第四十二話 ひと悶着

「お前のちゃっちい白魔法なんて何の当てにもしてないし、何言っても逆らわないのと安くて扱き使えることだけがお前の取り柄なのに、時間さえ守れないんだったらお前マジで何の価値もないぞ、なぁ? わかってるのか、ポメラ?」


 青髪が、粘着質にポメラへと詰め寄っていた。

 ポメラは口をぱくぱくさせていたが、何を言えばいいのかわからないのか、言葉を発することはなかった。


「黙ってないで、なんか言えよ、なぁ? 何だ? わかってないのか?」


 俺は横から、二人の間へと分け入った。


「すいません、彼女が遅れたのは、道に迷っていた自分を助けてくれていたからなんです。それについて怒っているのでしたら、自分の方から謝罪させていただきます。ただ……今の怒鳴っている様子が目に余ったので、それについてはどうかと思います」


「カ、カナタさん?」


 ポメラが驚いた顔で俺を見る。


「ああ?」


 青髪の男が面倒臭そうに俺を見る。

 その後、鼻で笑ってポメラの方を振り返った。


「ポメラ、お前、そんなことまでしてたのか? 混じりもんは、人間様に媚びを売るために必死だな」


「混じり物……?」


「なんだ、知らなかったのか。まあ、そりゃそうか」


 青髪の男は口端を吊り上げ、ポメラのベレー帽を掴んだ。


「あっ、や、やめてください! ロイさん!」


 ポメラが抵抗しようとしたとき、青髪の男――ロイは、彼女のベレー帽を奪うと同時に突き飛ばした。

 俺は素早くポメラの背後に回り、倒れないように身体を止めた。


「だ、大丈夫ですか?」


「……なんだ? お前今、瞬間移動しなかったか? 見間違えか?」


 ロイが目を細めて俺を睨んだ後、手の甲で瞼を擦っていた。


「ま……いいか。ほら、そいつの耳、見てみろよ。ポメラは、森荒らしと人間の混じりもんだ」


 ポメラは隠すように自身の耳を押さえ、顔を青くしていた。

 手の間から、尖った耳が見えている。


「エルフ……ほど長くはないから、ハーフエルフか」


 見たのはこれが初めてだが、ルナエールから知識としては教えられている。

 エルフは耳の長い人種だ。


 種族として魔法に長けており、精霊の力を借りて老いや穢れを遠ざけている。

 そのためエルフは、精霊の多い自然の中で生きることを好む傾向にある。


 宙に浮かぶ天空大陸で生まれ育った者をハイエルフ、地上で生まれ森で暮らしている者をただのエルフと呼ぶ。

 ハイエルフは天空大陸の精霊の力を受けて千歳近くまで生き、地上の森奥で暮らすエルフは五百歳近くまで生きるのだそうだ。

 ハーフエルフで、都市内で生きているとなれば、寿命は二百歳くらいだろう。


 森荒らし、と呼んでいた理由は察しが付く。

 自然を好み、発展した都市を嫌うエルフは、度々人間と衝突することが多い。

 時には殺し合いに発展することも決して珍しくないのだという。


「ご、ごめんなさい、そ、その、カナタさんを騙すつもりじゃなくて……ポ、ポメラ、その……ただ、カナタさんと、お友達になれたらいいなって思って……」


 ポメラの目に涙が浮かんでいた。

 ……妙に卑屈なところがあると思ったが、その理由がわかった。

 ハーフエルフであるポメラは、エルフの集落にも、人里にも、居場所がなかったのだろう。


「な? わかっただろ? 森荒らしとの混じりものなんて、このくらい雑にこき使ってやって丁度いいんだよ。仲間にしてやってるだけ、俺なんて優しい方だろ?」


 ロイが俺へとずいと顔を突き出してくる。

 段々と、ロイの言い草に腹が立ってきた。

 俺は額に手を当て、自分に言い聞かせる。

 

「わかったら、とっとと下がってろ。世間知らずが、うだうだ俺に楯突いて来るなよ」


「……わかりました。あなたに何か言っても意味がなさそうなので、これ以上は止めにします」


 俺はエルフと人間の対立については詳しくないので、ここの人達の意識や考え方がわからない。

 それに、これまでのやり取りで、ロイは話し合いでどうこうなる相手だとは思えない。


「ポメラさん、俺とパーティーを組んでくれませんか? まだ勝手がよくわからない上に、一人だとまともな依頼を受注できないみたいで、困っているんです」


 俺はポメラへと握手を求め、手を伸ばした。


「え、え……? いいんですか? ポメラ、ハーフエルフですし……それに、カナタさんのお役に立てるか……」


 ロイが苛立った顔で俺を睨みつける。


「お、おい、あんまり勝手なこと言うなよ。こっちはその安くでこき使える奴隷がいなくなったら、大損なんだよ!」


「どうするのかは、あなたの都合ではなくポメラさんが決めることでしょう」


 ポメラは戸惑っていたが、やがて意を決したように、そうっと俺の手を取った。

 握手に不慣れなのか、手が震えていた。


「よ、よろしくお願いします、カナタさん! ふ、不束者ですが、その、ポ、ポメラ、頑張ります!」


 俺がポメラを連れて受付へ行こうとしたとき、ロイが俺の肩を掴んできた。

 顔を近づけ、声を潜めて話しかけて来る。


「善人振るの止めようぜ、なあ、カナタとやら。わかるぜ、俺も森荒らしの混じりものだから魔法ができるかと思って優しくしてやっていたが、レベルは低いし、要領は悪いし、何の使い物にもなりはしない。何にも反抗しないから、ストレス解消と雑用には持って来いだが、お前の期待してるような働きはしねぇよ。さっさとそいつを返……」


 俺は軽く力を込め、ロイを振り払った。

 勢いでロイが床に倒れた。


「可哀想な奴……」


 俺はそうロイへと零し、ポメラと共に受付へと向かった。

 途中、ポメラが立ち止まって、背後をちらちらと振り返っていた。


「あんな奴のこと、気に掛けなくてもいいと思いますよ」


「い、いえ、その……なんだか、ロイさんの様子がおかしくて……」


 俺もロイを振り返った。


「い、痛い! 助けてくれホーリー! やられたっ! 肩を外された!」


 ロイは床に這いつくばって目を剥き、涎を垂らしながら、もう一人のパーティーメンバーの女へと泣きついていた。


 ち、力加減を間違えたかもしれない。

 つい、地球の頃と同じ感覚で、力を入れて振り払ってしまった。

 ほんの少し力を入れただけのつもりだったのだが、このレベル差問題は思いの外に厄介だ。

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