第42話氷の女王と両親

「月影くん。掃除しておくわね」

「頼む」

「あとどれ位でいらっしゃるのかしら」

「わからん。たぶんあと1時間くらいだと思う」


黒兎と雫は珍しく、土曜日の朝から慌ただしく家の片付けや、服を着替えたりと身支度をしている。


それもそのはず、今日は黒兎の両親が帰ってくる日。

そして、雫の一人暮らしをする家の下見の日だ。


黒兎の両親は、母が外交官をしていてあまり家には帰ってこない。

父は料理人で今は海外で、レストラン働いている。

そのため、両親揃って帰ってくるのは1ヶ月に1度ほどである。


それでも、電話や、メールなどでこまめに連絡をしてはいるので、久しぶりと言っても久しぶりという感じはあまりしなかった。


「月影くんの両親ってやっぱりエリートなのね」

「ん?なんでそう思うんだ?」

「だって、家に来た時から月影くん1人にしては広い家だし、周りも結構な高級住宅街だしそれに、いきなり来た居候に家具や、服のお金を出してくれたりましてやそんな居候のマンションまで用意してくれるなんて、相当お金を持ってないとできないわよ」

「確かに……言われてみればそうだよな」


黒兎もお金に余裕がある生活が普通だったため、一般的な金銭感覚と少しズレがあるのはわかっていたが、実際考えるとかなり、普通じゃない居候への対応であったとは思う。


「でも、困ってるやつを助けるのは普通だし、その好意に甘えるのも普通だとは思うけどな。だからさ別に遠慮なんてしないでいいよ。もう、1ヶ月過ごした仲だしさ」

「ありがとう。でも、もともと遠慮なんてする気はなかったし、なんなら私を一生甘やかしてくれてもいいのだけど」

「一生ってなぁ……まるで結婚するみたいじゃないか」

「月影くんと結婚なんてしないわよ。ただ毎日お金と美味しいご飯だけでいいから用意して欲しいわ」

「それをだけとは言わない。それにそれじゃ通い旦那みたいじゃないか」

「それでいいんじゃない?」

「よくねぇよ」


そんなことをしていると……


ピンポーン


インターホンが鳴る。


「帰ってきたわよ黒兎ー」

「ただいま黒兎」


画面に映るのは、長髪で眼鏡をかけた女性と短髪の少し髭を生やした男性だ。


「お帰り。鍵開けるから」


そう言って玄関まで、行き鍵開ける。


「お帰り」

「ただいま黒兎。元気にしてた?」

「ただいま黒兎。お前背伸びたか?」

「元気だし、背はそんなに伸びてねぇよ」


もちろんインターホンを鳴らしたのは黒兎の両親だ。

1ヶ月に一度だけの家族全員が揃う日。心做しか家族皆が嬉しそうだ。


「おっそうだ。雫ちゃんと仲良くしてるか?」

「そうそう。雫ちゃんはどこにいるのかしら?」

「慌てんなよ、冬矢はリビングでいるから」


両親は雫がリビングにいると聞くと黒兎のことは見向きもせずすぐにリビングに行ってしまった。


「あら、雫ちゃんね。こんにちは」

「こんにちは」

「まあまあ、座って雫ちゃん」

「ありがとうございます」


黒兎がリビングまで来るとそこには両親と向き合って正座している雫という何だか異様な光景だった。


「ほら、黒兎も座って。2人がどんなふうに生活しているのか知りたいわ」

「そうだな。黒兎。雫ちゃんに迷惑かけてないか?」

「かけてねぇよ」

「改めましてこんにちは。月影くんの家で住ましていただいています。冬矢雫と言います。」

「改めましてこんにちは。黒兎の母の春菜(はるな)です」

「父の慧(けい)です。よろしくね」

「はい。こちらこそお世話になります」


なんか丁寧な挨拶を済ましたところで両親の質問タイムが始まる。


「雫ちゃんと黒兎はどういう関係なの?」

「どういうもこういうもねぇよ」

「違うのよ。家ではどういう風に生活しているの?」

「家?家か……。まあ、掃除、洗濯とかは冬矢が、料理、買い物は俺がやってるよ」

「ちゃんとご飯食べてる?コンビニとかで済ましてない?」

「ちゃんと自炊してる。な、冬矢」

「はい。月影くんは料理がとても上手で、毎日自炊してくれています。なんでも、私の健康を気にしてくれているみたいで……」

「やめろ。恥ずかしい」

「あら!黒兎、あんたにしてはちゃんとやってるみたいね。雫ちゃん来る前はコンビニで済ましてばかりだったものね」

「まあな」


「黒兎、勉強は?」

「今回のテストも安心していいよ。成績は保証する」

「そうか、ならよかった。ところで雫ちゃん成績はどうなんだい?」

「他人の成績聞くなよ」

「成績ですか?一応今回のテストは学年8位です」


(えっ!?そんなに高かったの?)


