第47話 いざ、北の大迷宮へ
「フォル・パティア?」
「ちがーう! フォル・パティ、ナ! 古代語でフォルは“大きな”、“パティナ”は苗って意味だよ。そこから、育てるって意味の“フォルプ”って言葉が生まれたんだよ」
暁に浮かび上がる森を指さし、得意げに語るのは唯一の現地人であるアユナ先生。
大陸北東の
でも、その真後ろの死角で、躊躇いもなく大きな欠伸をするレンちゃん。あまりにも緊張感が無さすぎなんだけど、今のうちじゃないとのんびりできないもんね。
ボクの中でのロンダルシア大陸は、オーストラリア大陸そのものだ。とはいっても、上下さかさまの向きだけど。
乾燥大陸と呼ばれる地球のそれと同じで、こっちも基本的に中央部は砂漠っぽい地形が多いらしい。
この大陸の南東、エリ村があった古の大森林と、北東の
こんなに緑が少ないと食糧問題とか大丈夫なのかな。あ、そういえば人口もそれなりに少ないんだっけ。
「確か、大陸人口って2万人くらい?」
エリ婆さん情報は古すぎて当てにならない。今はもっと減っているのかもしれないね――。
「そう、かな?」
あれ?
先生にさっきまでの勢いがない。もしかして、教科書的な地理・歴史は強くても、時事問題には弱い
「先ほど、ルシル司祭様が仰られていた“王国軍1000人規模の南征”というのは、相当無理をしていませんか?」
「そうだよね! 王都の人口は6000人くらいって聞いたよ」
「正規の軍隊以外にも、志願した一般人や冒険者なんかも含まれているかもしれませんね」
「王都だけじゃなくて、各都市にも派兵を要請した感じよね」
「問題は遠征期間でしょう。あまり長期間に及ぶと各都市の防衛の方が心配です」
「だから、ラーンスロットさんはボクたちを送ってくれなかったのかも」
彼が居るか居ないかは大迷宮攻略に大いに関わる。ちょっと大袈裟に言えば、世界の命運に関わると言えなくもない。
でも、ラーンスロットさんはチロルに残る決断をしたんだ。つまりは、メルちゃんが心配した通りなのかもしれない。
「むぅ」
突然始まった大人の会話に付いていけず、アユナ先生が膨れてしまう。
「あれは何?」
悪い雰囲気を変えようと、街道沿いの岩の陰を走る白い動物を
腰の布袋で眠るクピィが何も反応しないってことは、魔族が擬態している心配もない。
「リンネちゃんって、ピョンも知らないの!? あれはね、ね、ウサギの一種で、ゴホンッゴホンッ――」
先生復活とばかりに元気よく説明を始めたアユナ先生が大きく
「ウサギかぁ、まだ野生の動物が残っているんだね」
人の活動圏や逆に奥深い森には未だに野生の動植物も残っているようだ。
クピィのふさふさをそっと撫でながら、大森林で格闘した黒ウサギを思い出す。
生物の9割が魔物化したこの世界では、ほとんどの動植物が魔素を撒き散らしながら敵意を向けてくる。
とはいっても、B級ホラー映画みたいに手当たり次第に襲ってくるわけじゃない。攻撃手段がない弱い魔物や、本来的に草食性の魔物は、今のボクたちに積極的に絡んでくることはあまりない。
★☆★
そんなこんなで、街道を北に
「わぉ!」
「壮大ですね」
「え? 意外と……」
「何これ……本当に、ここで合ってるの?」
レンちゃんの疑問も当然だと思う。
魔法のあるファンタジー世界で“大”迷宮なんて呼ばれているから、東京スカイツリー以上を期待していたんだけど、実物は全然違った。
勿論、この世界で見た建造物の中では群を抜いて大きいとは思うけど、その解釈は文明の度合いによるってこと。
ボクたちの目の前に立つそれは、20階建てのマンションくらい。高さは50mくらいありそうだけど、横幅は20mもないように見える。しかも、歴史の資料集で見た古代メソポタミア文明の
多分、レンガ造りだと思うんだけど、元々何色だったのかは伺い知ることができない。
「メリンダさんから貰った地図だもん、間違いないはずだよ。さぁ、行こう!」
「はい」
「「うん」」
気合を入れ直し、南側にぽっかり開いた入口へと進む。
