掌編小箱

吉野奈津希(えのき)

ヤドリメ

 「やぁなんだいその腹は」


 修学旅行先で同級生にそう言われて、ありゃ太ったかななんて思うが下を見るとへそから芽が出ていることに気づく。

 こりゃあ大変だ、スイカの根が出たか奇病の類かと思い学校の保険医に見せたり病院へ行ったりして、引っこ抜いたり切ろうとするがそうしようとすると激痛が走ってたまらないものだから、しばらく経過を見ることとなった。

 最初のうちは物珍しさに近所の住人、町医者、果てはマスコミなんかも来たがいつまでたっても芽のままで成長しない俺のへそを見て半年もすると飽きて誰もそれを目当てに尋ねて来なくなった。

 一方俺はこれがどうして快適だった。

 何かをしようとすると腹が教えてくれる。例えば俺が勉強をサボろうとすると腹が痛みだす。これはたまらんと便所に駆け込むが何も起こらず、しばらくしてふと宿題をやろうと机に向かうとたちまち腹の辺りから気持ち良さがジンワリと湧き上がってくる。それに調子を良くして勉強を珍しくやったところ、勉強した場所を翌日教師に質問され、試験では出題される。

 友人たちの面倒な誘いを断ろうとすると腹がシクシクと痛みだすが、承諾すると晴れやかな気持ち良さが腹へ広がっていく。遊びに行くと自分が遠巻きに見ていた気になるクラスメイトがいて俺は初めてまともにその子と談笑することができた。

 俺は非常に便利な探知機のようなものを手にいれたのだとわかった。どうやらこの芽は俺に良い選択を示してくれるらしい。考えてみればこの芽は俺の体に養われているのだから、俺が元気であればあるほどこの芽も都合が良いのは道理といえる。

 そうして俺は芽と二人三脚で生活をしていくことになる。

 芽が腹に痛みを広げれば危うい進路だと判断し、気持ち良さを広げれば確信を持って突き進む。俺からすれば気持ちの良い行動をしていれば人生が開けていくのだからいいことづくめである。

 そうして俺は志望校の大学へ入学し、サークルへ入り、交友関係を築き、就職し、恋愛し、結婚した。全部が全部、芽の感覚に従った結果である。


「あなた、そろそろ子供が欲しいと思うのだけど」


 そう言われ、俺は子供を作ろうと励むことにする。

 芽も応援してくれているのか、一般的に単調であったり、プレッシャーであったりして楽しくないと言われる一連の様相も素晴らしい経験として俺の経験させてくれた。


「まったく最高の人生だ」


 そう呟きながら妻との行為を終えてふと考える。

 そういえば雄の寄生して子供を産ませる寄生生物がいるとか。もし快感で進め、痛みで歩みを止めさせる生物がいたとしたら。気持ちの良さを数珠のようにつなぎ始めたのはいつからだったか。なぜ妻と付き合おうと思ったのか。なぜ俺はこの妻と結婚したのか。なぜ俺は子供を作ろうと考えたのか。


「いて、いててて」


 考えると痛みが走り出し、考えるのをやめると気持ち良さが広がっていく。

 まぁいい明日も気持ち良くその次の日も気持ち良くその次の次の日もそのまた次の次の次の次の日も……〈了〉

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