魔剣と会話

 それで誤魔化しながら、ハンナさんと話し続けること数十分。


「……あー! そろそろ酒場に行かなきゃ!」

「あれ、もうそんな時間ですか」


 既に外は暗くなったいたようで、酒場の開店時間が刻々と迫っていた。ハンナさんはせっせと酒場へ向かう準備をしながら言う。


「準備があるから私はもう酒場に行くけれど……アル君はここで休んでて?」

「いや、僕も行きますよ。今日は人少ないだろうし」

「……」


 するとハンナさんは困り顔で僕の前に立ち、まるで子供に向かって言うかのように、優しく諭してきた。


「あのね、アル君。怪我人は働いちゃダメなんだよ? 分かる?」

「いやいや……僕は大丈夫ですって」

「ホントに?」

「本当ですよ」


 僕がそう答えるとハンナさんは僕にもっと近づいてきて……僕のお腹をつついた。


「ちょんちょん」

「んぐおあぁあっ!!!」


 刺された傷が痛み、僕は思いっきり倒れ込む。あぁ……痛てぇ……! 超痛ぇ……!!


 そしてハンナさんは呆れたように言う。


「ほらぁ、全然治ってないじゃんかー。ちゃんと治してからまた働いてよね」

「うっ……はい。分かりましたよ」


 完全に言い負かされた僕は、大人しくハンナさんの家で休むことにした。


「よし、それじゃあ行ってくるねー。あ、そうそう。家にある物は好きに食べたりしていいからね」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 というか、どんだけ信用されてるんだろうな僕……


 ハンナさんは「ふふっ、じゃあねー」と笑いつつ、扉を閉めて出て行った。


 ……さて。


「おい魔剣。聞きたいことが山ほどあるんだが」


 僕はテーブルに置きっぱなしにされた、魔剣に向かって話しかけた。


「何だよ。何で怒ってんの?」

「そりゃ怒るでしょ! 呪われてあんな死にかけたんだから!」

「いや……あのなぁ? お前が人を殺しときゃ、そんな目に合わなくて済んだんだぞ?」

「だから! 僕は人を殺したりなんかしないから!」

「あーそうかいそうかい」


 魔剣は面倒くさそうにあしらってくる。くそ……本当に腹立つな……


 それでもコイツに聞かなきゃいけないことが大量にあるんだ。僕はギュッと拳を握りしめて、魔剣に尋ねた。


「それで……まずさっきの。あの脳内に話しかけてくるやつは何なんだ!」

「フン……まぁアレはいわゆる【テレパシー】だ。いくら【フェイク】で姿を変えているとはいえ、剣が喋ったら不思議に思う奴も多少はいるからな」

「いや誰だって思うよ」


 魔剣は僕のツッコミを無視して続ける。


「それでお前の為に、お前にだけ俺の声が届くよう【テレパシー】を使ってやったんだよ。感謝しろよ」

「……ありがとう?」


 正直感謝する意味がよく分からなかったが、とりあえずお礼を言っておいた。


 まぁこいつがテレパシーが出来るのなら、僕も色々と助かるかも……


「でも【テレパシー】は俺の中にある魔力を消費するから、あまり使わない方がいいかもな」

「……ん? 魔剣の魔力が切れるとどうなるの?」

「そりゃ大変なことになる……だから定期的に魔力補給を頼むぞ」


 魔力補給……? もう嫌な予感しかしない。でも聞くしかないよな。


「それはどうやってするの?」

「そりゃお前から吸収する……もしくは俺に生き血を吸わせるかのどっちかだな」


 えぇ……それしか方法無いのかよ。


 というかあんなに死にそうになったんだ。魔剣に魔力を与えるなんて、僕は二度とごめんだぞ。


「……僕の魔力はもう絶対にあげないからな」


 僕がそう答えると、魔剣は喧嘩口調で言い返してきた。


「チッ。そんなことしたらお前死ぬぞ? お前は俺に呪われてるんだから、俺から離れられないし、俺が死んだらお前も死ぬようになっているんだからな」

「いやめちゃくちゃすぎるでしょ……」


 そんな理不尽なことってある? 自分で言うのもアレだけどさ、僕可哀想過ぎない?


 そんな頭を抱えた僕なんか気にせず、魔剣は説明を続ける。


「まぁ正確に言うとだな、お前は俺から100歩分くらい離れると自動で死ぬ。だからあの女がお前と一緒に俺を運んでなかったら……お前死んでたよ?」

「ひえっ……」


 怖っ……そしてありがとうハンナさん。2回も命の危機から救ってくれてるよ。女神だな本当に……


 ……ん? というかちょっと待て。ここまで魔剣の話を聞いて少し疑問に思ったことがあるんだけど。


 どうして……コイツは僕に何でも教えてくれるんだ?


 いつの間にか信用してしまっているが、僕を呪った張本人だぞこいつは。もしかしたら嘘をついてたり、また僕に何かしようとしてるのかもしれない……ちょっと……探ってみようか。


「というか魔剣……何でこんなに丁寧に教えてくれるんだ?」

「え、何? 俺のこと知りたくないの?」

「いや……お前は魔王軍の武器なんだろ? 何か別の目的でもあるんじゃないかって……」


 僕がそう言うと……魔剣は長い間黙りこくった。そして次に言葉を発した時には、いつもより真面目なトーンに変わっていた。


「……ねぇよ。確かに俺は魔王軍の武器であることは間違いねぇけど、魔王なんか全然慕ってねぇ。それにお前に色々教えてるのは、お前がすぐに死なないようにする為だ」


 それは初めて聞く、魔剣の感情のこもった声だった。……何だ、結構僕のことを思っているんだ──


「まぁお前が死んでも、すぐに次の持ち主が現れるとは限らねぇからな。またあんな長い時間待ち続けるのはごめんだしよ」


 ……前言撤回。やっぱりコイツは自分のことしか考えていなかったようだ。


 僕は鞘を持って来て……魔剣に刺した。もちろん魔剣に触れないよう注意してだ。


「お、おい! てめぇ何で戻すんだよ!」

「また間違えて握ったりしたら大変だからな。まぁもう絶対に引き抜かないけどな」

「あのなぁ……!!」

「もう寝る。まだ腹も痛むしね」

「……チィ、どうなっても知らねぇからな!」


 僕は魔剣と子供みたいな喧嘩をして……また眠りにつくのだった。

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