第78話姉妹喧嘩
「それじゃ始めましょうか」
「いいよ。本気で泣かしてあげる」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
文化祭2日目。
黒兎と雫そして露は会場の学校にはいず、黒兎の家にいる。
そして、黒兎家が姉妹喧嘩の会場になろうとしていた。
「そうね。始めるわ。まずは私から言いたいことを言わせてもらうわ」
雫が先に仕掛ける。
「どうして、私と黒兎の関係をばらすようなことを?どうしてお姉ちゃんがそこまで私を憎んでいるかは知らないけど、憎みたいのはこっちよ。小学校5年生のとき、どうしてあなたは……お姉ちゃんは私を避けたの?」
どストレートな言葉に露は少し戸惑いながらも、どこか納得のいかないように反論を始める。
「復讐だよ」
「復讐?」
「何もかも持ってるあんたに対してね」
「何もかもなんて持ってないわ」
『はぁ』と露はため息を吐いて繋げた。
「そこが嫌いなんだよ。それにあなたを避けた?ふざけんな。さけてたんじゃねぇよ。避けなきゃいけなかった。それだけ」
「避けなきゃいけない?」
「そう。避けなきゃいけなかった。冬矢雫は私の家族を壊した張本人。あんたがいなきゃ今頃こんな苦労してないっツーの」
「私はお姉ちゃんの家族になにもしていないわ」
両者どこか噛み合わない。
お互いに言いたいことを言ってるだけだからそうなるのも必然なのかもしれない。
けどそうじゃなくて、どこか根本的に噛み合ってない。
2人の思っている過去が違う。
このままじゃ埒が明かないので、一度黒兎が割ってはいる。
「おいおい、お互い言いたいこと言ってても始まらないぞ。とりあえず、どっちかの話聞いてからにしろ」
そんな黒兎に2人は顔を強ばらせつつも、一度冷静になる。
「いいわ。まずはお姉ちゃんの話から聞きましょう」
「そういう所が大っ嫌い。それにあんたにお姉ちゃんなんて言われる筋合いはない。
まあ、いいわ。話してあげる」
「あんたと出会ったのは小学5年生。
いきなり転校してきたあんたは、それまで圧倒的にクラスカーストの頂点にいた私の所まであっという間に登ってきたわ。
その時は良かった……」
露が苦虫を潰したような顔をする。
「学校では、クラスの頂点にいることで友達なんてものはいなかった。
圧倒的差があればあるほど孤独だった。
周りのクラスメイトなんて友達じゃない。ただ、私の周りにいることでクラスカーストの底辺に落ちないようにするため必死にしがみついてくるだけ。
私を自分たちの地位を上げる道具程度に見ていたんだろうね。
そんなの分かりきっている。だから私は友達がいなかった」
露の吐露とも言える言葉に雫も黒兎も黙って耳を傾けることしか出来なかった。
「そんな時にあんたは来た。
人形みたいに可愛くて、勉強も運動神経も良かったそしてどこか光の無い目をしたあんたを。
それを見て私は思った。
『ああ、私と同じだ』って、容姿も、勉強も、運動もピアノだって弾けたあんたを見て、そんなにも恵まれてるのに冷たいあんたの目を見て思ったんだよ。
私と友達になれるって。
初めてだった。そんなこと思ったのは。
だからあんたと友達になると決めた。
理解者ができたと思った。初めて私と対等な存在だと思った……けど……」
露は深い憎悪と、悲しみと含んだ目で雫を睨む。
「違った。理解者でも、対等な存在でも、友達でもない……悪魔だった……!
あんたは私をすぐに追い越した。勉強も運動も私よりできた。それは嬉しかった。自分よりも、もっと上を初めて見た。
その事を母に言ったらなんて言われたと思う?
『冬矢雫より上でないと意味が無い。冬矢雫よりも優れてないといけない。冬矢雫と関わってはいけない』ってさ。あの時のことはまだ昨日のように思い出せるよ。
それは最悪の気分だったよ。
今まで思ってた、理解者や、対等な存在、友達、そんなの全部違って、あいつは悪魔何だって理解した。
私の家族をあんたは壊したんだよ。私を壊したんだよ。
それからは私は全て完璧を強いられた。1つでも欠けると冬矢雫に負けているんじゃないかって母が怒ってね。それはもう、大変だったよ。
どんなことをしても私は冬矢雫に負けている。そう思って過ごしてきた。
そしたら今度は冬矢雫は義理の妹?ふざけんな!私の家族を!私を!壊したお前が、家族だなんて……。こんな悔しいことあるか!?こんな苦しいことあるか!?
そしてお前は私に向かって言ったな。『お姉ちゃん』って。
今まで何をしてもお前が上だった。
それなのに『お姉ちゃん』だなんて……!
結局私は私は一体何をしたって言うんだ!
普通に過ごして、普通に生きて!
