勝ち組男と自撮り女が呪い殺されるまでの→7日間

げん

第1話   勝ち組男、呪われる


「あなたを7日間後に殺す。

 この女を連れてきて、殺さなければ」




トイレに現れたこの女は、果たして神か、幻か、悪魔か。

腰を抜かしたまま動けない流光(ながれひかる)には、

倒れ込んだ際に強く打ちつけた肘の痛みすら感じなくなっていた。

空白の頭をじょじょに埋めていく重い恐怖と、そして謎。

痛みを取り戻していくと共に、その頭の中は恐怖よりも謎が支配していく。

この女、妙に存在がぼやけている。


「おまえは誰だっ。

 何かおかしいぞ、おまえは」


頭に浮かんだ言葉を衝動的に女にぶつける。

言葉を発すると少し冷静になったか、女の姿をあらためて観察できた。

見た感じ高校生くらいの女の子。

ショートカットで、まだ化粧に化けてないあどけなさがある。

だがやはり、この女は奇妙なのだ。

存在自体が不安定なのだ。体全体がぼやけて見えることもあれば、

寒気がするくらいに周りのどんな物よりも濃く見えることもある。


「この女の子だよ。

 この子を連れてきて殺して」


女は存在を濃くしながら、右手に持ったケータイを

倒れ込んでいる光に見せてくる。

映し出されていたのは、見たこともない、自撮りをした女の写真。

光はどちらかと言うと、そう怪訝な言葉を吹っ掛けてくる女の方が気になった。

目の前のこの女の存在が全てであり、光はそのケータイの電子情報など

どうでもよかった。

ケータイという見慣れた機器を見て何処か落ち着いたのか、

光に握力という現実が戻る。

体を反転させ、まるで泳ぐかのように手をばたつかせてリビングへと駆け込む。


「お互い自己紹介しようよ」


「・・・どういうことだ」


女はケータイを操作しながら、リビングのソファで寛いでいた。

激しい何かに絶望し、光はその場で膝を落とした。

この女の見え方。そして今の瞬間での移動。もはや人間の行えるものではない。

自分は人間ではない何かを見てしまい、そして関わってしまった。

女は無表情でケータイの操作を続ける。時折、動かない光に微笑みながら。




「もしもーし、何してるの?」


それから数時間後。時刻はすでに午後9時26分を示している。

光は食欲、睡眠欲、全てを置き去りにしてパソコンと対峙していた。

女はかまって欲しいのか、時折光の首筋に息を吹きかけたり、

背中を人差し指で突いて気を引こうとする。


「居留守中ですか?」


「黙れ!

 国内最強の除霊師、道源寺総一郎先生を検索している!

 おまえをあの世のブタ箱に送るためのな」


右手の人差し指を女に突き付け、光は甲高く笑い始めた。

陥れたと確信した相手を、逆に陥れる。光にとって、それは愉快でならなかった。

また、こんな状況下でも最善の策を見つけることができる、

そんな自分自身が誇り高かった。

その二つの要素が、この奇怪な状況で光を笑みにさせていた。

唖然としていた女は、いつしか光の笑みにつられて、口元に手を抑えながら笑い始める。


「貴方は流光ってゆーんでしょ?

 じゃあ、ピー君だね」


「誰がピー君だ!

 おまえは一体何者だ」


「みっぴーはね、実はみっぴーなんだよ」


「(この女、さきほどから”みっぴー”という名前しか口にしない。

 その他の個人情報は一切、喋ろうとしない。

 一体何者なんだ、こいつは)」


女と会話をする度、光のキーボードを叩けつける力が強まっていく。

すでに立場が逆転しているハズ、しかしこの女の余裕の態度・様子がどうにも

気に入らない。

中々答えを示さない機械に対し、光の舌打ちの回数は増える一方。

打って変わって、みっぴーなる女は会話ができたことに気を良くしたか

持っていたケータイをポケットに押し込む。体育座りに体制を変え、唸る光の背中をじっと目つめる。


「みっぴーはパパがつけてくれたんだ」


「素晴らしい脳みその父親だな」


「そのパパじゃないよ。

 エンコーで知り合った、パパ」


光はふいに出てきた「援助交際(えんこう)」という言葉を聞いて、

キーボードを打つ手を止めた。いきなり現れた現実の黒い言葉が、苛立った光の頭を一度に白にさせた。

気持ちが悪いぐらいの落ち着きを取り戻した光。

ゆっくりと顔を女の方へ向ける。


「おまえ、援交をしていたのか」


「うん。油ぎったハゲ頭だって舐めたことあるよ」


「何て負け組なんだ。

 おまえみたいな人生の負け組が、この俺を妬んだか。

 この勝ち組の俺を、妬んでこんなことをしたか!」


強い口調で怒鳴る光の声には、激しい怒りと共に、確かな自信の表れがあった。

みっぴーは目を丸くして、じっと光を見つめた。

なぜ光が怒っているのか分からない様子。


「ピー君、勝ち組なんだ」


「見て分からないか!!

