第十四話 雷の牙

「本当に滝の奥に、洞窟があるなんて……。ラムエルさんの言葉を疑っていたわけではありませんが、どうにも奇妙な感じがしますね」


 俺はポメラ、フィリアと共に、滝の中の洞窟を通過していた。


 外から滝を見ても全く奥に道があるようには見えなかったのだが、奥に触れれば壁を擦り抜けることができた。

 ラムエルの話が本当であれば、この先に竜人達の住まう桃竜郷とうりゅうきょうが存在する。


「でも……洞窟の奥だなんて、桃竜郷は、陽の当たらないところにあるんですね?」


 ポメラがそう口にした。

 俺達はウルゾットルに乗って飛んできたのだが、外から見た限りこの滝の奥に賑やかな集落があるようには思えなかった。


「キレイなところって言ってたから、フィリアとっても楽しみ!」


 フィリアが楽しげに先へと駆けていく。


「フィリアちゃん! 何があるところなのかわからないので、危な……くはないかぁ」


 俺は止めようとして自己完結した。

 フィリアがちょっと一人で先行したからといって危ない場所だとはとても思えなかった。

 何せ、彼女は《歪界の呪鏡》の世界でも戦える逸材である。


「きゃっ! ごめんなさい!」


 洞窟の奥の暗がりで、フィリアが誰かにぶつかってその場で尻餅をついた。


「おいおい……痛いじゃねぇか。なんだ、このガキは? いつから神聖なる桃竜郷は、ニンゲンの観光地になったんだ? ああ? これで二組目じゃねぇか」


 上半身裸の、二メートル以上ある巨漢が奥から現れた。

 黄色い尖った髪をしており、顎には髭があった。

 ラムエル同様、角や翼、尾を持っている。


「チッ、一人じゃないとはわかってたが、続いて若造二人か。くだらん。我らの同士が認めたのだろうが、全く持って気に喰わん。我ら同族が、こうも気軽に他種族を引き込むようになるとは! 我らの高尚なる使命を、蔑ろにしているとしか思えぬわ」


 大男が俺達を睨み付ける。


「……あるドラゴンから、竜人は恩義を重んじるため、恩人は快く桃竜郷に招き入れると聞いていたのですが」


「厚かましい奴らよ。恩義? 笑わせるな。我らの使命を忘れ、ニンゲンを招き入れる不届き者など、最早我らの同族ではない」


 早速ラムエルの言葉が当てにならなかった。

 どうにも人間を受け入れてくれそうな雰囲気ではない。


「我はライガン! 《雷の牙ライガン》なり! 十二金竜の称号を持つ、竜人の中の竜人である! 貴様らのようなニンゲンが桃竜郷を平然と出入りしつつあることを危惧し、自主的に桃竜郷の門番として名乗り出た!」


「……桃竜郷や竜王の意志とは関係なく、自主的に?」


 ライガンの言葉を纏めると、何となく今の風潮が気に喰わないから、勝手に入口に立って人間を追い返している、ということになる。

 それはつまり、ただの傍迷惑な差別主義者ではなかろうか。


「カナタさん……その、竜人って、個性的な方が多いみたいですね……」


 ポメラがやや呆れたように口にした。

 恐らくラムエルのことを思い出しているのだろう。


「聖地を貴様らニンゲンの薄汚い血で穢す前に、お引き取り願おう! 桃竜郷は、貴様らのような軟弱者が訪れていい地ではない! 我らの桃竜郷を舐めるでないわ!」


 ライガンが、倒れたフィリアへと掴み掛かった。

 即座に洞窟の左右の壁より、フィリアの身を守るように大きな白い手が生じた。

 二本の指が交差して重なり壁を成し、大男の腕を防ぐ。


「……む? な、なんだ、この奇妙な術は。十二金竜の中でも、膂力に長けた我の一撃を防ぐなど……」


「おじさん、フィリアの敵?」


 フィリアが冷たい目で、ライガンを見上げながら立ち上がる。

 ライガンは額に脂汗を浮かべたが、すぐに表情を引き締め、顔中に深い皴を寄せた。

 ライガンの筋肉が膨れ上がる。


「多少はやるようだな……だが、舐めるなよ! この我らが、《雷の牙ライガン》と称されているわけを教えてくれるわ! 雷竜の力を見せてくれる! はああああああああ!」


 ライガンの身体に雷が迸る。


「これが、我の全力……!」


 大きな白い手のストレートパンチが、ライガンの身体を吹き飛ばした。


「ぶふぉおおっ!」


 ライガンは全身を通路に打ち付けながら奥へと転がっていく。


 ……そりゃそうなる。

 フィリアの身を案じるより、フィリアの相手の身を案じるべきだった。


「生きてるよね、あの人?」


「大分手は抜いたけど……思ったより弱かったから、わからないかも……」


 フィリアが不安げに答える。

 さすがに殺すのはまずい。

 俺は息を呑んで、先へと駆けた。


「だ、大丈夫ですか?」


 ライガンは、綺麗に壁にめり込んでいた。

 生気のない表情をしていたが、ぱくぱくと口を開く。


「馬鹿な……このライガンが、ニンゲン如きに、短期間の内に二度も敗れたのか……?」


 よかった……生きていてくれた。

 俺はほっと息を吐いた。


「いや……我は負けていない……。そう、少し脅しを掛けてやろうとしたら、不意打ちで奇襲を受けたのだ。これは負けではない……」


「フィリアちゃん、やっぱりもう一発お願いします」


 フィリアが袖を捲って拳を構えた。


「待て、待て待て待て! す、少し、試してやったのだ! 貴様らが本当にこの桃竜郷で生きていけるのかどうか! ぎ、ギリギリで合格だと認めてやろう!」


 俺はポメラを振り返った。

 彼女は冷めきった目でライガンを見ていた。


 ……竜人は、こんな連中しかいないのだろうか。

 桃竜郷で信頼を勝ち得て竜王と面会する自信が一気になくなってきた。


「わかりましたよ、案内してください」


 俺が頭を押さえて頭痛を堪えながら、そう口にした。


「待て、その前にやらねばならんことがある」


「やらなければならないこと……?」


 ライガンが俺達に腕を突き出してきた。

 腕……?

 戦いのような形になったから、握手で和解しておこうとでもいうのだろうか。


 ドラゴンも竜人も、ただ純粋な強さを求める自己鍛錬を好むという。

 戦いにも神聖なものを感じており、そこに纏わる色々な風習があるのかもしれない。


「では……」


「何をぼさっとしておる! 早く我を岩から引き上げよ!」


「ああ、はい……」


 あまりにも偉そうすぎて、助けてくれと言っていることに気づかなかった。

 俺はライガンの身体を引き抜きながら、心底この桃竜郷で上手くやっていける気がしなくなってきていた。

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