第94話氷の女王と山あり谷ありな体育祭1

天気は雲ひとつないくらい晴天。

10月だというのに長袖の体操服がやけに暑く、歩いているだけなのに汗で嫌に肌にくっつくくらいの暑さ。


そんな、見事な体育祭日和の秋晴れに、嫌気がさしながらも、とりあえず生徒席へ座る。


「おっはよー、黒兎元気?大丈夫?暑さで死にそうな顔してるけど」


元気にその暑さで死にそうな人の背中を叩きながら声をかけるのは、優心だ。


優心はテンションアゲアゲでむしろ、競技が始まる前に疲れてしまうくらいに元気だ。


こんなことを言うのもなんだが、あの小さい体にどこにその元気を蓄える部分があるのか非常に気になる。


そしてその小さい体に負けるそこそこ大きい体を持つ自分をみて、つくづく体力の差を黒兎は実感する。


そんななんやかんやで楽しみにしていた体育祭がもうすぐ始まる。


「選手入場!」


体育委員長の掛け声で選手、要するに生徒がグラウンドへと集合し、整列する。


1〜 3年生まで全て並んだグラウンドは確かにそれはすごい光景かもしれない。


まあ、並んでいる本人たちは何も見えないけど。


「種目1番 ラジオ体操」


体育委員は前に出て行く。


「背伸びの運動から!1!2!3!4!」


「「5、6、7、8!」」


1番のラジオ体操が始まった。

もう、なんというか、種目にラジオ体操を入れるのはなんなんだろうか。


体育教師曰く『これもダンスと同じ』だそうだ。


体育祭の前はやたらラジオ体操を厳しくする体育教師を頭に浮かべ、『ふぁっきゅー』と思わず口に出してしまいそうなのを我慢し、そのダンスと同じというラジオ体操をこなす。


もう、生徒の顔はだるそうだ。


それもそうだ。これから来賓の挨拶、選手宣誓、校長の挨拶、大会の諸注意等、さすがにこの暑さでは何をするのもだるい。


まあ、それを頑張れば楽しい体育祭が待っているので、そのだるさをみなぐっと堪え、今一度楽しい体育祭に向けてテンションをあげる。



「それでは体育祭を始めます!!」


「「おーーーーーー!!!!!!!!」」


そしてついに待ちに待った体育祭が始まった。


生徒席


「うぇー暑かった」

「だよな。10月か?ほんと」


と聡や陽はこの暑さに文句こそ言うけれど、顔は笑っているし、クラスの雰囲気も悪くない。


「聡、ほら、水筒。もうっ!忘れないでよ。教室に」


まるで聡のお母さんみたいな人は、もちろん咲良だ。


「なんだ?俺のお母さんか」

「そんなのいいから!はい」


咲良は水筒を聡に渡す。


「ありがと」

「どういたしまして」


そんな少し微笑ましい会話を聞きながら座っている黒兎の座席にはもちろんあの二人が近くにいる。


「暑いわね。黒兎」

「あっついねえ。黒兎お茶いる?」


雫と露だ。


「大丈夫。俺もあるから。ところで優心は?」


さっき居たはずの優心がいない。


「ああ、優心ならこれからはじまる2年のリレーの準備で今はいないわ。それに、私が近くにいるのに他の女の子が心配かしら?」


雫の問いかけに『なわけないよ』と黒兎は普通に返したが、なんだか雫には効果抜群だったみたいで、顔が真っ赤だ。


クラスメイトには『少し暑くて』と弁解している。


露には『やめて!あの子は純粋なの!』と言われてしまった。


最近わかったことだが、雫にも露にも言えて素直に褒められるのが苦手みたいだ。


これはいいことを思いついたぞと黒兎は心の中でガッツポーズをする。


「ちょっとイチャイチャしてないで手伝えよ」


という、陽の声で我に返る。


「わ、わりぃ。んで、手伝うって?」


そう答える黒兎にはぁ、とため息をつきながら陽は答える。


「お前次の競技の準備係だろ?ほら3年の山あり谷ありリレーの。なんだ?幸せ太りで脳まで肉詰まってんのか?」


言われて気づく。


体育祭では1年から3年全ての生徒に準備が組み込まれており、障害物を出したり、パンを洗濯バサミで挟んだり、リレーの着順旗を立てたりと色々やることがあるのだ。


「忘れてた。ごめん。てか、そこまで言わなくても……」


少し落ち込む黒兎をおいて陽は準備物の置いてある体育倉庫に着いた。


「そういえば」


陽は思い出したように口に出す。


「黒兎の親くるの?うちはあんま来て欲しくないけど来るかもなぁー」

「そーだな……」


そういえば今は体育祭だ。体育祭があることは伝えてあるのでもしかしたら両親が来てるかもなんて思いながら黒兎はハードルを運ぶ。


「来てたら嬉しいよ」


そう黒兎は答えた。



またまた戻って生徒席。


黒兎と陽の入れ替わりで優心が帰ってきていた。


「お疲れ様」

「うん。ありがとう」


咲良の横に仲良く座る。


「そういえばさ」


優心は何やら思い出したように言う。


「みんな親くるの?私はくるって言ってたけど」

その答えに聡も咲良も黙る


「……ちょっと優心」


そう、咲良に言われて気づく。

これは爆弾だ。


特に、親は雫と露にとって。


「ご、ごめん。ほんと、そういうのじゃなくて!」


優心はあわてて謝罪する。


「大丈夫よ。優心。まあ、私の親は来ないでしょうね」


そう答える雫の目はどこか冷たい。


「私も来ないかなー。まあ、来て欲しくないってのが本音だけど。けど、もしかしたら……」


そう答える雫の目は寂しさを感じさせる。


その場の空気は一気に冷える。


10月とは思えないほど暑い日に優心は静かに冷や汗をかいた。




親。これこそ今回の面倒事だ。

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