友人を加えての理論
「あの、お師匠」
「どうしました先輩?」
「あの、そちらの方々は誰……です、か」
途中から準備室の戸に体を半分隠すようにして逃げてしまう。
先輩が言うそちらの方々というのはもちろん。
「安堂 夏美です」
「須藤 翔です♪」
完全に猫を被った友人二人が、訪問販売のセールスマンみたいに胡散臭い笑顔を浮かべてニコニコと我が弟子を見つめていた。
「俺達、悠人君の友達で、今回悠人君が困ってるようなので手伝いに来たの……来ました」
「うちら……私達もカフェに行くから、その間お喋りして麦野先輩と仲良くなりたいな~っておもってるにゃ。あ、です」
ます、だよ。
訂正のツッコミを入れようと思ったが、とてもそんな空気ではなかった。
いつものお昼休み。挨拶がしたいという二人の意見で、早弁して先輩のいる料理準備室へと三人で向かった。もちろん、いきなりの訪問に驚くだろうと思い事前にメッセージを送っていたのだけども……。
「あの、先輩?」
「ふぁ! ふぁい!!」
うん、これはダメかもしれないぞ。
夏美の肩を廊下の隅に寄せる。
「おい、作戦と大分違うんじゃないか?」
「思ったより人見知りが激しいわね。けど、軽く挨拶するために来たのだし、これ以上はいいわね。後は任せるは」
「は?」
密談から抜けた夏美が先輩に面と向かい。
「というわけだから、放課後にまた会いましょう」
「会いましょう!」
タッタッタ、そんな軽快音を踏み鳴らして二人は消えた。
結局意味があったのかな?
「あの、お師匠」
「すいません、驚きましたよね」
「いえ、むしろその、なんというか、楽しそうな人達でしたね」
「そういってもらえると、嬉しいですね」
訂正しよう、意味はあった。流石、親友達だ。
「あの、ところで」
友人の頼もしさに感動してると、ふと先輩に声をかけられた。
「今回もカフェで特訓……ですか?」
「うん。そうです」
「ということは、つまり、エッグサンド、ですか?」
「ええ、うん、もちろんです」
「そうですか……」
あれ? 何か反応が悪いぞ。普段ならリベンジですとかそんな感じに盛り上がるのに。
……まさか!? 夏美が言ってた影響が出てるのか。
「あ、あの! 昨日はすんませんでした!」
罪悪感を感じて咄嗟に頭を下げた。90度ぐらいに腰を曲げた。
良かれと思ってカフェを抜け出したあの時とは反対に、後先考えない行動で先輩を困らせたことに、師匠として、何より大切な料理友達として、強く反省した。
これでダメなら土下座までする覚悟だ。
「え? え!? ちょ、お師匠! なにやってるんですか」
「見ての通り土下座しようと――」
「大丈夫です! 大丈夫です! 間に合ってます。なんならお腹いっぱいですから顔を上げて下さい!!」
そうか、許してくれるのか! やっぱりうちの弟子は心が広いな。
心が晴れやかだ。
引っ掛かる発言があったのに、全然気にならないぜ!
ふと視線を感じた。
「ん? あれ?」
「どうしたんですかお師匠?」
「今、誰かが俺を見てたような……」
もしかして夏美や翔が廊下の曲がり角とかから覗き込んでるのかもしれない。
そう思って、視線のした方へ向くと――、
キーンコーンカーンコーン。
タイミング良くお昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あ。と、とにかくまた放課後会いましょう!」
そう言い残し、曲がり角に潜む誰かを気にかけながら教室に向かった。
□■□■□■
「お師匠、お待たせしました」
麦野先輩が昇降口から手を振りながらやって来た。
それを見て俺も手を振って迎える。
「あれ? 安堂君と須藤さんは」
キョロキョロと周りを見て二人を探している先輩に、授業中にメッセージアプリで話し合って決まった事を話した。
「二人なら先にカフェに向かいました」
というのも、夏美が言うにはあくまでカフェの印象保護が優先らしい。
整った設備があって、尚且つ料理を前向きに楽しめる場はとても大事だと言う。
それに関しては激しく同意した。何より、親父の経営してるカフェが人で溢れてるところなんて見たことないし、練習場所として都合が良いことには俺も頷いた。複雑な心境でだけど。
「じゃあ、カフェに向かいましょうか――いっ!?」
背筋に悪寒が走り、すぐさま後ろを振り向いた
いたのは、突然の俺の振り返りに驚いて、簾の奥で大きく開かれた瞳に困惑の色を浮かべた先輩ぐらいだった。
「どうしたんですか?」
「いや、何も……」
この感じ、お昼休みの時も感じた。
メッセージアプリでの作戦会議時に、それとなく二人に覗いていたかどうか尋ねたのだが、二人とも、揃って教室に帰ったらしく、途中、教室から出ることも無かったらしい。
つまり、あの曲がり角には夏美や翔以外の誰かがいたということになる。
そして、今も、背筋に刺すような冷たい視線が向けられた。
一体誰だろう? どうして俺を見てるんだろう? そんな疑問が浮いては沈んだ。
「お師匠、今日は静かですね」
「え、あ、そうっすか?」
突然声が掛けられた。気付くと、周りには見知ったお店がちらほら拝見できた。
どうやら学校から大分歩いたらしい。
「何か悩みごとですか、良ければお話しを聞きますよ」
「いや、全然ないっすよ」
「それは嘘です」
と、華奢な先輩が俺の前に滑り込み、絹糸のような艶のある長い前髪から、確信のある意思がこもった視線を俺へと送っていた。
「だって、今日のお昼休みからずっと変ですから。突然友達を紹介したり、謝りだしたり、急に振り向いたり、お師匠らしくないですよ。
お師匠は、突然変な事を言い出したり、トーストを食べてちゃんとした意見を言ったり、お師匠なりに気遣ってくれる、そういう人です。
だから、何かあったら分かりますよ。まだ知り合って一週間も経ってないですけど、そこは、そこだけは、分かります」
ウサギのように人に怯えては、トーストの話しをすると跳び跳ねそうな程の飛びっきりの笑顔を浮かべる、喜怒哀楽の怒以外がころころ変わる先輩から、怒りのようなものを感じた。
怒りと言っても、無邪気な子供が危険な事をして、それを叱る母親のような愛情のあるもの。
目の前にいる弟子は、年上らしい落ち着きと、先輩らしい堂々とした雰囲気を纏っているのが分かった。
普段とは違う、怖いような、安心するような、そんな分からない感情を揺すられ、卵みたいにかき回される。
この場合、師匠としてどうすればいいのか。
「まあ、悩みというか、お昼休み頃から変に視線は感じますけど」
主の悩みは先輩の夢に向かうべく用意したカフェが通いづらくならないことだけど、それはこれから向かうことで何とかなる。
「視線、ですか……」
「はい、視線です」
………………、
「……え、もしかして終わりですか?」
何か急に静かになったぞ。と思っていたけど、見ると先輩の肩が小刻みに震えているじゃないか。「先輩?」と声を掛けたら、「きゃあ!?」という可愛い悲鳴が返ってきた。
「あの、どうしたっすか」
「いえ、あの……わたし、怖い話とか苦手で」
「いや、怖い話ししてないっすよ」
「だって、誰かの視線って、もう絶対怖い話じゃないですか! お師匠!! わたしが真剣に聞いてるのに悪い冗談は止めてください!」
「ええっー!? まさかのどんでん返し!」
こんなやり取りをしながらカルドに向かった。
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