第二十二話 《不安の顔》

「馬鹿な……認めぬ、認められぬ……。我はA級冒険者、《殲滅のロズモンド》であるぞ……」


 ロズモンドが腕に力を入れて上体を起こし、膝立ちの姿勢になって俺を見上げる。


「なぜ、我の《大地爆轟グラウンドボム》が通用せんのだ……第七階位魔法であるぞ……」


 第七階位の魔法であったのに……というよりも、第七階位程度の魔法だったからなのだが……。

 ルナエールの手製ローブは、第十階位以下の魔法の攻撃を完全に遮断してくれる力を持っている。


 ……まあ、恐らく、A級冒険者だと第七階位や第八階位程度が限界になって来るのだろう。

 俺もだいたいこの世界の基準が見えてきた。

 《人魔竜》と恐れられていたノーツも、前準備なしに咄嗟に出せるのは第十階位の《死の体現デス》が限界のようだった。

 多分、S級冒険者や《人魔竜》の最低基準の目安が、第十階位の魔法が実践で使えるか否かのラインになってくるのではなかろうか。


「……もう、魔力もあまりないのでは? ここは下がったらどうですか?」


「魔力がもうないだと? ハッ、舐められたものだ!」


 ロズモンドは威勢よく態勢を持ち直した後、大きくふらついていた。

 や、やっぱりもう駄目なんじゃなかろうか。


「マナラークを代表する魔術師の一人として、流れ者にコケにされたまま終われるものか! 貴様ならば死にはせんだろう、我が奥の手を見せてくれるわ!」


 ロズモンドはそう言いながら俺に背を向けてダッシュで放り投げた十字架の大杖を拾い直し、そそくさと俺を振り返った。

 俺がこの隙に攻撃しなかったことに安堵したらしく、ほっと息を吐いていた。


「油断したな小僧め! 戦地ではそれが命取りとなる!」


 ……もうちょっと強めに殴り飛ばすなりして、さっさと諦めさせてあげた方がロズモンドのためにもなったかもしれない。


「カッ、カナタさん! そろそろ来そうです! さっきの爆発で、怒っているのかもしれません!」


 ポメラが俺へと声を掛けてきた。


「え……?」


 俺はポメラへと振り返る。

 何のことかと思ったが、そういえば地中にはラーニョが潜んでいるという話だった。

 さっきのロズモンドの《大地爆轟グラウンドボム》で、そのラーニョが一気に戦闘態勢に入ったのだろう。


「決闘の最中に、目を逸らすなぁっ! 我を馬鹿にしておるのか!」


 ロズモンドがそう叫んだのと同時に、周囲の地面を突き破って一斉に黒い一つ目の蜘蛛が現れた。

 討伐対象のラーニョである。

 目視できる限りで三十はいる。

 この倍はいると考えるべきだろう。

 思っていたよりも数が多い。


「ば、馬鹿な、目撃情報の多い場所だとは聞いていたが、ここまで繁殖していたというのか!?」


 ロズモンドが十字架を構える。


「魔力もほとんど消耗してしまったところだというのに、この数とは……!」


 ……やっぱり魔力は尽きかけだったらしい。

 冒険者同士の縄張り争いの小競り合いで魔力の大半を吐き出して、肝心のラーニョ狩りはどうするつもりだったんだ……?


