第89話氷の女王と宣戦布告2

今は文化祭が終わった週の週末。


家には露と雫がいる。


あの、文化祭の日から露とはまともに話していない。

話せない。


あんなにずるいことをされたのだ。

あれから、普通にできる方がおかしい。


けれども時間というのは酷なもので、考えがまとまらないまま、ただ、日にちが過ぎていき、ついには週末になった。


最近の露と黒兎のぎこちなさというか、そういった変化にさすがに雫も気づいているようで何とか会話やらを続けようと気をかけているのが分かる。


家の空気は最悪。


そんな空気を変えようと必死に頑張る雫。


人の気持ちなんて考える事もしなかった雫が空気を読んで、何とかしようとしている。


これも、また、大きな成長といえる。


「ゔっんん。んん。ごほん。」


ついに、露がそれはまあ、わざとらしく咳払いをする。


会話が始まる。


そして、事態も大きく動くことになる。


「ええ、あの……。まあ、ありがとう。雫。それで、少し話したいことがあるの」


露の真剣な声に黒兎も雫も声は出さないが、頷き、その声に耳を傾ける。


「雫。あなたに言わなきゃいけないことがある。それは、あなたを傷つけるかもしれない。まあ、今まで傷つけてきたから今更なんだって感じだけど」


露は皮肉げに笑う。


「お姉ちゃん。話って……」


雫もそんな露の表情をみて、少し不安げな顔をする。


「そうね。言うなら……」


ゴクリと唾を飲む音が聞こえそうなくらい、リビングは静かで、そしてピリついた空気がある。


「宣戦布告よ」


その言葉に、雫はただ目を丸くし、黒兎はついにこの時がと頭を抱える。


「何に対しての宣戦布告かなんて、言わなくてもわかるだろうけど、あえて言う。」


露は一呼吸置き、続ける。


「私は黒兎が好き。月影黒兎が好き。」


その言葉に黒兎は顔を赤くしながらも雫の表情を見る。


雫はほんの少しだけ目が潤んでいるように見える。


「私を家族と言ってくれた黒兎が好き。いつも、意地悪してるのに、それでも私を大切にしてくれることが好き。優しい黒兎が好き。料理が上手い黒兎が好き。それに……雫を大切にしてくれる黒兎が好き。」


「……」


雫はただ無言でいる。


「ごめん。雫こんなのずるいことって分かってる。けど、それでも、好きは好き。いつも私はずるい手段しか取れない。けど、悪いけど、ずるい手段を取る時は本気。今の雫みたいに、素直になれないことも無い、自分から好きだと言う勇気もない、待つだけのそんな、ちょっと長い時間一緒だっただけの雫とは違う」


雫はわなわなと震えて今にも泣きそうだ。


「ごめん。雫。けど、雫が遅いのが悪いんだ。時間は有限。せっかくのチャンスをあげたのにものに出来なかった雫が悪い。そしてもう一つ……」


露は突然、黒兎の前に走ってくる。


「おわっ、ちょ、ちょ、あぶな……!」


いきなりタックルしてきた露に押し倒される形に黒兎は倒れる。


そして……。


熱いような、そうでも無いようなけれどもとても心地よくて、そんな、露の唇が黒兎に押し付けられた。


押し付けられたと言っても、ほんの少しだけ合わせるようなキス。


「……!お姉ちゃん!」

「あら?雫。どうして怒るの?別に黒兎はあなたの彼女でもなんでもないんでしょう?なら、取られたなんて考えはやめることね!取られたでは無く、取り逃したのよ。あなたは。悪けどあなたはその時点で負けてる。あなたが勝つことは無い!」


怒る雫にこれ程もないくらいの正論を言う雫。


そう、正論。


正しいだけであって、そこには人間の複雑な感情は入っていない。

ただ正しく、合理的で、理想的で、全てが完全。


けれど、人間の感情は時には正論では言いきれないことが出てくる。


そして恋なんて感情には、合理的も、理想的も完璧もない。


勢いも、感覚も、時には遠回りしたって、それが人間の感情、そして恋なんだから仕方ない。


けれども、正論は全て勿論、露の言う通りだ。


その矛盾した事実が、雫を襲う。


「私は……私は……」

「私は?」


雫が1粒涙を零す。

そんな雫に非情にも露は追い討ちをかける。


そんな様子を見て黒兎は考える。


自分はどうなのだと、雫が気になりながらも、まだ、まだ、と先延ばしにしたのは自分じゃないかと、どれだけ、雫が待っていたかここに来て言うまでもない。


そして、露のように、好きだと勇気をだして言うこともしない、自分からチャンスをつかもうとしない。


こんな、怠惰なことが許されるのだろうか。


そして、自分は2人にとって、必要とされていることに悦を感じ、そして何より2人のことが好きなのだ。


勿論恋愛的に。


そして、少し、このふたりが自分を好きになることに必然性を感じている。


雫も露も黒兎が助けてやったのだ。


そんな考えが頭をよぎる。


こんなに、傲慢なことが許されるだろうか。


「俺はさ。お前たちが思ってるよりいい人間じゃないかもしれない」


黒兎は思ってることを口にする。


「2人にとって大切な人であれて嬉しい。けど、俺は今すぐ2人を選べない。選ぶ……なんて、身の程知らずな言葉だけど、いつか、きっとひとりを選ばない時が来ると思う」


そして、黒兎は勇気をだしてチャンスを掴みに行く。


「俺は露が好きだ。ウザイこともあるけど、何より人を見て、きっと本当は優しいんだと分かる。妹の雫も大切にしながら、姉妹の空白の時間を必死に埋めようとする、その姿勢にも惹かれた。」


露も雫も涙を零す。


「……そして、俺は雫が好きだ。理由は言うまでもないって感じだよな。いつも一緒、むしろ居ないとおかしい。そんなレベルまで来てる。何より、露とも出会ったのも雫のお陰だ。家事をする、そんないつも風景に雫がいないとダメだ」


雫と露はさらに涙を流す。


「俺は、2人とも好きだ。大好きだ。でも、もし、まだ俺を好きでいてくれるならいつか1人を選ぶつもりだ。どっちかなんて分からない。幻滅したか?俺もだよ。自分の不誠実さに幻滅する。けど、どうしようもないんだよ……俺、どうしたらいいんだよ」


気づけば3人とも涙を流している。


時間が無い。

時間は有限だ。


もうすぐそこまでタイムリミットが迫っているような気がして黒兎は仕方ない。


この生活が終わるような気がして仕方ない。


「ええ、私は黒兎好き。大好き。お姉ちゃんにも負けないくらいに。いえ、負けない。黒兎のことでは負けれない。いいでしょう。受けて立つわ。お姉ちゃん……少し、大人になろうかしら。姉さん」


もう、雫の涙は止まっている。


代わりに、決意が溢れている。


黒兎は自分を誰かが好きになるなんてことを考えもしなかった。

けれど、今、2人も好きだと言ってくれた。

なら、せめて、誠実に行こう。


そう黒兎は誓った。

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