第五話 魔法都市マナラーク

 ついに魔法都市マナラークへと辿り着いた。

 都市の中で、旅路を共にしていた商人や、冒険者達とも別れることとなった。


「ありがとうございました。いや、ポメラ様に同行してもらい、本当に良かった」


 俺達に声を掛けた商人が、ポメラへとぺこぺこと頭を下げる。


「い、いえ、あの、ポメラは……本当に、大したことは何もしていませんから……えっと、あの……」


「おお! なんと謙虚な! 今までアーロブルクに、こんな英雄がいたとは知りませんでした!」


 ポメラは泣きそうな顔で、助けを求めるようにちらちらと俺の方へと目をやっていた。

 ……都市アーロブルクの《邪神官ノーツ》騒動やら、フィリアの始祖竜落としやらについては、今更もう弁解することはできない。

 申し訳ないが、本当に申し訳ないがここはポメラに涙を呑んで欲しい。


「ポメラ、タイヘンそう……」


 フィリアが俺のローブの裾を掴みながら、ポメラの様子を眺めてそう呟いていた。

 フィリアは他人事のようにそう言っているが、ポメラが大変な原因の大半はフィリアの始祖竜落としにある。


「フィリアちゃん……その、結果として助かったし嬉しかったんだけど、あんまり人目につくところで始祖竜を投げるのは止めてね……」


 俺が言うと、フィリアはしゅんと首を項垂れさせ、俺のローブを握る手の力を強める。


「ごめんなさい……フィリア、張り切っちゃって。フィリア、カナタの言うこと聞く。人目につくところでは始祖竜投げない」


「わかってくれたらいいんだ」


 俺はフィリアの頭を撫でる。

 よかった。

 フィリアも、自分の行動があまりよくないことだったかもしれないということはしっかり理解していたようだった。

 もう目立つところで始祖竜を投げるような真似はしないでいてくれるらしい。

 スケールが大きすぎて、自分が何の話をしていたのかよくわからなくなってしまったが。


「俺達からも礼を言わせてくれ!」


「あなたがいなければ、私達も無事にマナラークへ辿り着けなかったかもしれません!」


 他の商人や冒険者達も、ポメラの許へと集まり始めていた。


「い、いえ、いえ、その、あの……」


 元々人付き合いに慣れていないポメラが、顔を真っ赤にして慌てふためている。

 さすがにこの流れはよくなさそうだ。


「おい、ハーフエルフの小娘」


 黒い尖がり帽子の、ローブを被った男がポメラへと近付いていく。

 身なりや装備からして、恐らくそれなりに成功しているC級以上の冒険者だ。


「正直……法螺話だと思っていた。お前が最近まで下級冒険者だったのは知っているし、結界返しで館が崩れて《邪神官ノーツ》が生き埋めになったなんて話が広まっていたときには、アーロブルクは馬鹿ばかりかと笑っていた。だが、あんなものを見せられては信じざるを得ない。いやはや、目が曇っていたのは、俺だったとはな」


 尖がり帽子の男は、訳知り顔で見当外れのことを口走っていた。

 強キャラ感を醸しながら何を言っているんだこの人は。


「え……? え……?」


 ポメラが本気で困惑していた。


 ……ともかく、ちょっと強引にでもポメラを連れて去った方がよさそうだ。 

 俺はできかけていた人の群れを掻き分け、ポメラの腕を掴んだ。


「行きましょうかポメラさん、俺達もほら、急ぎの用事がありますからね! 皆さん、ありがとうございました」


「待て、用があるのはハーフエルフの小娘……」


 俺は男の掴んできた手を、肩を下げて躱した。

 ポメラも俺の嘘に便乗し、足を早める。

 続いて、フィリアが楽しそうに俺と並んで走る。


 少し走ったところで、足を止める。


「……ここまで来たら、大丈夫そうですね」


「カナタさん……ポメラ、この調子で大丈夫でしょうか……?」


 ポメラはしゅんと小さくなっていた。


「……本当にすいませんポメラさん、俺もどうしてこういう流れになってしまったのか……」


 そのとき、近くから歓声が上がった。

 ポメラがそれに反応して、びくっと肩を上下させた。


 しかし、歓声の方を見れば、長い金髪の、鎧の男が中心にいるようであった。

 冒険者ギルドが近くにある。

 金髪の男がギルドに向かうのを、他の冒険者達が出迎えているようであった。


「アルフレッドさん! 依頼を終えて、戻って来ていらしたんですね!」


「レッドトロルの討伐は無事に終わったのですか?」


「やれやれ、そう騒ぐな……。一人で二体のレッドトロルを同時に相手取るなど、大したことではない……」


 金髪の美丈夫、アルフレッドとやらが溜め息交じりにそう口にする。


「ええ!? お一人で、二体のレッドトロルを倒したんですか!?」


 周りの歓声が一層と湧いていた。


「あまりアルフレッド様の進路を邪魔しないでください! 私達は、忙しいんです!」


 アルフレッドの横に並ぶ女剣士が、周囲の冒険者達を追い払っていた。


「レッドトロル如きでこの騒ぎとは……。魔法都市はS級冒険者を抱えていると聞いて楽しみにしていたというのに、聞けば半ば引退状態であると言うし……期待していたほどレベルは高くないのかもしれんな」


 アルフレッドがそう零す。

 どこか嫌味な冒険者だが……あの人気振りを見るに、実力は本物なのだろう。

 

「ポ、ポメラのことじゃなかったんですね……なんだか、恥ずかしいです……」


 ポメラが顔を赤くしてベレー帽を押さえていた。

 ……ここ最近、変な形で持て囃され過ぎて、すっかりトラウマになってしまっているようだ。

 本当に彼女には申し訳ないことをしてしまった。


 俺はアルフレッドを、こっそりと《ステータスチェック》で確認しておくことにした。

 下手に《ステータスチェック》で強者を盗み見れば、最悪相手に探っていることがバレかねないので控えた方が無難ではあるのだが……好奇心に抗えなかったのだ。

 この人混みの中なら、万が一気付かれたとしても、誰が見たかはわかりはしないはずだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

アルフレッド・アルゴバート

種族:ニンゲン

Lv :76

HP :274/289

MP :243/266

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「……本当に大したことなかった」


 てっきり謙遜なのかと思ったが、本気で大したことがなかった。

 ロヴィスの半分以下である。

 なんだろうか、《ステータスチェック》を使えば使うほどこの世界の水準がわからなくなってくる。


「どうしましたか、カナタさん?」


 ポメラが不思議そうに俺を見る。


「いえ、なんでもありませんでした」

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