 俺は大手自動車メーカーの課長代理、幹部候補。

 このマンションを見ろ、高層40階建て、その最上階!

 そこらの雑魚共の月収がここの月の家賃だ!

 俺が勝ち組でなくて、誰が勝ち組なんだ!?」


「それって誰と勝負してたの?」


「全日本国民とだ、この馬鹿が!!」


「にゅん」


キーボードを叩きつける音は、さきほどよりも一層強くなる。

自分をイラ立たせるこの状況自体が、すでにこの女の罠か。

いや、ましてや、そんな時間すら惜しいのが現状。

そう自問自答することで、みっぴーからの言葉の意味を消し去ろうとした。

しばらくして、光はパソコンの隣にあったケータイを片手で持ち上げる。

そのまま勢いよくリビングを飛び出し、玄関へと向かった。

みっぴーはドア越しに、その会話の内容を聞き取ろうとする。


「・・・はい・・・申し訳ございません、はい。

 そこを、何とか、・・・金額は厭いません。

 そうですか・・・いえ、ありがとうございます。

 貴方は命の・・・」


ドアの隙間から見える、何度も頭を下げる光の姿。

数分後、深い礼の後に光が通話中止ボタンを押す。

その直後、マンションの騒音を気にもせずに、高笑いを始める光が目に映る。

今までにない軽い歩調でリビングに入ってきたかと思うと、みっぴーの肩に

優しく手をかける。


「残念だったな、みっぴー。

 明日、道源寺総一郎先生に見て頂けることになった」


「勝ち組で、お金をいっぱい持ってたから?」


「そう、年収、所得は勝ち組の根幹部分。

 人は命を宿した時から、一つの使命を背負う。

 それは富を築くこと、資産を積み上げること!

 見てみろ、命は金よりも大事だとほざくが、それを言うのもまた勝ち組!

 つまり、高年収、高収入の勝ち組になるのは国民の義務であり、

 理想のエンディングである!!」


「えーっ。

 そんな生活つまらなさそー」


「内閣総理大臣に言え、この馬鹿がっ!!」





『2日目 早朝』



次の日、午前4時30分。

昨晩、強引に頼み込んだ除霊師の元へ行くため、光は早起きして身支度を整えていた。

除霊師からは衣服、金銭以外の物は一切持ってくるなと指示された。

その言葉通り、光は身なりを整え、サイフだけをポケットにしまう。

ウォールミラーで自分を確かめるその脇、あれが映り込む。


「いたのか」


「καλιμερα σασ」


「なぜギリシャ語で挨拶をしだす」


あれこそまさに、みっぴー。光の反応に対し、子供のように笑みを浮かべる。

やはり、悪夢では無かった。昨日の出来事は現実であった。

そんな憂鬱な日差しを受け、光の目は完全に冷めた。


「悪い夢は見れた?」


「なぜだ」


「だってピー君って、勝ち組って、

 顔の分からない人とずっと睨めっこしてるんでしょ?」


「何が言いたい」


「なんだか勝ち組って不思議な言葉。

 使っててみんな不幸になるね」


「・・・俺が不幸になるのは、おまえが原因だ。

 だが、そんなことはもうでもいい。

 負け面を拝むのも、今日が最後になるからな」


光は鼻で笑った。あらためて、この無駄なみっぴーという物の存在に。

何のためにここに現れたのか、何がしたかったのか。

今や酒のつまみになろうとしているこの出来事を思い出しながら、

玄関へ向かうとする。


「ピー君、これこれ。

 おもしろいんだぁ」


「・・・!」


みっぴーが、手に持っていたケータイを見せてくる。

この女が光にケータイを見せてきたのは、殺せと指示した自撮り女の画像以来。

何か不思議な力に吸い付けられるように、画面に目を向けてしまった。

何か分からなかった。

立派な門松かと思った。しかしよく見てみると、それにしては不格好な気がする。

バランスがあまりにも取れていない。

光はゆっくりと、みっぴーに近づいていく。どうしても気になってしまう。

門松ではない。何処か美術作品、オブジェにも見えてくる。

見たことのない、物体。

次の瞬間、再び光は腰を抜かし、そしてみっぴーが笑顔であることに気づく。


「昨日の除霊師さん。

 四肢をちょん切って、両足を両腕部分に押し込んで、

 両腕部分を両足にくっつけてみたんだ。

 何かぐちゃぐちゃで可愛くないから、喉から首下にかけて・・・」


「やめろ・・・やめろ!!

 おまえ、おまえは一体何を。

 何がおまえの目的なんだ、一体!!」


「ピー君、みっぴーはね。


   幸 せ に な り た い の   」

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