」


無理矢理門を通ろうとしてるのか?

貴族がそういうのをやりそうなイメージだが。


「ここから門まで一直線だぞ!なんとしても死守しろ!」


なんか声が近いな。


前が気になってその場で止まり、橇の脇に回り前方を確認する。

見ると完全武装の兵士が盾を構えて道を塞いでいる。

全員がこちらに手に持った槍やら剣やらを向けているが、皆総じて口を開けて止まっている。

なにごと?


「あ、タッドさん。なんか皆さん物々しいですけど、なにかあったんですか?」


居並ぶ兵士に見知った顔があったので声を掛けて事情を聴く。


「アンディ!?お前、何して……!そこを離っ!…いや、お前か?」


「はい?なにがです?」


何を焦っているのか分からないが、説明がほしいのはこちらなんですけど。

周りの兵士もなんかざわざわ言ってるし。

武器を向けられてると怖いんだが。






「…申し訳ありませんでしたっ」


俺は今土下座をしている。

こっちの世界に来るとき、神様にすら土下座してもらっていないというのにも関わらずだ。


「まあ、悪意あっての行為ではないんだ、今回は不問とするが、今後は気を付けてくれよ?次に何かあったらこうはいかんぞ」


そう言って俺を諭しているのは街の守備隊隊長のセド。

刈り上げた金髪と眉間に寄った皺が貫禄と厳格さを感じさせるが、まだ23歳だそうだ。

最近は少し額の後退が気になるらしい。


事の発端はこちらに向かってザラスバードが走ってくるというよくわからない事態に、入場待ちをしていた人達が騒ぎ、それを受けて守備隊全員で完全武装の上、迎撃に出たという。

近づいてみると首のないザラスバードが迫ってくる事態に、とりあえず防御陣形で防ぐことしか手を取れず、街道に展開した。

そこへ俺がひょっこり現れて、混乱して固まってしまったという。


「よし、後は大丈夫だ。総員撤収。タッド、お前はアンディを手伝ってやれ、…まあその必要はないかもしれんが。ともかく、守備隊員が付いてれば他の者達も混乱しないだろう」


「は。了解です」


そう言ってタッドを残して守備隊員達は引き揚げて行った。

後に残ったのは土下座で着いた土を払っている俺と、そんな俺をジト目で見ているタッドさん。

…これは、叱られるパターンですか?


「まったく…。まさか、ザラスバードを持ち帰ってくるとはな。しかもこんなデカい奴を。危なくなったら逃げるんじゃなかったのか?」


「危なくなりませんでしたから」


実際、危ないシーンは無かったのでここはシレっと言っておく。


「あ、そう。…なぁアンディ、お前ってもしかして凄い奴なのか?」


「凄いかどうかはわかりませんけど、これを倒せる程度には強いのは確かですね」


それだけ言って再び橇の後ろに回り押していく。


タッドには一応前を歩いてもらい、進行方向の確認だけを頼んだ。

もうすぐ門の前に着くんだ、がんばるぞー。奮ッ破ッ!


「……普通、こんな簡単に動かせるもんか?子供の力じゃねーぞ……」


「何か言いましたー?」


「なんでもねーよ」


何か言ったと思ったんだが。

とにかく早いとこ運んじまうか。


大勢の注目を浴びながら、門の前でザラスバードを荷車に乗せ換えてギルドへと向かう。

ギルドにはこういった大物の専用搬入口が用意されており、タッドに教えてもらったその場所に荷車を運んだ。

中に入ると数人のギルド職員が待っており、荷車に次々と取付いて調べていく。


「お疲れ様です、アンディさん。こちらへどうぞ」


いつの間にか俺の隣に来ていたメルクスラに案内されて、通路を抜けていくと、いつものギルドの受付前に出た。

メルクスラに空いていた窓口の前で待つように言われたのでお行儀よく待つ。

しばらくすると窓口の向こうにメルクスラが座った。

引き続き彼女が俺を担当するようだ。


「今回持ち込まれましたザラスバードですが、現在、職員が解体と査定を行っています。解体手数料として1万ルパ、つまり銀貨1枚ですね、こちらを査定から引かせていただきます。大きさが大きさですので、査定完了までは少々お時間を頂きますが、ご了承ください」


「あ、その前に、ザラスバードの手羽と胸肉をいくらか貰いたいんですけど」


「手羽は換金額が最も高い部位ですので、査定額がかなり動きますが、よろしいですか?……かしこまりました。そのように手配します。どうぞ、そちらでお待ちください。では失礼します」


そう言われてフードコートへ促されて、メルクスラはどこかへ去っていった。

多分解体現場に俺の要求を伝えに行ったんだろう。


結構長い時間フードコートで待たされたが、ようやくメルクスラが戻ってきて、俺を窓口へと呼んだ。


「お待たせしました。こちらが査定額です。内訳を記しましたのでご確認ください」


そう言ってメモ用紙大の羊皮紙を手渡された。


可食部位やら皮革・体毛類の換金額が書かれている。

俺の取り分の手羽と胸肉を除いての金額だ。

一番下の欄に書いてある額は占めて141万900ルパ也。

金貨1枚、大銀貨4枚、銀貨1枚、銅貨9枚。


…驚いたわ。驚きすぎて逆に冷静になってしまった。

手羽を抜いてこの値段なら、全部だと幾らになってたんだ?


「メルクスラさん?この金額って普通なんですか?こんな高くなるとは思わなかったんですけど」


確認の意味を込めて聞いた俺の声は、緊張で少し震えていた。

いきなりの高額査定に小市民の反応としては当然だろう。


「いえ、通常はここまで高額になることはありません。あのザラスバードは通常の個体よりもかなりの大きさですので買い取り額が高くなります。解体した職員の話では肉質も通常個体よりずっといいらしいので、その点も査定の際に加味されています」


つまりレアな個体だから高くなったということか。

聞ける話は聞いたので、取り分けてもらっていた肉を受け取ってギルドを後にする。

肉はデカイ葉っぱで包まれていて、ちゃんと持ちやすいように紐で持ち手が作られているのがありがたい。


すっかり夜になっており、昼間とは別の雰囲気の大通りを速足で抜けて、宿へと帰る。

女将さんにザラスバードの肉を手渡し、調理をお願いした。

余った分を譲るということで、快諾してもらった。


出てきた料理はハーブと塩で焼いたシンプルなものだった。

手羽自体は大きいので骨から外されて供されたため、そのまま齧り付く。

噛みついた瞬間の弾力が歯に心地よく、噛んでいくと繊維状の肉が口の中でドンドン細かくなっていく。

歯で押しつぶすたびにキュムキュムと口の中で音が鳴るのがまた堪らない。

あっというまに完食してしまい、名残惜しさの残る満足感という不思議な気持ちで、食事を終えた。


夜も遅いため、風呂には入らずお湯で体を拭くだけにとどめ、ベッドへと潜り込んでいった。

久しぶりのちゃんとした寝床にすぐに睡魔が襲ってきた。

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