 俺は周囲を這い回るラーニョを、裏拳や蹴りで身体を引き裂いて仕留めていく。

 ちょっと手間だが、《英雄剣ギルガメッシュ》や魔法では、加減を誤って討伐証明部位であるラーニョの一つ目を吹き飛ばしてしまう恐れがあるからだ。


「不本意であるが、この数相手となれば、共闘するしかないらしい。土魔法第五階位|土塊爆弾《クロッドボム》!」


 ロズモンドも一応まだ魔力を残していたらしく、爆風での五体のラーニョを一発で仕留めていた。

 だが、《土塊爆弾クロッドボム》を放った直後に、地中から這い出てきた複数のラーニョに足許を纏わりつかれていた。

 足を大きく上げて払っていたが、次々に現れるラーニョに体中を纏わりつかれていく。


「クソ、ぬかったか!」


 俺は手許のラーニョを左右に引き千切り、ロズモンドの許へと飛んだ。

 一方的に攻撃を受けた仲ではあるが、さすがにこの状況で見捨てるという気にはならない。


 だが、ラーニョに纏わりつかれているところをどう助けるべきか……と考えていると、地中から真っ白な巨大な腕が伸びた。

 手の甲に大きな口がある。


 これはどうやらフィリアが《夢の砂》で造ったものらしい。

 ポメラを爆風から守るために出していたものと同じだ。

 この不安を煽るデザインはよくわからないが、彼女の出したものなら安全だ。


「ちぇいっ!」


 フィリアが掛け声と共に腕を前に突き出していた。

 その動作に対応しているかのように、奇妙な白い腕がロズモンドへと突き出された。

 ロズモンドの身体が吹き飛び、近くの木へと身体を叩きつけた。


「ぶごどばぁっ!」


 ロズモンドがなかなか人の口から聞く機会のない悲鳴を上げた。

 一応身体からラーニョは振り落とされているが、本人も身体を痙攣させながら地面に突っ伏している。


「フィリアちゃん!?」


 俺はフィリアを振り返った。


「だ、大丈夫! フィリア、軽く……本当に軽く小突いただけだなの! カナタ、信じて!」


 フィリアがわたわたと腕を振って弁解する。

 そのせいか、あの奇妙な白い腕も地面の上を出鱈目に暴れ、周囲のラーニョを跳ね虫の如く叩き潰していた。

 レベル2000の軽く小突いたは信用できない。


「フィリアちゃんはとりあえずそのヤバイの一回仕舞って!」


 俺がフィリアへとそう叫んだとき、ロズモンドがよろめきながら起き上がった。

 よかった、生きていた。


 ロズモンドは必死に十字架の杖を拾った後、震える腕で暴れる白い腕へと杖を向けた。

 だが、白い腕が地面を殴りつけて大穴を開けたのを目にすると、背を向けて全力で逃走し始めた。


「ばば、化け物めええっ!」


 ……け、結局逃げるのか……。

 ま、まぁ、この場から離れてくれるならなんでもいいか。

 半端に狩りを手伝われても配分で揉めるし、そもそもラーニョ相手にそんな手伝いはいらない。


「……フィリアちゃんのアレ、見られたけど大丈夫だったかな?」


 あまり規格外のレベルを見せたくはなかった。

 他の転移者や上位人魔竜のような、ヤバイ人間に目を付けられるリスクが跳ね上がるからだ。


 魔法を無力化して地面に叩きつけたくらいなら本領の片鱗も見せていないので大丈夫だろうと考えていたが、フィリアの《夢の砂》の腕はあまり見せない方がよかったかもしれない。

 正体に気が付くことはないだろうが……。


「フィ、フィリア、またダメなことしちゃった? 口封じした方がいい?」


 フィリアが腕を上げると、頭上に大きな白い球体が生じた。

 目や鼻、口、耳が、ランダムとしかいえない配置がされている。

 よくわからないが、とにかく禍々しい気を感じる。

 

 フィリアがロズモンドが逃げて行った方へと腕を振り下ろそうとする。

 それをポメラががっちりと背後から掴んで止めていた。


「ま、待ってくださいフィリアちゃん! それは何だか、凄く駄目な気がします! あの人、きっと死んでしまいます!」


 良かった……。

 一歩遅ければ、あのよくわからない何かが、ロズモンドに何かをしでかすところだった。


「大丈夫、ちょっと脅かすだけ! ね?」


「助けてくださいカナタさん! この娘、すっごく力が強いんです!」


 ポメラが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 ポメラの腕はぷるぷると震えているが、フィリアの腕は微動だにしていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る