第二十八話 アルフレッドの討伐数
俺は人集りの背後に立ち、背伸びをしてアルフレッドの様子を覗き見していた。
アルフレッドは他人の功績に気を取られていないで自分のことをもっと気に掛けろと口にしていたが、それでも気になるものは気になってしまう。
それに、何となく他の人が気に掛けているものは、自分も気になってしまうのだ。
アルフレッドの周りに人集りができている辺り、これは日本人だけの性質というわけでもないのだろう。
「カナタさん、行きましょう。あの人が注意を引きつけてくれているお陰で、他の受付が空いていますよ」
ポメラがぐいぐいと俺の腕を引っ張る。
「わ、わかっています。ちょっとだけ待ってください、ちょっとだけ」
「なんで変なところでミーハーなんですか……」
ポメラがはあ、と溜め息を吐いた。
「わかりましたよ……さっと見て、さっと移動しましょうね、カナタさん」
俺が様子を見ていると、アルフレッドはまたわざとらしく周りへ目をやり、溜め息を吐いた。
「見世物ではないのだがな」
それから魔法袋を手に取り、袋の中から大量のラーニョの瞳を転がした。
ギルド内から、おおっと歓声が上がる。
「す、すげぇ……」
「A級冒険者は、伊達じゃねえってことだな」
「チッ、あれだけの数を狩って来て、あの澄ましっ面かよ。まだ余力を残していやがる」
ラーニョの瞳の数はざっと……四十といったところだろうか。
そ、そうか……ま、まぁ……そんなものか。
「騒がしい、たまたま運がよかっただけだ。大量のラーニョの群れを見つけたのでな。この程度のことは、別に俺にとっては何ということではない。もっとも……もっと多くのラーニョを見つけていれば、それだけここに持ってくる数が増えていただろうがな」
「さ、さすがアルフレッド様です! すぐに換金させていただきますね!」
ギルドの職員が興奮気味に対応している。
俺がその様子をぼうっと眺めていると、ポメラに腕を引っ張られた。
「カナタさん、満足しましたか? ほら、行きますよ」
「あ……はい」
人集りから離れようとしたとき、アルフレッドが大きく首を振ったのが見えた。
俺はまた足を止め、彼へと目を向ける。
「職員の娘よ、早とちりするな。普通のラーニョはこれだけだと言ったのだ」
「え……まだ、何か……?」
アルフレッドがフーと息を吐き、何か気難し気に自身の鼻へと指を当てる。
俺はその様子に引き込まれ、息を呑んで様子を見守っていた。
「余計なことをぺらぺらと語り出す前に、そっちの別件の話を切り出せば誤解を招かなかったのでは……?」
ポメラが鬱陶しそうにアルフレッドを睨んでいた。
「どうしたんですか? そんなにアルフレッドさんを目の仇にしなくても……」
「……ポメラ、あの人の面倒臭い態度と、回り諄い言い回しが、なんだかすっごく鼻につくんです。むしろカナタさんは何とも思わないのですか?」
別に、俺は特に引っかからないが……。
全員が見ている前で、アルフレッドは魔法袋に手を突っ込んで、ごそごそと何かを探しているようだった。
「……実は俺は、ラーニョの異常発生には何か原因があると考えていた。そして、その元凶を暴き、討伐した。俺が奴を見つけ損なっていなければ、この魔法都市マナラークは危うかったかもしれんな」
元々騒めいていたギルド内が、アルフレッドのその一言で大騒ぎになった。
俺もアルフレッドの手から目が離せなくなっていた。
「何か原因があるには違いないと思っていましたが……まさか、既に討伐していたなんて……!」
「……あの、カナタさん、魔法袋ってあんなに捜さなくてもすぐばって出てきますよね? カナタさんが捜してごちゃごちゃやっているところ、見たことありません。おかしくないですか? 絶対に勿体振っていますよ」
ポメラが俺の腕をぐいぐいと引き、同級生の悪事を密告する小学生の様にアルフレッドを指差した。
「ちょっと待ってください、ポメラさん、今、アルフレッドさんが大事な話をしているところですから!」
俺はポメラを手で制しながら、アルフレッドへと注目していた。
ギルド中の人間が見守る中、アルフレッドは魔法袋から、大きなラーニョの瞳を取り出した。
「見よ、ラーニョの巨大種の瞳だ。こいつが魔法都市マナラークの周囲一帯が、ラーニョに覆い尽くされた元凶であったのだ。通常のラーニョより遥かに危険な魔物であった。もっとも……この俺の敵ではなかったのだがな」
ギルド中が歓声と拍手に包まれた。
アルフレッドを称賛する声に溢れる。
そんな中、俺は目を凝らしてラーニョの瞳を睨んでいた。
「……もしかしてあれ、俺達が二つ持っている奴じゃあないですか?」
ロズモンドが三体引き連れて走って来てくれた、大型ラーニョの瞳である。
別にアレは、元凶でもなんでもないだろう。
少なくとも四体は存在したことが確定してしまった。
多分、探せばもっといくらでも出て来る。
「そうですね」
ポメラが素っ気なくそう返した。
「……行きましょうか」
俺がそう言うと、ポメラが無言で頷いた。
俺はがらっがらの別の受付に行ったが、職員もアルフレッドの方へと貼りついていてこちらを見てくれなかった。
「あのーすいません! ラーニョの討伐依頼を受けていまして! 換金したいんですけど」
「はぁ、もう少し後にしてくれてもよかったのに。今、ラーニョ騒動の元凶が討伐されたって話が出たところで……」
職員がぶつくさと文句を呟きながら向かってきた。
「これですね」
俺は魔法袋をひっくり返して、まず箱を落とした。
それから魔法袋を揺らし、百ちょっとのラーニョの瞳をどんどんと落としていった。
どうでもよさそうに眺めていた職員の顔色が、見る見るうちに変わっていく。
あまり変な形で目立ちたくはなかったが、まぁ、このくらいなら許容範囲だろう。
アルフレッドも、もっと多く見つければそれだけラーニョを狩れていた、と口にしていた。
俺も普通のA級冒険者くらいの位置を目指して、冒険者活動を行っていこう。
「こ、こんなにたくさん……! そんな……!」
最後に、巨大ラーニョの瞳が二つ、箱の上へと落ちた。
職員の顔が、真顔になった。
職員はさっとアルフレッドの方へと目をやった後、俺の落とした瞳へと視線を戻した。
「えっと……これ……え?」
「……多分、これ、いっぱいいると思います」
……ラーニョの瞳百個の二百五十万ゴールドでも充分なので伏せておこうかとも考えたのだが、さすがにアルフレッドのデマを流したままにはしておけない。
これで騒動が落ち着くと判断すれば、都市側のラーニョ騒動への対策が遅れることも考えられる。
「おい、あっちの奴も凄いぞ!」
「なんだ、あの量は!」
アルフレッドの方に集まっていた野次馬が、こっちへと流れ出した。
「やれやれ、そろそろ散ってもらえないか? さっきも言ったが、人の功績など眺めていても自己研磨には繋がらぬのだぞ。そんなものに気を取られているのは愚か者のすること……ん?」
アルフレッドは背後を見て、自身の周りの人集りが減りつつあることに気が付いたらしく、辺りを見回し……俺へと目をやった。
十秒ほど、じっとこちらを見ていた。
俺は彼へと目をやって、小さくお辞儀をした。
アルフレッドがクワッと目を見開き、額に皺を寄せて睨みつけてきた。
も、物凄くあの人、こっちに気を取られていないか?
言っていることとやっていることが全く違う。
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