第二部 スフィンクス
OPENING
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深夜の照明をおとした研究室で、二人の男が話しこんでいた。一方は砂色の髪、蒼色の瞳をした中年の男性。もう一方は、疲れた表情の初老の男性だ。若い方が年配の上司に詰め寄っていた。
「それで、連邦政府はなんと?」
「シンク・タンクNo.55 を銀河連合へ譲渡する――権限と研究内容を、全て。それに伴い、関連するシンク・タンクNo.13、No.25、No.42 とNo.50 にも、連合の指示に従うようにと。研究費の支給を停止するそうだ」
「研究費を……。我われは失業ですか」
砂色の髪の男は、陰気に唇を歪めた。初老の男性は、
「従うおつもりですか?
「仕方がなかろう、ターナー君。資金を断たれては、研究を継続できない」
ターナーと呼ばれた男は、教授の顔に怒りをこめた視線をあて、声を圧した。
「それで《VENA》 をラウル本星に運ばれては、全てが終わります。第三者を利用するのです」
教授は怪訝そうに眉根を寄せた。
「何を言っておるのだね、君は。銀河連合と地球連邦以外に、我われの研究を継続させられる機関があるとでも?」
男は、ゆっくりと肯いた。教授は、はっと息を呑んだ。
「一旦、そちらに身を寄せ、改めて交渉を行い、手を引かせるのです――あの男に。《VENA》 に匹敵するものが我われの手中にあることを、思い出させてやりましょう」
「ターナー君。君は、いつから――」
ターナーは教授の顔の前に掌をたて、黙らせた。
視覚遮断機能のある特殊ガラスで隔てられた壁の向こうを、青みがかった黒髪の青年が、小さく足音を立てて通り過ぎた。まだ学生のような顔立ちだ。
教授は平静に呟いた。
「銀河連合が派遣した警備員だ。我われを監視しているのだろう」
「私に考えがあります、ドウエル教授。お任せください」
ターナーの声に緊張を聞きとった教授は、難色を示した。
「《彼》 を起こすのかね? 制御できるとでも?」
「大丈夫です。こちらには、《
クラーク・ドウエル教授はおし黙った。それは、部下の行動に恐れおののきつつ了承したと、ターナーは見做した。
ターナーは身を翻すと、部屋の奥へ進んだ。冷たい床にカツカツと靴音を響かせ、無数に並んだウーム・カプセル(人工子宮)の一つに歩み寄ると、スイッチを入れて話しかけた。
「起きろ、《
人工重力の効果を高めるため斜めに設置された円筒形のカプセルには、空気を注入するチューブの他に、栄養を注入する管が繋がれている。血圧や心拍数、血中酸素飽和度などをモニタリングする器材が網の目のごとく絡み合う蓋の下、金色の照明に照らされて、人工羊水が揺れていた。
男が選んだカプセルの中では、一人の女性が眠っていた。
ターナーの呼びかけに応えて、その睫毛がぴくと動いた――。
「畜生」
上着の襟を合わせ、青年は小声で悪態をついた。まだ少年と言っていい顔立ちだ。梳かしたきりの黒髪は少し硬く、青い瞳には勝気な光が宿っている。
彼がいるのは、病院を思わせる建物だった。殺風景な廊下に独りたたずみ、寒さに震えていた。彼以外に人の気配はない。暖房のあまり効いていない廊下で、腕時計に視線を落とした。
午前一時五十分。
思わずついた溜息は、煙草の煙さながら白く揺らめき、ライト・シーリング(照明天井)の光にとけていく。床から天井まではられた特殊スクリーンの窓から宇宙港の灯りを眺め、奥歯を噛みしめた。仕事終了まで、あと五時間。
『こんなに寒いとは思わなかった。ガニメデ並じゃないか?』
青年は、凍える口の中で舌打ちをして、冷たい夜から視線を外らした。
『仕事なんて断って、先輩のホテルの新年会へ行けばよかったな……』 そう、苦々しく考えた時。
チューニングの合っていないラジオのような雑音が聞こえ、彼は耳をすませた。潮騒のようなざわめきの中に、鋭い警戒の響きを聴きとったのだ。
《コロサレタ……》
そう聴こえた。
《コロサレタ……サレタ。ぷろフェッサーは……。奴ガ、クル》
《ヤッテクル……奴等が》
《タスカルぞ、VENAは。ヴぇな、ハ……これで》
《ヴぇなハ……。われわれ、ハ……?》
彼は息を呑んだ。頭のなかに直接ひびく声は――彼の
『誰だ?』
ピーンという電子音に振りかえると、照明が点いた。
フロアーをぐるりと囲む通路の片側の壁は、展望スクリーンだ。反対側の壁には水族館を思わせる窓が並び、仕切られた部屋が観えていた。用途不明の機械の影がうずくまる。
そのさらに奥――視覚遮断ガラスの向こうに現われたものに、青年の視線は釘付けにされた。
ピンク色のボールが、いくつも繋がって宙に浮いている。高さ三メートルはありそうな、こんにゃく状のものが歩いて行く。鮮やかな赤や青の鳥たちが数羽、眼前を横切って飛んでいく。
肩に人間型の腕を生やした、毛のない猫のような生物がいた。その手と後ろ足で駆けて行く。とがった耳を持つ蒼褪めた肌の異星人が、通りすがりにじろりと彼を睨みすえた。仔犬に似た生物が二匹、彼の足元を走り去る。
人間の――地球人型をした女性が、腕に小さな子どもを抱いている。彼女は彼に気づかず歩み去った。ペンギンのような姿をした生物が、ぺたぺたと通り過ぎる。
『なんだ、これは……。幻覚?』
奇妙な生き物たちの行列を、彼は呆然と眺めた。ガラスに両手をあてていると、そいつと目が会った。彼の右手の壁に、もたれている。
若草色の髪は波をうって肩を流れ、細い腰にとどいている。透けるように白い肌には、薄いTシャツを羽織っていた。寒そうな様子はない。腰から下に、灰色の毛皮をまとっている――違う。生物だ。四本の太い足には鋭いツメが光り、ふさふさの尾が誇り高く上げられている。
ライト・シーリングの光は柔らかな緑の髪を照らし、銀色の毛並みをつややかに輝かせていた。そいつは腕組みをして彼を見詰め、うすく
『合成獣だ』
青年はごくりと唾を呑んだ。二種以上の生物を人の手でつなげた、半人半獣のキメラ。古代神話のスフィンクスや、ケンタウロスのごとき
そいつの瞳は、彼の心を捉えて離さなかった。琥珀色の瞳の奥に吸い込まれそうに感じて、青年は声を発しようとした。
その途端――
彼は、頭に殴られたような衝撃を受け、その場に
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