第20話 新国家誕生

「………重要な話って何よ、ヘルマン」


 レナがそう言うと、俺は黙って固唾を飲んで聞こうとした。


「まず、エスターシュタート戦線でリヒト殿下が行方不明になったとの報せを聞き、防諜(アプヴェーア)の諜報員を送った」

「来てたのに、何で助けに近くに来なかったのよ!」

「それは、殿下を見つけた時には近くに彼が居たからです。勿論最初は変な行動をすれば彼を撃ち殺す準備はありました。ですが、戦場のド真ん中でリヒト殿下や他の敵味方の兵士を隔て無く助けようとしていたから、彼を信用をしたという事です」


  レナは何度も頷き、そしてヘルマンに対して話す。


「だから、私は彼をカズトを我が国に招待して勲章を渡して、永住権を与えるのはどう?勿論ヘルマンは賛成よね?」


 レナがそう言うが、ヘルマンは目を瞑り、首を横に振る。


「殿下、申し訳ありませんがそれは出来ないと思われます」


 そのヘルマンの言葉にレナから笑顔が消えるどころか無表情になる。


「どうしてよヘルマン、どうしてなの?」

「………先程の情報によると我が帝国は南北に分裂したという前代未聞の危機が発生しています」

「………起きたきっかけは何なの、カズトと何か関係があるの?」

「軍事力を残したまま戦争を終結したからです」


 レナは驚き、口に手を当てる。

 そしてレナは理解が出来なかったのか、頭を抱え、そして考え始める。


「……国民は戦争の早期終結を願っていたんじゃないの?」

「それは陛下の一族、ツォラーン家が領主のプルーセン王国の民衆の世論はそうでした」

「なら、問題は無いじゃないの?」

「いえ、我が国はあくまでエルフの部族による連邦国家であります。プルーセン王国で文句は無くとも南部の連邦構成国、特にバヴァリア王国の国民はゲルマニアで最も戦禍が酷く、エトルリアに怨みを持つ人々が多いのです」


 ヘルマンはそう言うと、レナはヘルマンに対して強く叱責する。


「そ、そんな情報、私知らないわ!」

「当たり前です、情報統制をしていたのですから内閣や議会の意見に反対する情報は検閲でお伝えしていなかったからです。もし伝われば、戦争は長引いていたかもしれないからです」


 レナは身震いし、両手で顔を押さえる。

 怒りで震えてる様に見えるが、少し恐怖で震える様にも見える。

 俺はどうする事も出来ず、話を聞くだけで突っ立っているだけだった。

 するとレナは両手で顔を押さえたまま喋り始める。


「つまり………私は総(すべ)ての帝国臣民の意見を聞いていなかった………と」

「はい、その通りでございます」


 レナは深く息を吸い、そして吐く。

 そして顔を押さえていた手を離し、何故か笑顔になる。


「ならば、私は一刻も早く帰国しなければいけないわね、彼らバヴァリア王国民を説得しなければいけないわ!」


 彼女は堂々と力強く言う。

 だが、ヘルマンは苦渋の表情をする。


「今は駄目です、皇女殿下」

「何でよ!?」

「ヴィルヘルミナ殿下は……その………」

「もったいぶらないで、早く言いなさいよ!」


 するとヘルマンは震え始め、唾を飲み込む。


「南部の反乱分子は、ヴィルヘルミナ様が戦死なされたと勘違いされております」


 レナは理解が出来なかったのか、一瞬身体が硬直する。

 そしてレナは理解が出来なかったのか、頭を傾げながら苦笑いをして話す。


「……………へ?な、何を言ってるのよヘルマン。私はこの通り生きているわよ」

「はい、このデマは政府が報道したものではなく、民衆が広めた情報だと思われます。ゲルマニア帝国国民はリヒト様が人望があり、帝室でも人気の高い人物だというのは国外でも有名です。それが戦死なされたと言う情報に戦地に送ったゲルマニア帝室とツォラーン家に不信感を生み、同時にエトルリアに憎悪が増しました」