入口のアーチを潜ると、そこは見慣れた部屋だった――。
「何だか、ギルドっぽいですね」
「うん。緊張感がない? 相変わらずゲームっぽい?」
「でも、あれ……」
大急ぎで運ばれる担架。その上には白い布。
そして、布の下には――。
「うわぁ、今、背筋をドワーッと変な風が吹いた。ごめん、前言撤回するわ」
レンちゃんが凍えるように
「次の方、どうぞ」
「あ、はい……」
さっきの光景がボクの意識を丸呑みしたのか、まるで病院の看護師さんに呼ばれたかのような錯覚を覚える。
そして、吸い込まれるように奥のカウンターへと向かった。
じっとボクたちを見つめる全身包帯の人――声から察するに若い女性だと思うけど、なぜ受付係がミイラ姿なのかはわからない。
「えっと……北の大迷宮へは初めてですね?」
初対面なのに、いや、初対面だからこそ、ボクたちが初挑戦だと判断したみたい。
「はい。メリンダさんの……紹介で来ました、リンネです」
「メリンダ様から? なるほど、実力は折り紙つきと。それでしたら、さっそく当迷宮について説明させていただきますね」
受付のお姉さん?によると、北の大迷宮は30階層からなるらしい。外観から想像していたより階層が多いのは、各階層が独立した異空間で形成されているからだそうな。
04階層までは自由に立ち入りができるそうだけど、05階層以上は冒険者ランクの制限が掛けられているとのこと。
とはいっても、ボクたち4人全員がBランクのため、15階層以上への挑戦も可能となっている。
この迷宮では5階層ごとに、いわゆる
ちょっとインチキ臭いけど、戦わずに進めるならそれに越したことはない。
ちなみに、フロアボスは全部で6体。それぞれ属性が異なるんだとか。
05階層……木属性
10階層……火属性
15階層……土属性
20階層……金属性
25階層……水属性
30階層……不明
また、各階層を繋ぐ階段には入口へ転移可能な装置が設置されているそうだ。食糧が片道分で済むのは助かるね。
右奥に見える青白い扉がそれで、さっきから頻繁に光ってひたすら冒険者たちを吐き出している。
金色のフルプレートに身を包んだ屈強な人もいれば、乞食みたいにみすぼらしい服の人もいる。
「最後に――」
全て暗記しているのか、20項目にも及ぶ注意点を述べた後、受付のお姉さんが険しい顔で付け加える。
「この迷宮の別名は“魔喰いの城”。くれぐれもダンジョン内PKにはご注意ください」
「PKあり!?」
レンちゃんが叫ぶ。
多分、“パンツ食い込む”方じゃなくて“プレイヤーキル”の方だってのはわかっているはず。でも、人同士が争っている場合じゃないこのご時世にPKなんて。
「今の世は弱肉強食と言っても良いでしょう? この迷宮はその最たるもの。隙を見せれば殺され、相手に魔素を奪われる――それは魔物であろうと人であろうと変わりがありません。唯一の救いは、ここで死んだ者が天界へ召されるということくらいでしょうか。貴族などはそれを理由に……あ、失礼しました。とにかく、迷宮内では殺人罪すら処罰されませんので、十分お気を付けくださいね」
「は、はい」
うわぁ、死後に天国に行けるとか、かつての浄土信仰だ。命を軽く扱いかねない危険な思想――。
それにしても、王様がいるんだから貴族様もやっぱりいるのね。礼儀作法とかよく知らないないけど、しっかりお辞儀をすればいきなり「切り捨て御免!」とはならないよね?
「よし。全員集合!」
ボクの大声に、周囲の冒険者たちが集まりだす。
その後、赤面したまま目線を逸らすボクを見て、勘違いに気づいた順に数を減らしていく。
最終的には迷宮入り口の脇はボクたち4人で占められた。
全員が迷宮入口の横で女の子座りをしている。女子はやっぱり女の子座りが最萌えだね。
ボクは今度こそ迷宮攻略の先輩としての威厳を取り戻そうと、アユナ先生から権力を強奪して全力レクチャー中だ。
「まず、必要なのは"計画性"です。重要だからよく聴いて! ほらアユナちゃん、クピィと遊ばない! レンちゃんも先輩の前で欠伸しない!
