第十二話 メルと霊薬

 権利関係の書類の申請が無事に終わり、メルの修行を始めることができるようになった。


「まず錬金術の基礎から教えることにしましょうか」


「はいっ! カナタ先生!」


 メルが威勢よく答える。


「あはは……さんでいいですよ」


 俺は宙へと手を掲げる。


時空魔法第八階位|異次元袋《ディメンションポケット》」


 魔法陣の中央へと手を突き入れ、中から錬金術の魔導書を引き抜く。


「当たり前のように高位の魔法を使ってくれるな……」


 ロズモンドが呆れたように口にする。


「おおっ! ロズモンドさんから噂でちょくちょくとは聞いていましたが、カナタさんって凄いお方なんですねぇ!」


「凄いというか……こやつの場合、凄いの桁が違うから、我ももうよくわからんわい」


 ロズモンドが溜め息を吐く。

 メルが不思議そうに首を傾げていた。


「しかし、お、思ったより本格的そうな魔導書ですねぇ……ウチに読めるかどうか……。もっとこう、入門書チックな奴じゃないと、ウチにはハードルが高いといいますか……その……」


 メルがごにょごにょと言葉を濁す。


「あと、これとこれとこれもいいですね」


 俺は《異次元袋ディメンションポケット》の中から、次々に魔導書を引き抜いて積み上げていく。

 メルの目が点になった。


「おいポメラ……もしかしてあやつ、限度を知らぬ馬鹿なのか? あまり時間はないというのに、錬金術の初心者にあんな量の魔導書をどう捌かせるつもりなのだ」


「……ただ限度を知らないだけだとよかったんですけどね」


 ポメラが疲れたようにそう零す。


「カナタさん……そのぅ、メル、本当に錬金術の知識はなくって……。た、確かに、魔導細工も多少は錬金術に被ってますけど、多分これ、そんな程度じゃどうにもならないといいますか……」


「大丈夫ですよ。それを解決できるアイテムがあるんです」


 俺は今度は《魔法袋》の方から、赤い水晶のついた首飾りを取り出した。


「カナタさん、それは……?」


「魔法習得の手助けをしてくれる首飾りです。修行の間、お貸ししますね」


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【魔導王の探究】《価値:神話級》

 かつて魔法により戦乱の国を統一し、大国の王となった男の魂が封じられた首飾り。

 魔法に全てを捧げた魔導王の探求心は、装飾品と成り果てた今なお衰えることを知らない。

 装備者の魔法の素養、理解力を深める。

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 これさえあれば、学習効率を数十倍、いや数百倍に引き上げることができる。


「おおっ……たっ、高そう……! なんだか凄い力を感じる気がします! だ、大事に使わせていただきますね。傷付けでもしたら、命で償っても返せなさそうです……」


 メルがそうっと、大事そうに首へと掛ける。


「それと……今から勉強の前に、この霊薬を飲んでください。魔法の感覚を研ぎ澄ませてくれます。こっちも魔導書の内容を理解する手助けしてくれるはずです」


 俺は瓶に入った、緑色の液体をメルへと手渡す。


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【神の血エーテル】《価値:伝説級》

 高位悪魔の脳髄を煮詰めたものを主材料とした霊薬。

 神の世界の大気に近い成分を持つと言い伝えられている。

 呑んだ者の魔法の感覚を研ぎ澄ませると同時に、魔力を大きく回復させる。

 かつて大魔術師が《神の血エーテル》を呑んだ際に、この世の真理を得たと口にしたという。

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 《神の血エーテル》……ガネットの協力もあり、かなりの数の錬金に成功している。


「でっ、出た……!」


 ポメラがなぜか身構えていた。


「魔法の感覚を研ぎ澄ませる霊薬……ですか。次から次へと、とんでもないものが出てきちゃいますね……。カナタさん、何者なんですか……? と、とにかく、ご厚意に甘えて、いただきますね……!」


 メルが《神の血エーテル》へと口を付ける。


「苦くて、ヘンな感じですねぇ……いや、でもそれがちょっと、インテリジェンスな雰囲気を醸し出しているといいますか。ああ、来ました、ウチ、なんだかちょっと賢くなってきたような気が……!」


 さすがにそれはただのプラシーボ効果ではなかろうか。

 いくらなんでも効き目が早すぎる。


「魔法の感覚を研ぎ澄ませるポーションとは、我も初めて聞いたな……。それが本当であれば、一流の魔術師はこぞって欲しがるであろう。我も欲しいくらいだ。ポメラよ、あれは効果があるのか? 相場はどれくらいするものなのだ? もし作れるようなものなら、《妖精の羽音》の商品に加えるのもアリではないかと思うのだが」


「……カナタさん曰く、一杯推定百億ゴールドだそうです」


「ほぶぅっ! げほっ! げほぉっ!」


 値段を聞いたメルが激しく咽せた。

 口の周りが緑の液体で塗れていた。


「お、おいカナタ、それは百億ゴールドもするのか!?」


「いえ……多分、そのくらいが相場かなぁと……。もしかしたらその十分の一くらいかもしれません」


「そ、それを一本売ったら、もう全部解決するではないか! なんであるかこの茶番!」


「価値を示すのが難しいですし、下手に持ち出せば相当厄介な揉め事の種になるかと……」


 それに金銭だけ渡して『これでポロロックから引き払ってください、はい解決』というのは少し違う気がするのだ。

 目前の問題解決だけならば俺とポメラで金策を行って金銭を建て替えればどうとでもなるだろうし、それで約束通りにロズモンドを桃竜郷に連れて行くこともできるだろう。


 ただ、それではかなり歪な気がする。

 メルも俺達に重い借りを感じるだろうし、ウォンツのような悪党に金を渡して、彼をのさばらせるようなことも避けたい。

 できればメルの夢を補佐する、という形で解決したいのだ。


 ……無論、最悪余裕がなくなれば、とにかく金銭を作る方向にシフトすることになるだろうが。

 ただ、俺はメルの夢を補佐するための手札をかなり持っているつもりだ。

 ウォンツを正面から倒すのは充分可能であると思っている。


「すいっ、すいません! ウチ、ウチ……ひゃ、百億ゴールドの霊薬を吐いちゃいました! ど、どうにか、床舐めて回収しますので……!」


 メルが顔を真っ蒼にして、床に這いつくばって舌を伸ばしていた。


「べ、別にそんな、気にされなくても大丈夫ですから! 元々、相場の額で捌けるとはとても思えませんし!」


 ……《神の血エーテル》の価値については、ポメラに口止めしておくべきだったかもしれない。

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