第86話 インターン帰りの映画館選び

「なになに? 穂積くん、何を選んでるんだい? ああ、ほう、映画か……。そう言えば特撮映画まつりがやって来ていたね……」


「あ、はい! 最初は最寄りでいいかと思ったんですけど、せっかくなんで大きい映画館がいいかなって」


「なーるほど。うん、舞香は大きなところは慣れているから、あえて庶民的なところにするのもいいんじゃないかな?」


「そうなんですか? ……って、どうして俺が舞香さんと一緒に行くって!?」


 今は、インターン帰りの車の中。

 夏休みの間も、ワイシャツに夏用スーツで外回りだ。


 アルバイトとして、時給1200円。

 割がいい……!


「あれ、気づかない? 本当ならアルバイトの子を取引先に連れて行くとかめったに無いんだけどね。でも、君は別だ。いや、別になった。先方からのお願いでね、先物買いだとは思うけど、まあ彼らも間違いないと思うなあ」


 何に期待されているんだ、俺は……!!


「ま、これで直帰なんだ、君は。軍資金も溜まっただろう? もう今回のバイト代は振り込んであるからね」


「いつもながら、なんで日払いなんですか……?」


「君くらいの年齢は、日々それなりに自由になるお金がある方が嬉しいだろう?」


「そりゃそうですけど」


 一竜さんの手のひらの中で転がされているぞ、俺。


「ああ、僕も映画見に行かないとなあ。時間を作れるかな。スイスなんて行ってる暇なかったんだけど」


 ぶつぶつ言ってる。


「もしかして、一竜さんも特撮映画まつりを?」


「もちろんじゃないか、クロマイジャーくん」


「そ、そうですかコダイジャーさん」


 家の前に到着。

 俺は降りて、手を振る一竜さんと別れたのだった。




「あれ? 穂波はまだ塾?」


「そうよー」


 リビングで麦茶を飲んでいる母は、だるそうに答えた。

 なんか燃え尽きてる。


「母さんもしかして、仕事終わった?」


「そう。脱稿よ……!! 締め切り間に合ったー。もう今日は一切家事しない」


「分かった俺がやるよ」


「おおー、物分りのいい息子よー。あ、スーツしわになるから脱いでからね。後でアイロン掛けてあげる」


「家事しないんじゃなかったのかよ」


 メッシュ地のスーツとスラックスをハンガーで吊るし、ワイシャツを脱いで洗濯機に投げ入れ、靴下を脱いで……。


「うおー! 開放感!! やっぱスーツって疲れるよなあ。父さん、よく毎日あれ着て仕事行くよ」


「それでも今はネクタイしなくて良くなったから、楽になったほうよ?」


「ええ、まさか夏もネクタイしてたわけ?」


「そう。日本は色々と非合理的でねえ。外国でネクタイできてるのは、気候が違うからなのにそういうのは鑑みないのよねえ」


「悪習慣だあ」


 俺も母の向かいに腰掛け、麦茶を飲んだ。


 エアコンがばりばりと冷風を送り込んできており、窓はしっかりと閉じられている。

 我が家では、朝と夕方しか換気しない。


「さて、と」


 俺は映画館選びを再開した。

 近場の映画館は悪くない。

 シネマコンプレックス方式だし、大きな映画館の中で色々解決する。それに電車で行く時間も短くて済む……もしかして舞香の車で行くことになるか?


 都心の映画館は……うーん。

 それっぽいし、遊ぶスポットは確かにたくさんあるけど……。


「むーん」


「何悩んでるの? デート?」


「!? なんで分かるの!?」


「あんた素直ねえ。母さん嬉しいわー」


 母がニコニコした。


「高校生のうちは背伸びとかしちゃうものだけど、身の丈にあったデートでいいと思うけどな。ていうか、お相手がお相手なんだから、案外身の丈デートの方が新鮮かもよ?」


 どこか一竜さんのような事を言うなあ。

 そういうものなんだろうか。

 いや、俺の場合、相手が特殊なのだ。


 米倉グループの社長令嬢、米倉舞香。

 ハイランクな遊びなんかは網羅し尽くしてそうだな。


「ならば俺は、庶民力で挑むしかないのか……!」


「そうそう、その意気。私達は所詮庶民だからねえ。でも、ちょっといい庶民よ? 中の上くらい」


「へいへい。何不自由無い暮らしをさせていただいております」


「感謝したまえ」


 母が気取ってそう言うので、笑ってしまった。

 それはそうだよなあ。

 米倉の家が、俺を嫌がらずに受け入れてるってことは、家として稲垣家レベルはOKだってことだろうし。


 先日の墓参りからバーベキューで、人には色々な生まれがあるし、素性があるってことをよく理解できてしまった。

 俺は結構恵まれてる方だろう。

 そして、そうじゃないと米倉舞香とこんな関係にはなれなかった。


「こういう立場に生まれた事とか、人に助けてもらえる事とか、そういうのを全部ひっくるめて感謝しつつ、全面的に利用させてもらって生きていこう……!」


 俺は決心した。

 とりあえず今まで通り頑張ろうと。


「今まで通りの俺であるならば、デートコースはシネコン一択……!! 途中でおもちゃ屋を冷やかして、ランチはチェーン店のフライドチキン屋か天丼屋……!!」


「頑張れ穂積! 箱入りのお嬢様をチェーン店にお連れする役割はあんたじゃないとできないわよ!」


 そんな役割が必要なんだろうか……!?

 疑問を感じないでもないが、俺はあえてそんなデートコースを選択するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る