第6話

「あと十歳若ければ、あんな若造、無傷で片付けられたわ!」


「あっそ……瑞樹はどうしてる?」


「……知らん……」


「知らんって、あんた瑞樹の執事だろ? お嬢様の体調くらいちゃんと管理しておけよ」


「……あれ以来……私に対して一言も口をきいてくれん……」


「あぁ……お叱りを受けてるわけね……」


「はぁ……お嬢様の声が聞きたい……」


 伊吹はそう言いながら、ポロポロと涙を流し始める。


「おいおい! いい大人が泣くなよ!」


「黙れ! うぅ……お嬢様……」


「マジかよ……」


 運転をしながらマジ泣きを始める伊吹に高志は若干引いていた。

 

「はぁ……俺に対しては何か思わないわけ? 申し訳ないとか」


「全くない」


「言い切りやがったよこのじじい……」


「知るか! 私はお嬢様に幸せしか考えておらん!」


「はぁ……この様子だと瑞樹の親父さんも同じ感じなんだろうな……」


 高志はそんな事を呟きながら、瑞樹の家に着くのを待った。

 そして、車を走らせること約15分、瑞樹の家に到着し高志は車から降りてメイドさんから部屋に案内された。


「いろいろ申し訳ございません」


「え?」


 屋敷の中を歩いていると、高志の前を歩くメイドさんが高志に謝罪してきた。

 高志はメイドさんの言葉に戸惑いながら、尋ねる。


「何がですか?」


「執事長と旦那様の件です。我々メイドは知らなかったもので……本当に色々迷惑を……」


「あぁ、いや……俺も瑞樹には悪い事を……」


「いえ、悪いのはうちの過保護過ぎるし執事長と旦那様です。高校生を脅迫するなんて大人気ありません」


「ま、まぁ……そうですよね……」


 意外だった。

 メイドさんからこんな事を言われるなんて、高志は全く予想しておらず、少し気持ちが楽になった。


「一番辛いのはお嬢様なのに……お嬢様はちゃんと八重様に謝りたいと言っています。こんな事を私が言うのもおかしな話なのですが……」


「なんですか?」


「お嬢様とこれからも友達でいて下さいますか?」


「えぇ……瑞樹がそう望むなら、俺はこれからも瑞樹と友達でいます」


「ありがとうございます」


 話が終わるころには高志とメイドさんは瑞樹の部屋の前に到着していた。

 しかし、瑞樹の部屋の前に到着したのは良いが、中に入れなかった。

 その理由は……。


「瑞樹ちゃ~ん! 開けてよぉぉぉぉ! パパが悪かったからぁ~」


「………」


「………」


 瑞樹の部屋の前に行くとドアの前で泣き崩れる瑞樹の父親が居たからだ。

 

「あの……あれは?」


「……恥ずかしながら……旦那様です」


「……あぁ、見間違いじゃないんですね……」


「昨日からこんな感じです……」


 高志は瑞樹の父親の凛々しい姿しか知らず、こんな情けない姿を見るのは始めてだった。

 伊吹といい、瑞樹に対しては弱い二人なのだろうと高志はそう思っていた。


「瑞樹ちゃ~ん……む? なんだ、君たち居たのか」


「急にそんなキリっとされても……」


 高志達の存在に気が付いた瑞樹の父は、急にキリっとした顔つきになり、そのままの体制で高志達にそう尋ねる。


「旦那様、とりあえずそこをどいてください。お嬢様、八重様をお連れ致しました」


 メイドさんが瑞樹の父親をドアの前からどかし、ノックをしてからそう言った。

 するとゆっくりドアが開き、瑞樹が出てきた。


「ど、どうも……八重さん」


「お、おう……」


 部屋から出てきた瑞樹の目は少し赤く腫れていた。

 きっと泣いていたのだろう。

 高志はそんな瑞樹を見た瞬間、胸が苦しくなった。


「瑞樹ちゃ~ん!! パパが悪かったよぉ~許してぇ~」


「お父様、触らないでください」


「ぐはっ!! そ、そんな……」


「八重さん、どうぞ中へ」


「あ、あぁ……」


 瑞樹にそう言われ、高志だけが瑞樹の部屋に入って行った。

 置いて行かれた瑞樹の父親は相変わらず泣いていた。


「そちらにどうぞ……」


「あ、あぁありがとう」


 瑞樹に言われ、俺は瑞樹の部屋のソファーに座った。


「紅茶で良いですか?」


「あぁ、お構いなく」


 気まずい空気が流れる。

 高志はソワソワしながら、視線を色々なところに泳がせていた。


「……どうぞ」


「あぁ、ありがとう」


 高志は出された紅茶を飲んだ。

 そして飲み終えたところで瑞樹は口を開いた。


「ごめんなさい」


「え?」


「……伊吹さんとお父様のせいで……八重様にはご迷惑を……」


「……瑞樹が謝ることじゃないよ。それに俺も……瑞樹に悪い事をしたよ……」


「そんな事はありません! 八重さんを苦しめていたのは私で……」


「違うよ……俺は瑞樹の気持ちを知ってたんだ……それなのに……」


「そ、それは私が勝手に……」


「ごめん……俺は君を傷つけた……」


「そ、そんな……そんな優しくしないで……下さい……」


「瑞樹……」


「でないと……私は……あなたを諦められなくなってしまいます………」


「………」


 瑞樹は泣きながら高志にそう言った。

 高志はそんな瑞樹を見て、胸が握りつぶされるような感覚を感じた。


(この感覚……紗弥の時と一緒だな……)


 高志はそんな事を考えながら、涙を浮かべる瑞樹を見てなんと言って良いか分からなかった。

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