1日目は無理をせず、07階層突破を目指しましょう。2日目に15階層、3日目で20階層突破を目標にします。で、残りの10階層を3日間掛けてじっくり進みましょう。以上が、ボクの考えた“北の大迷宮1週間攻略計画”です」
「センパイ! あと1日足りません!」
「はい、アユナさん。よく気がつきましたね。残り1日は予備日です。余裕を加味して7日間の計画を立てるより、最初から予備日を設けておくほうが臨機応変に対応できると思いまして」
「そうなの? わかりました!」
《
「他に質問は――はい、メルさんどうぞ」
「はい。迷宮には宝箱があるそうですが、全てを狙うのでしょうか」
「良い質問ですね。この迷宮は階層を増すごとに狭くなっていくそうです。中身が期待できない低層の宝箱を狙うのは時間のロスが大きいので、20階層までは攻略に専念します。21階層からは全ての宝箱を狙いたいですね」
魔法書欲しいしね。お金じゃ買えないから。
「次、レンさん質問は?」
「パイセーン! あたしたちはいつ休憩するんですか? さすがに寝ないとお肌に悪いし、そもそも迷宮内に安全な休憩所ってあるんですか?」
「最初から休むことばかり考えないようにしましょう、というのは冗談で、長丁場ですから休憩は重要です。特に睡眠は魔力回復に効果的ですから、1日6時間は寝ましょう。休憩は1日に2回、各3時間ずつ階層間の階段でとります。魔物は階段には入りませんが、転がり落ちないように」
1度の休憩がたったの3時間と聞いて、レンちゃんの身体がひっくり返る。白パンが見えちゃってるよ!
「リンネさ、先輩。1つ確認なのですが」
「はいっ、どうぞ!」
遠慮がちに手を挙げるメルちゃんを、フェアリーワンドでピシッと指す。
「先程受付で聞いたPKの件です。どうしても避けられない場合にはある程度の実力行動を取っても良いのですか?」
メルちゃんが一瞬放った殺気に、周囲で静かにボクたちの様子を窺っていた数人がビクッと動く。
「当然の権利ですね! 正当防衛だけじゃなく、ある程度の過剰防衛までは良しとしましょうか」
頷くメルちゃんの意図を悟り、水戸黄門さながらに、Bランクの
「さて、次のポイントに進みましょう。迷宮攻略には"効率性"も重要です。役割分担をすることで効率性がぐ~んと上がります。
リンネ先輩:マッパー、メルさん&レンさん:戦闘係、アユナさん:雑用係、これでいきます」
「センパイ! ザツヨー係って何するの?」
「アユナさん、小学生的な質問ありがとう。まぁ、炊事・洗濯・クピィなどなど。花嫁修業だと思ってください。ちなみに照明は不要ですよ、迷宮内は明るいですから」
「がんばるっ!」
「他に質問がある方はいますか?」
「罠の発見と解除はどうしますか?」
「はい、メルさん良い質問です。罠は11階層以降からあるようですね。実は、ギルドからいただいたマップに全て書かれています。ボクが
えっと、他に質問は……ないようですね。待っていても平和は手に入りません。残り物には福があるなんて、この世界にあっては敗者への慰めにすらならないのです。とにかく、今からボクたちは前を向いて進むしかないのです!」
「リンネパイセンの言う通り! ガチャだって引かなきゃ当たらないんだよ!」
「ちょっと、レンちゃんの言葉の意味が分かりませんが……頑張るしかなという話ですよね」
「うんうん! 大きく腕を振って前へ進もう!」
[メルがパーティに加わった]
[アユナがパーティに加わっ]
[レンがパーティに加わった]
こんなのでもパーティー結成のスイッチになるんだ?
そして、ボクたち4人と1匹は、北の大迷宮へと足を踏み入れる――。
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