第36話 衣替え来たる!

 五月下旬ころからちらほらといたけれど、六月ともなれば一斉にみんな入れ替わる。

 そう、冬服から夏服に。

 衣替えの季節だ。


 そろそろ見慣れたブレザーの制服が、白いワイシャツやポロシャツ、そして学校指定のグレーやネイビー、クリーム色のセーターやベストに変わる。

 一見して見た目が変わらないズボンやスカートも、夏仕様の薄いものになっているのだ。


 ということで……。


 俺は佃と布田に誘われ、少し早めに登校していた。

 親衛隊なんて言っても、全く業務が無いので普段どおりなのだ。


 教室の窓から、通学してくる女子達の制服をウォッチするのだとか。

 大変趣味がよろしい。

 俺達は健全な高校生男子だ。


「……と思ったら、もうリムジンが来たよ」


 俺の登校とほぼ同時に、米倉家のリムジンがやって来る。

 なんか、俺の生活ペースと同じサイクルで舞香も動いてるんじゃないかという気になる。


 リムジンが停まり、芹沢さんが降りてきた。

 いつもの黒服だ。


「おはようございます、稲垣くん。衣替えしたのね。なかなか似合ってるじゃない」


「おはようございます! そうですかね……?」


 俺の姿は、ワイシャツに夏ズボン。ベストやセーターは着ない。


「そのうち、私の特訓で肩とか腰とか、むちむちになるから楽しみにしてて。サイズアップしなきゃやってられなくなるから」


「俺が変えられてしまう……!」


 芹沢さんに体をさわさわされながら、俺は慄いた。

 ちなみに、佃が通りかかり、俺がメガネの美女にさわさわされているのを羨ましそうに見ている。


「芹沢さん!」


 ちょっと怒った声がして、舞香が自分から降りてきた。

 どうやら運転手に扉を開けてもらい、エスコートされるのが米倉家のルールらしく、毎回そういう風になっている。

 だが、そんな舞香が自ら降りるということは怒っているのでは。


「おはよう、米倉さん……さん……さ……」


 俺は固まった。

 彼女もまた、夏服だった。

 白いポロシャツに、ネイビーの夏セーターを着ている。


 彼女のプロポーションが見て取れる……!!

 全体的に細身のシルエットだが、モデル体型とはまた違う。

 なんていうか、舞香は極端に体型にメリハリがあるわけじゃない。

 着物が似合う体型っていうんだろうか。


 首元の覆いがワイシャツだけのせいか、細くて長い首筋がよく見えて……。

 麦野ほどではないか、胸元の自己主張も……。

 薄い夏スカートから覗く白い足も……うーむ。


「いい……」


「なに見ているの、稲垣くん」


「はっ」


 舞香が氷のような目で俺を見ている事に気付いた。

 しまった!


「似合うよ! 米倉さん凄く似合うから! かわいくてびっくりして」


「えっ、かわいい!?」


 舞香の頬があからさまに緩んだ。

 そして、ちょっと髪をかきあげたり、その場でくるっと回ったりする。

 喜んでる。わかりやすーい。


 でも、ウキウキしてる彼女が本当にかわいいからよし。

 なんとなく、通学してくるみんなも夏服を纏って浮かれている気がする。


 夏がやって来るんだなあ。

 

 そしてくるくる回りながらも、舞香の視線が俺の腕とかに注がれてるのが分かる。

 半袖……!

 何か言いたいらしくて、口がむにゅむにゅしてる。


「ちなみに稲垣くん。護衛である私も夏服なんです」


 芹沢さんから驚きの情報がもたらされた。


「えっ、いつもの黒服では……?」


「よく見てみて」


 陽の光を背にした彼女。

 よーく見ると、上着とスラックスがかすかに透けて、体の線が見える……!?

 薄い!


「メッシュ地のスーツなの。どう? どう?」


 めちゃめちゃメリハリのあるプロポーションなんだよなこの人。

 五月のデート下見のときに思い知ったけど、あれ以上のインパクトが夏場は見られるのか。

 楽しみかもしれない……!


「芹沢さん!」


「あっ、これはすみませんでしたお嬢様」


 芹沢さんは一礼して、サッと運転席に滑り込んだ。


「それでは、親衛隊の稲垣くん。お嬢様をお任せしましたよ」


「はい、任されました!」


 窓が閉まり、リムジンが走り去っていく。

 それを見送ってから振り返ると、舞香がちょっとむくれていた。


「あっ、どうしたの」


「なんでもー。稲垣くんの好きなタイプの女性は、ああいう大人っぽい人なのね」


「あ、いやいや、そうじゃなくて。年頃の男ならきれいな女性とかかわいい女の子とかみんな好きなので……」


「そーお? じゃあ、私もそういうみんなの中に入ってるの?」


「それはも……」


 ここで、俺の中の危機管理センサーみたいなのが反応した。

 違う、違うぞ稲垣穂積。

 これはなんかヤバい気がする。


 羞恥心を抑え込み、言うのだ俺よ!


「米倉さんは特別かな……! 白いワイシャツに、黒髪が映えててすっごくきれいだし、その、シャツが長袖なのが残念なくらい」


「あ、これは、その、いきなり半袖ははしたないかなって」


 特別と言われて、また舞香の頬が緩む。

 凄く表情が分かりやすい。

 かわいい。


「お、お前ら……いつまで校門の前でイチャイチャしてやがるんだ!」


「あっ、佃! そういえばいたなお前……」


「いたさ! じっと待ってたら、お前、お前なあ……。いつまできれいな人たちといちゃついてるんだよ! くっそお、羨ましい……!」


 佃が魂の叫びを上げた。

 いかん、これは周囲の注目を集めてしまう!


「よし、佃、行こう。な? 米倉さん、行こう!」


「うん!」


 少し弾んだ足取りで、舞香が先行した。

 彼女の後ろ姿で、艶のある長い黒髪が揺れる。

 絵になるなあ……。


 色々な意味で、夏が楽しみになってくるのだった。

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