世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
第1話 新しい旅
朝が当たり前に来る幸せを毎日神に感謝する人間はどれだけいるだろうか。
夜を無事に迎えられた喜びを噛み締めて眠りにつく人はどんな人だろうか。
命が失われたとき魂はどこへ向かうのだろう。
地獄か天国か、それともただ消えていくだけ?
もし、死を迎えた魂が新しい旅立ちを迎えるとしたら、どんな世界へ送られるのだろう。
今、一つの肉体がその生を終えた。
魂は本来のルールに従い、あるべき形に則り進むはずだった。
神のいたずらか、世界の仕組みの誤動作か。
その魂は予期せぬ運命に直面した。
異なる世界への旅立ちに感情と知性を表せたらどんな反応をしただろうか。
魂は紡がれ、一本の糸へと形を成す。
辿るべき道を失った運命の糸は手繰り寄せられ、糸車に絡み取られる。
暗闇の中に車輪は回る。
回る、回る。
巡る、巡る、巡る。
長い時を経て、やがて輪が朽ちると糸は消えていた。
星々の輝く真空の世界のただ中にチェス盤があった。
盤上の駒は動かない。
指し手のいない世界は正しく、住人の手に委ねられていた。
導きも救いもない。
牢獄の自由だけが残されていた。
目覚めると目の前には青空が広がっていた。
本来目覚めると同時に目に入るはずの天井がない。
はて、記憶では最後に寝たのは部屋のベッドの中だったはず。
…いやなにか記憶がぼやけていて、確かなことは言えない。
身を起こして周囲を見るが全く見覚えのない場所だ。
「……酷い有様だな。竜巻でも通ったか?」
なにやら木造の建物があったらしい痕跡として、何本かの柱らしき木の棒が所々に見える。
見えるのだがどれもこれもなかなかデカイ。
俺の身長が180センチちょいだから目の前の柱なんか高さ4メートルくらいあるぞ。
こうしてボケっと座ってても始まらない。
とりあえず現状の把握のために周囲を散策してみるか。
「ふぅー、ここまでで一周か。意外と広かったなぁ」
とりあえず、辺りをグルリと見て回り、目についたいい感じの切り株に腰かけて一息ついた。
少し汗ばんだのでタオルでもあれば拭いたかったが、あいにく今あるのは身に着けている亜麻に似た肌触りの七分袖・七分丈の上下のみ。
さて、色々見て回ったがわかったことをまとめてみよう。
まず、どうやらここは廃村らしい。
なぜそうなったのかはわからない。
残されたものがあまりに少なく災害でそうなったのか、他の要因だったのかも分かる要素がない。
せめて現在地がわかるものはないかと探し回ったが手掛かりはなし。
学校のグラウンドよりやや広い村で家屋は10軒かそこいらか。
大概の家屋がなんらかの強い力で薙ぎ払われたようで、屋根が残っている家は3軒ほどだ。
その3軒もまともに壁が残っているのは1軒のみ。
かろうじて1軒が風雨をしのげる程度に残っている。
住民は見当たらなった。
死体や白骨もないことから恐らく全員が避難したのだろうか。
食料や衣服などは一切残っていない。
持っていけなかっただろう家具がちょいちょい見つかっただけだ。
一つ、わかったことはここは地球じゃないということ。
なぜなら空に浮かぶ月の数が違うからだ。
見える限りでは地球の月よりも一つ多く、2つの月が浮かんでいる。大きさもこちらの月の方が小さい。
さらにそのうちの一つは穴開きチーズのように外縁部が2か所欠けている。
地球ではどう見方を変えようがこう見えることはない。
月が自分の知識とは異なる形をしている。
ならば今いるこの地も自分のいた場所とは異なるのではなかろうか。
まさに、ここは小説の中等に出てくる全く別の世界、異世界と言えるだろう。
そしてもう一つ、俺の体がおかしい。
元々22歳の頃から農業を営んでいたため、そこそこ筋肉がついていたし、32歳にしては若く見られていた。
ところが今の俺の身長は140センチ程度で、やせ細った手足が衣服から覗いている。
ありえないことに、ガリガリの子供の体になっていたのだ。
そうなると相対的に初めの疑問が解決される。
どうやら周りの建物の残骸がでかいのではなく、俺が縮んでいたようなのだ。
現在の体格的には10歳ほどだろうか。
俺の10歳頃はこんな感じだったなーって思うからそう判断した。
この事実が判明した時は混乱したのがさっきまでの俺で、今はもうだいぶ落ち着いている。
色々考えたが、現在の状況は輪廻転生の結果として受け入れることにした。
とすれば俺は一度死んで、地球以外で生まれ変わったということになる。
他の動物などに生まれる場合もあったはずなので、今生でも人間として生まれて運がよかったといえるか?
しかし、生前の記憶があるとはどういうことなのか。
おまけに赤ん坊ではなく、約10歳からのスタート。
正常な転生がどういうものかはわからんが、この肉体に俺の魂が憑依したようなものだろうか。
とすれば、この体のもとの持ち主はどうなったのか。
あーだこーだ考えても答えが出てくるはずもなし。
どう考えても異常な事態であるからには、あるがまま受け入れ、今後のことを考えるべきだ。
現状における必要と不要の選定、優先順位の割り振りを頭の中で行う。
水と食料、体を休める家の3点だけは早急に確保しておきたい。
見て回った限りでは井戸がなかったが、恐らく川が近くにあるはず。
この規模の村なら井戸を掘る手間より近くの川から水を汲むほうがよかったのだろうか。
水はそこから手に入れるとして、食料はどうするか。
一応村の周りに少し離れて森が広がっているから、そこから食料の調達を考えるべきか。
森が近いということは、こちらに危害を加える恐れのある獣の対処も考えなくてはならない。
自分の知っている危険な動物の範疇に収まらない、より脅威度の高い生物の存在もあり得る。
それでなくとも今の丸腰の自分は森の生態系の中では最弱に分類されるはずだ。
一刻も早く自衛の手段を用意しなくては。
間に合わせの武器として、石器を括り付けた木の棒を槍として使う手もあるが、ここいらの石の質が向いていればいいが、楽観的に考えるのは危険だ。
都合よく死んで直ぐの動物の骨とかあるといいんだが。
なんやかんや考えているうちに結構時間が経っていたようで、日が暮れて夜になろうとしていた。
水場の確認をしたいところだが精神的な疲れが出たのか、体が重い。
仕方ない、やることは明日からにしよう。
とりあえず見回ったときに見つけた屋根と壁が残った多少程度のいい家を仮の拠点とするか。
屋根があるだけありがたい、壁も穴が開いてるだけで十分残ってる。
今の状況の中で最良だと思いたい。
中に入るととりあえず掃除をする。
これから世話になるのだ、せめて掃除だけでもして少しでも過ごしやすくしたい。
壁の一部だったであろう木片を少しどかして横になるスペースを確保する。
軽く地面を均して横になって寝やすい位置を探す。
柔らかい布団が恋しい。
足を抱え込むように身を丸めてそっと目を瞑る。
それだけで意識が深い闇へと沈んでいった。
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