普通に妹と過ごしてたはずだったんだよ……」
露は今度はあざけて、笑って、偽臭い笑顔を黒兎と雫に見せて話す。
「そう思えば、あの時、母が異様に冬矢雫にこだわったのもわかるよ。
母は、一度壊れていたんだ。
父に不倫され、母にひどい仕打ちをして
父は家を出た。
あの時、母は壊れていた。
そこに、今度は不倫相手の子供が来て、自分の子よりも優秀だと知った。
結局母は、父に不倫され、家を出られ、女手ひとつで私を育て、そして、その不倫相手の子供が自分の子よりも優秀だと知った。
こんなこと思ったてどうにもならないってわかってる。けど、ふと思うんだよ。
冬矢雫。お前がいなければどんなに幸せかって……」
この言葉は露から出た本心でなく、本心の言葉だった。
霞田露は冬矢雫と義理の姉妹だと聞いて心が踊った。
あんなに可愛くて、運動も勉強もなんでも出来るやつと姉妹だなんて嬉しくて仕方なかった。
しかし、それと同時に、冬矢雫と言う存在がなければ家族は、せめて母はまだ何とか心を保てた。自分自身も辛い思いをしなくて済んだ。
冬矢雫という存在がなければ今頃は、普通に過ごしていた。
霞田露にとって冬矢雫とは、心の拠り所あり、最も憎むべき存在だった。
気づけば涙を流している。
また、自分は妹に弱いところを見せてしまった。
必ず上である姉がまた、妹に遅れをとった。
黒兎と雫はその異様な光景を見ていた。
目の前で過去のことを話し終わった1人の少女が、笑顔で泣いている。
顔は笑っている、それでも涙は溢れている。
傍から見ればそれは狂気の沙汰なのかもしれない。
けれど彼女は違う。
決して狂っているのではない。
弱い部分を決して見せない、彼女だからこそ笑いながら泣いている。
いや、狂っているのかもしれない。
そこまでして、弱さを見せない彼女はとっくに狂っている。
そんな彼女を見て雫は涙を零した。
黒兎は初めて雫が涙を流すところを見た。
「ごめ……ごめん……ごめんなさい……」
雫は泣いて謝った。
決して自分が悪いわけではないのに。
それでも謝らずにはいられなかった。
今まで雫の存在はいいものとされていなかったものの、直接誰かを傷つけることはなかった。
けれど今は違う。
冬矢雫という存在が1人の少女の人生を狂わせた。ひとつの家族を壊したのだ。
今までは自分が傷ついてきた。
だからこそ、自分の心を凍らせて、何もかも無関心になって、そうやって何もかもから逃げてきた。
けれども今は違う。
今、自分は他人を傷つけた。
全てが自分のせいでないことはわかってる。けれども自分という存在が他人を傷つけた、いや、家族を傷つけたという事実は変わらない。
そればかりは逃げることが出来なかった。
「ほら、今日は本気で泣かすって言っただろ?」
露が話す。
まだ涙が零れ、それでも顔はいっさい笑顔を崩さない。
そんな異様な光景が黒兎の目に飛び込む。
「ご、ごめんなさい……」
雫は謝ったまま涙を流す。
そんな2人を黒兎は見ていられなかった。
「なんだよ。それ」
そんな黒兎の反応を見て露は『なんか言いたいことある?』と首を傾げる。
露の頬を伝って涙が1粒落ち、それ以降涙は止まった。
「雫も、露もなんだよ。それ。って言ってんだよ」
「どうしたの?急に怒っちゃって。これは私たちの喧嘩だよ?」
露は相変わらず相手を挑発するように発言する。
「どうして、お前らはすぐに一人で抱えちゃうんだよ。不器用すぎだろ。結局2人とも雫は露を、露は雫を、お互い思って、それでもから回って。辛い思いをして……。それなのにあんまりだろ」
黒兎の口からは文章なんてものは出てこない。
出てくるのは今思う精一杯。
「露は雫がなんでも持ってるって言ったよな?
それは大きな勘違いだ」
「は?」
「雫はなんも持ってない。だって俺の家に来た時はほぼ無一文のホームレスだからな。
服のセンスはないし、料理は壊滅的に下手」
黒兎はつい数ヶ月前のことを何十年も前を振り返るように懐かしみながら露に語って聞かせる。
それほどに雫と過ごした時間は濃いものだった。
「冷たいんだか、甘えん坊なのかよく分からんし、クールかと思えばおっちょこちょい。
それに、運動だって、勉強だって、露がいたから才能を伸ばしていったんだよ」
「どういう意味?」
露は不思議そうに首を傾げる。
今回は挑発だとかなんか、そういう、気持ちが入っている訳では無い。単純に疑問なのだ。
「雫は、露にあの時声をかけて貰えて嬉しかったんだよ。だから、お前に並んで立てるように、勉強も運動も何もかも頑張った。
そうしてるうちにいつしかお前を抜き去るほど成長した。
それに雫は、ホームレスだったって言ったけど、家庭環境が悪くて家を追い出されたらしいんだ。露も辛い思いをしただろうが、こんな事言うのもなんだけど、雫も負けず劣らず辛い思いをしてきたんだよ」
露は驚いているのか口を開けたまま黒兎をただ見ている。
「それに雫もだ。露はきっと、色んな思いを雫に抱いてると思う。けど、結局露が一番憎んでいるのは、母でも、お前でもなく、きっと自分だよ。何をしても雫に負ける、そして家族の問題を結局雫のせいにしないといけなかった自分が嫌なんだろうよ。
そうでも無いと、あんなに悲しそうに『お前なんていなければいい』なんて言えないぞ?そんなやつにお前が謝るなんて、それはむしろ相手を傷つけることになる。どれだけ露が雫を思っているか……結局2人とも重度のシスコンってことだな」
姉妹は黙り込む。
「だけど安心しろよ。大丈夫。今は、俺がいる。辛いなら頼って欲しい。俺にとって雫は大切な存在だ。けれど、露、お前も変わらず大切な存在なんだよ」
1粒、涙が零れる。
その涙は、雫からも、露からも出ているものだ。
「露、泣けばいいさ。それで誰もお前を姉失格だなんて言わせない。雫、泣けばいい。その時は俺ができるだけ慰めてやるよ」
「う、う、ううっ、うぇぇぇえーん!」
露が涙を流す。
「うぇえええーん!」
雫が涙を流す。
「さすが姉妹、似たもの同士だな」
黒兎は泣きじゃくる2人を見て、静かにそっと呟いた。
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