 レナはヘルマンの言葉に愕然とし、レナは空気が抜けていく風船のように力が抜け、そして椅子に座る。

 戦争が終わったからゲルマニア帝国内が平和になって、万事解決と思っていたのだろう。

 だが、彼女が居ない国内の情勢は正に『混沌(カオス)』になっていた。


「だから今夜、講和を祝うパーティーが行われます。そこで記者の前に出て国内の蜂起は治まると私は思います」

「なら、カズトは何故入国出来ないの?クーデターには関係無いじゃない?」

「今回の蜂起の手助けをしているのは異世界から来た人、『ニホンジン』だと聞いたので、勿論カズトさんを信用していないとは言えませんが………」


 ヘルマンの言葉にレナは睨みつけながら黙る。

 ヘルマンは自分の口を閉じ、そして部屋は何の音もせず、一気に静かになる。

 長い沈黙の後、レナは口を開く。


「じゃあ、彼を、カズトをどこかに拘束するの?」


 レナは弱々しく、俺を心配してそうな声で話す。

 ヘルマンはレナの言葉に首を横に振る。


「いえ、今回の講和条約の中にエスターシュタートを独立国にする事になりました」


 突然ヘルマンは何故か話題を変えてきた。

 レナは頭を一瞬傾げたが、一応ヘルマンに答えた。


「………エスターシュタートと言えばゲルマニアでもダークエルフが多い地域ね」

「はい、そこに彼を、カズト様を領主として立たせるのはどうでしょう?」


 俺とレナはその言葉を聞いて目を丸くする。

 俺が国のトップになる………だと?冗談じゃない!!

 俺はヘルマンの言葉に異議を申し立てをする。


「じ、冗談でしょう?俺が国家を運営するなんて出来る訳が無い!」

「そんな事は分かっています、だから、貴方は臨時です。本当はフレイヤを君主として置く予定でしたが、国内の南部地域の蜂起鎮圧のために陸軍の指揮は彼女がやらなければいけない」

「じゃあ、俺は蜂起が鎮圧されるまでは国の運営をするという事なのか?」

「はいその通りです、ですが貴方にその能力があればの話ですが」


 俺はとんでもない世界に来たのだろう。

 名声も権力も無い俺がこの世界に来て、まだ二日も経っていないのに、臨時だけど国家を運営することになった。

 臨時だけど、まあ、二度と経験出来ないかもしれないしやってみようかな?


「分かりました!引き受けましょう!!」


 するとレナは驚いた顔をして、こちらを見る。


「カズト!貴方本気なの!?」

「うん、良いんじゃない?俺もこういう事興味あるし」


 俺がそう言うと、ヘルマンは俺に近づき両手で握手しながら感謝を述べる。


「ありがとう、これで解決したよ」


 ふと俺は突然疑問に思い、ヘルマンに尋ねる。


「そういえば、初めて会ったレナやフレイヤさんの様に恐れたり嫌がったりしないのですね」


 そう言うとヘルマンはキョトンとし、目を丸くする。

 そして笑顔になり、優しく答える。


「過去に私は何度もニホンジンを見てきたが、噂や流言などが多いし、優しく平和的な人々だと私は思っています」


 ヘルマンはそう言い、彼は握っていた俺の手から離れる。


「では、晩餐会の用意をしなくては、二人とも早くお着替えを!」

「あの、質問があるんですが」


 俺はすぐに手を挙げ質問をする。

 

 「なんだね?」

「さっきまで戦争していた国々が晩餐会って出来るものなのですか?」


 ヘルマンはそれを聞くと、突然大声で笑う。

 俺は何か変なことでも言ったのか?


「その通りだな、確かに先程まで戦い合っていた国々が晩餐会をするのは私も可笑しいと思う。だが、君の世界では違うのだろうけど、この世界の規則で平和になれば両政府は此度の平和を願って両国の閣僚と晩餐会などをやらないといけないんだ。」

「国民にもそんな文化はあるのか?」


 するとヘルマンは俺の言葉に首を横に振る。


「いや国民はやらないし、知らないだろう。貴族などの上流階級は知っているが、晩餐会が終わればまた敵対したり友好的になったりするから、外交的に重要なんだろう」


 俺は説明を聞いてもやはり理解は出来なかったが 、この世界の常識ならば普通なのだろう。

 まあ、実質は『晩餐会』と言う名の諜報の舞台となるんだろうな。

 表向きは外交の長だが、裏側は先程名前が出た防諜(アプヴェーア)と言う諜報部隊を操っている。

 多分、晩餐会で投入するだろうな、勿論、エトルリアも諜報部隊を送ったりすると思うけど。

 俺はそう深く考える。


「では、ヴィルヘルミナ様は隣の部屋でお待ちくださいませ」


 そうヘルマンは言うと、レナはすぐに部屋から去る。

 俺も部屋から出ようとすると、ヘルマンは俺の肩を掴み止める。


「待ちなさい、カズト様。君はニホンジンだったな」

 

 ヘルマンは低いトーンで話す。

 レナと話していた時、終始笑顔だったヘルマンは今真剣な顔をしていて、俺はドキッとする。


「………はい」


 どうしたんだ?何か俺に変な事でも有ったのか?

 俺は何を言われるのかが分からず心音が激しくなり、苦しくなる。

 まさか、何か変な事を今からされるのではないかという恐怖心が襲っていた。

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