黒兎は自分の成績以外興味はないのでもちろん順位なんて気にしない。ので雫が学年10位以内に入っていることを知らなかった。


「凄いじゃないか雫ちゃん。黒兎に勉強を教えてやって欲しいものだ」

「はい。勉強は2人で教えてあっていますよ。月影くんのおかげで何とか10位以内に入れたのでとても感謝しています」

「そうか、それはよかった。これからもよろしく頼むよ」

「こちらこそよろしくお願いします」


質問もある程度落ち着いてきたところで時計を見る。


午前12時45分


「そろそろお腹空いたな、飯つくるよ」

「そうか、なら今日は父さんが作ってやろう」

「まじ?ありがとう。助かるよ」


父が料理をしている間に母に2人は呼び出された。

2階の黒兎の部屋に入るとそこには母が待っていた。


「来てくれたのね。ありがとう」

「なんだよ急に呼び出して」

「1つ言いたいことがあってね。雫ちゃんも座って」

「はい」

「雫ちゃん。辛いことかもしれないけど聞いてね」


何を話すんだろうと思って聞いていると母は雫の過去について聞いてきたのだ。


「ちょっ、母さん。その話は……」

「……いいのよ月影くん。いつか話さないといけないことだから」


雫は過去について話した。その中には黒兎も知らないことがあった。

その中には冬矢の父の名前と母の名前も出てきた。

霞田(かすみだ)昇(のぼる)

霞田 佳奈子(かなこ)


それを聞いて黒兎はハッとした。

霞田で議員をしている人。それは国会にもでている有名な議員で、次の内閣入りは確実だとされている人の苗字であった。


そしてその人は14年前に離婚している。

雫が産まれて1年ほどで。


「そういうことがあったのね。話してくれてありがとう。でもね雫ちゃん。何かあったら私達月影家を頼ってくれていいからね。きっと雫ちゃんの力になるわよ」

「どうして……どうして私にそこまでするんですか?」

「それはね……あなたが黒兎を変えたからよ」

「月影くんを変えた?」

「俺を変えた?」

「そうよ。雫ちゃんが黒兎を変えたの。黒兎はね、中学の頃にね……」


それから母は黒兎の過去を話した。全て。黒兎も雫の過去だけを聞いて自分の過去を話さないのは何だか卑怯な気がしたので母を止めなかった。


「月影くんにそんなことが……」

「そうなの。そこから黒兎は人を避けるようになったの。そして高校までで友達は2人。でもね、林間学校のことを話している黒兎はとても楽しそうだったのよ」

「え?」

「黒兎が、聡くんに、陽君だけじゃなくて、咲良さんに優心さん。そして、雫ちゃん。こんなにも多くの人と関わりを持つなんてかんがえられなかった。しかも楽しそうに。きっと雫ちゃん。あなたが黒兎を変えたのよ。こんなにも明るい黒兎になったのは何年ぶりかしら?」

「私が月影くんを変えた……」

「黒兎はどう思うの?」

「どうって……まあ、冬矢とであって色々変わったかもしれない」

「そうでしょ?それにきっと雫ちゃんだって黒兎にであって変わってる」

「私が変わってる?」

「だって、黒兎から最初に電話で聞いた時には、無表情で無感情ですごく冷たい奴って聞いてたから」


一度深く呼吸をして母は言葉を繋げる。


「でも今は全然違う。確かに表情は硬いかもしれないけど、無感情ではないし、冷たさも感じない。きっと心に熱を持っていると思うわ」


確かに雫は変わっていっている。そして黒兎も変わっていっている。きっとあの出会いが2人を変えていった。


「ご飯できたぞ」


1階で父の声がする。


「長話が過ぎたわね。でもねこれだけは言っておくわ。2人が楽しそうで何よりよ」

「楽しそうって……」

「まあ、楽しい生活ではあるわね月影くん。ほら、ご飯行きましょ」


きっと2人はこの生活を楽しんでいる。だからさこそ別れが辛いのかもしれない。

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