01.いらないんですね




「ごめんなさい」


僕は姫様に謝られた。

しかも、身体を直角に折る、という王族にあるまじき謝罪の仕方で。

教育係として、いつも小言を言っている僕だが、この時ばかりは驚きすぎて固まった。

物心がつく頃には本の虫で、気付けば周囲から神童と呼ばれ、その頭脳を買われて姫様の教育係に就いた。国王直々に任されたこともあり、僕は意欲的に姫様に知っている知識を教えようとした。

けれど、難しい話は苦手だ、と抗議して僕をお茶会に誘い、国の歴史を語れば舟を漕ぐような方だった。天真爛漫ともいえる彼女に付き合わされるお茶会は、なんだかんだ言って勉強ばかりをしていた僕には憩いの時間だった。

笑う姫様を、中庭で護衛騎士とともに言い合いながらも見守る。そんな日々が続くと思っていた。

が、国王陛下が逝去され、肉親を失ったショックでか、姫様は変わった。

外の世界を知らなかった彼女が、強行とも言える方法で敵国と交渉し、同盟を取り付けたのだ。

同盟を組むにあたり、敵国の王と姫様の政略結婚が決まったが、姫様は当然のこととあっけらかんとしていた。以前の姫様なら、意に沿わない結婚に文句を言うか、相手の容貌に浮かされるかしただろうに。

確かに、国民が不安になっている今、明るい話題で上塗りするのは有効だ。しかも、戦争の懸念がなくなるのだから、国民は安心するだろう。

だが、急な展開に僕はついて行けなかった。悲しむ姫様を叱咤し、今こそ臣下を説得し結束を強めるべきだと僕が彼女を導くとばかり思っていたから。

僕の予想とは異なり、敵国の国王と結婚した姫様は、彼に従って分家や諸侯を説得に回り、その間に国の情勢を自分の眼で見ていった。彼女からの謝罪を受けたのは、周囲の説得を終え城に戻った時だった。


「私のせいで貴方の才能を潰してしまった。今からでも王立大学の学士になれるよう手配するわ」


頭では喜ぶべき申し出と分かっていたが、微塵も歓喜が湧かなかった。

眼の前には見違えた姫様がいる。


「お父様は、私に何も期待していなかったのね。机上の空論を聞いても身にならないと、あの人について行って分かったわ」


鳥籠のカナリアに話しかけるだけの役目だったと評価された。僕も、本の中でしか世界を知らないカナリアだと思い知らされた。

悪気のない言葉が刺さり、羞恥で頬が熱くなった。姫様に伝わる言葉を持たなかった自分が悔しい。

僕は王立大学に行く話を受けた。


今度こそ、姫様に届く言葉を得るために。



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