『SJ-KK Presents Short Story Novels』【一話読切小説集】

偲 醇壱 ※プロフにて活動休止のお知らせ

《Non Series》【単発×読切作品】

『最高なんて日常茶飯事』

 

 

 

――今回も皆さんのおかげで最高の祭典になりました

 主催である俺達は、ステージ下の観客達をぐるりと見回し、そう言った。

 そして、次に勢いよく頭を下げ声を揃え、出演者たちと共に大声で――ありがとうございました――と感謝を叫んだ。

 そうしてその年もまた、俺達にとってのどでかい祭典が一つ幕を下ろしたのだった。

 

 

――『最高なんて日常茶飯事』――

 

 

「えー、今回もまた、前回や前々回や前前前回同様に、当然の如く最高――カッコ四回目カッコ閉じ――の祭典となりましたので、次回もまた最高の祭典にしましょうという事で、今回も盛大にお疲れ様っした!! ほんじゃあ乾杯!!」

 最高の祭典を終えた俺達はその後。

 会場を後にするなり、その日の出演者やイベントスタッフたちと共に、俺達が経営するダイニングバーへと向かった。

 そして、そこでの打ち上げを開始するべく、主催陣のリーダーである俺は、そうして乾杯の音頭をとった。

 すると、その場の皆もまた、同じように――乾杯!! ――と、満面の笑顔でグラスを掲げてくれた。

 俺は、そんな笑顔での乾杯が最高に好きだった。

 そんな俺を中心に、俺達のチームが主催するイベントは、エンターテインメントの博覧会などと言われるほどに多種多様な芸をもった出演者たちによって成り立っている。

 そんな出演者たちがどんな人々なのかといえば、普段から歌手や楽器奏者、ダンサー、あるいは舞台役者に声優、ゲーマーやコスプレイヤーなどとして、様々な分野で活躍している人々だ。

 そして、そんな彼らが華々しくステージを彩る中、観客席を彩ってくれるのは、彼らそれぞれを慕う大勢のファン達だ。

 俺達のイベントは、そんな最高の出演者と最高のファンによって、四度目の開催となった今回も、最高の形で幕を閉じる事ができた。

 だから彼らには心から感謝している。

 そして今回もまた、心から満足している。

 そんな俺だが、前回の打ち上げではそうはいかず、乾杯の音頭の後にやや妙な気持ちに悩まされる事で、最高の気分が邪魔されていた。 

 また、その妙な気持ちがどのようなものかというと、不完全燃焼のような、あるいは何かがひっかかって思いきりはしゃげないような、そんなもどかしいものだった。

 とはいえ、もちろんその時の打ち上げは最高に楽しかった。

 だが、いざ楽しかった打ち上げが終わってしまうと、そこからはただひたすらにその妙な気持ちに悩む事となった。

 そして、それから約一ヶ月ほどその妙な気持ちに悩んだ末、俺の中でやっとその妙な気持ちを引き起こした原因が明らかになったのだった。

 どうやら俺は、その打ち上げの際に自分の発した――最高――という言葉に満足がいっていなかったらしい。

 それが、この妙な気持ちを引き起こした原因だった。

 これは誰もが知っている事だが、この――最高――という単語は、物事のレベルを表す言葉だ。

 更に言えば、――序列や優劣をつける言葉――なのだ。

 だが、俺にとってこの祭典は、第一回目も、そして二回目も三回目も、どれも最高のものとなっていた。

 だからそれらは、比較したところで優劣などつけられるものではないのだ。

 つまり、俺が打ち上げで妙に腑に落ちないような気持ちになってしまったのは、――優劣がつけられないものに優劣をつける言葉を使ってしまったから――だった。

 そして、そんな形で今回の事への結論を見出せた俺は、それでスッキリする事ができた――なんて事はなく、更に言葉の迷宮を彷徨う事となった。

 何せ、毎回最高の祭典なのだから、どの回も優劣がつけられないのは当然だ。

 だが、最高に素晴らしいと感じてしまった以上、やはり最高に素晴らしかったと表現するのが一番しっくりくる。

 しかし、最高と称するには、やはり――何かと比較して最高――でなくてはならないのだから、全てが最高ならば、それは最高ではないのではないか。

 もしかすると、どれも同じレベルという事ならば、もはや最高という言葉は不適当なのではないか。――ならば一体どう表現すれば適当なのか。

 いつも最高。――つまり、いつも最高という同じレベルと言う事。――――イコール、いつもこのくらいと言う事。

 そして、いつも、常に到達できるレベルという事。――いつもの事。――それすなわち普通の事。――と言う事は、最高なのに普通という事になってしまうのか。

(いやいや)

 俺はそこで頭を振る。

 今回の事について考えに考えた末、最終的にそんなところに考えが着地してしまいそうになった俺は、そこで思わずその考えを否定した。

(あれが普通なわけないだろ)

 あんなに胸が高鳴る時間が普通なわけがない。

 だが、だからといって今回を最高と言ってしまっては前回の祭典を下に落とす事になる。

 だが、だからといって他の言葉は見つからないし、考えればやはり最高としか言いようがない。

 だが、だがしかし――、最高という表現は比較なくして成り立たないから――。

(じゃあ、じゃあ一体……なんて言えば正解なんだ……)

 そして俺は、そうして悩み続けて脳細胞が死滅してしまった為についに、同じく主催陣の一人である秀才に、この悩みを打ち明けたのだった。

 するとその、――赤ん坊の頃からの幼馴染の――秀才は言った。

――えぇ? 何それ。まさかここんとこずっと変な顔してたのってそれが原因? 学生時代から全力赤点マンだったくせに、ほーんと昔からそういうとこでは無駄に悩むよねぇ

 そしてそこでひとつ溜め息をつき、秀才は更にこう続けた。

――全部最高でいいじゃん

 俺は、そんな言葉に思わず顔を上げた。

 秀才は続ける。

――俺達の祭典は、俺達の満足ゲージをいつも満タンにしてくれるでしょ。つまり、常に満足ゲージが最高値。自分の満足度を常に最高値まで満たしてくれる。だから“最高の祭典”なの。常に最高。いつも最高。イベントだけじゃなく、俺達は毎日、超満足してるでしょ。つまり、最高が日常茶飯事にあるって事。どう? ほら、最高でしょ

 やっぱりこいつは秀才――いや、天才だ。

 俺はそんな天才の言葉を受け、そう思った。

 そしてその後、そう思った事をそのまま口にした。

 きっとこの天才も、俺がそう思った事に感動してくれると思ったからだ。

 だがその天才は、その言葉を喜ぶどころか――え、きも――と言い放った。

 その為、すぐにそこでそいつを秀才に格下げした。


――と、そんなわけで俺は、その秀才、並びに俺の感動ぶっ壊しこんちくしょうのおかげで、言葉の迷宮から抜け出すことができたのだった。

 そして、そんな事があったからこそ、今回の乾杯の音頭がああなったというわけだ。

 はたして、この一捻りに気付いた者がいるかは分からない。

 だが、それはどちらでも構わない。

 何せその一捻りは今後、――いつものやつ――になるからだ。

 今後の俺達の未来ではきっと、もっともっと多くの最高が日常茶飯事になってゆくだろう。

 俺はそう確信している。

 不安な事など一切ない。

 何せ、俺の人生にはいつだって、最高がまとわりついているのだから。

 だから、次回の祭典ももちろん最高だ。

 そうにしかならない運命なのだ。

 何せ、俺達にとって最高は、日常茶飯事の事なのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fin.

 

 

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