桃の花をあなたに

第39話 告白

【お詫び】

　いつも『桃の花をあなたに』をお読みいただきありがとうございます。

　本編に入る前に、読者の皆様に謝罪を致します。

　第34話 事件。から続く一連の流れに関して、あのような描写があったにも関わらず、｢残酷描写｣｢暴力描写｣のセルフレイティングを設定していませんでした。

　読んでいてご不快に思われた方、胸が苦しくなられた方がいらっしゃると思います。

　私の判断ミスです。

　誠に申し訳ございませんでした。

　今更ではありますか、セルフレイティングを付けさせていただきました。そして今後はしっかりと確認し、読者の皆様に安心してお届けできるように努めて参ります。

　それに伴い、第35話 孤独の内容を少し変更させていただきます。

　本来なら明日の更新予定でしたが、いち早く皆様にお詫びがしたく本日投稿した次第でございます。

　もし許されるなら、最後まで2人の行く末を見届けていただければと、心よりお願い申しあげます。

　ーーーーーー

　順調にリハビリも進みいよいよ彼の退院の日がやって来る。

｢今までお世話になりました｣

　彼はお世話になった看護師や先生、咲葉（さくは）のお父さんに深々と頭を下げる。

｢千姫（せんき）行こっか｣

｢うん雪音（ゆきね）｣

　私は彼の車椅子を押しながら病院を後にする。そして私のパパとママが待つ車へ。

｢せーのっ｣

｢｢よいしょ｣｣

　私とお父さんで彼を車の後部座席に乗せて、車椅子を荷台に積む。

｢おじさん、おばさんありがとうございます｣

｢気にしなくていいわ千姫君｣

｢そうだぞ。遠慮なんてよしてくれ、俺達の仲じゃないか！｣

　パパもママも千姫が目覚めてから積極的に話をしていた。在りし日の彼の両親の思い出、どうやってパパと知り合ったか、バレンタインには2人で競い合った事など、内容として明るいものばかりを選んで。

｢ねぇ千姫、桃太郎（ももたろう）は明日ソラ達が連れてくるって｣

｢そっか。ソラには何か特別なお礼しなきゃだね｣

｢どーかなー……桃太郎と過ごせた事が、あの子にとってはご褒美なんじゃない？｣

｢ははっ、そーかもね｣

　車で走ること30分、あの丘の上が彼の家……そして今日から。

｢あ、あのね千姫……｣

｢ん？ どうしたの雪音。あらたまって｣

　今から彼に見せる光景は、彼に相談せずに決めたこと。それが私の覚悟。

｢驚かないでね？｣

｢どういうこと？｣

｢見れば……わかる｣

　はてな顔の彼はなんのことやらといった具合に首をかしげている。

　そして……

｢着いたね……｣

｢うん、なんだか懐かしいや｣

　時刻は昼の3時。

　病院内でお昼を済ませたのでお腹は空いていない。これから見せる光景を考えると私はあまり箸が進まなかった。

(拒絶されたらどうしよう……)

　それでも自分自身が決めたこと。

(ガンバレ私！ 私の名前は桃宮雪音（ももみやゆきね）よ)

｢じゃあ開けるね｣

｢うん。ありがとう｣

　私が先頭に立ち玄関の扉を開ける。

｢ただい……｣

　久しぶりの我が家に心踊らせて言葉を発した彼は途中で固まる。

｢…………えっ｣

　入口を見て目を見開く彼。

｢っえ？｣

　私を見て大きく目を見開く彼。

｢えぇぇぇぇ！！｣

　再度入口を見て叫ぶ彼。

　そこには、今までに無かったものがある。

｢こ、こここここれは？｣

　玄関からリビングに向かう場所には、車椅子用のスロープ。

　そして、廊下には手すりが付いている。

｢えっ？ なんで、ここホントに僕の家？｣

　驚きのあまり取り乱している。

｢うん、そうだよ！ 紛れもない千姫の家｣

｢う、うそっ……｣

　私を見て口をあんぐり開けている。ビックリしたかな？ サプライズ成功かな？ そしてホントのサプライズは……

｢咲葉のお父さんに頼んで工事してもらったの。勝手にやっちゃってごめんね｣

　事後報告だけと、こればかりは許してほしい。

｢い、いやぁ……謝る必要はないよ……むしろ感謝したいくらいだ｣

　ゆっくりとスロープを登りリビングに入る。そして、荷物を両親とともに運び入れて一息つく。

｢じゃあ千姫君、困ったことがあったらいつでも呼びなさい｣

｢あ、はい！ 何から何までありがとうございました｣

｢それじゃ、雪音。たまに見に来るからね｣

｢うん。パパ、ママありがとう！｣

｢えっ？ 雪音も一緒に帰らないの？｣

｢えーっとね……実は｣

　ママの言い方に違和感をもった彼は私に問いかける。だから私はここ1番のサプライズを告げるのだ。

｢きょ、今日から私も一緒に住むから！｣

｢……………………ぇ｣

　固まる彼。

　見つめる私。

　しばらくして……

｢え、ええええええええええ……｣

　今日1番の彼の声が室内に木霊する。

　………………

　…………

　……

　私と両親で彼を説得すること1時間。

｢……わかりました。色々とやってくれた事、ほんとにありがとうございます｣

　激闘の末なんとか一緒に住む事をとりつけた私は疲労困憊（ひろうこんぱい）。そして両親を見送りに外へと向かう。

｢じゃあね、わからない事があったら連絡するのよ｣

｢うん、ありがとうママ｣

｢千姫君も無理は禁物だぞ？｣

｢はい、おじさん｣

　それから車が見えなくなるまで一緒に手を振る。

｢ねぇ雪音｣

｢やっぱり怒ってる？｣

｢いや、どちらかというと諦めた｣

｢ふふっ何それ｣

｢ちょっと、木の所まで行かない？｣

｢いいよ……｣

　私は千姫の車椅子を押して懐かしの桃の木へと向かう。

｢よいしょっと……｣

｢ありがとう｣

｢ううん、朝飯前だよ｣

｢ほんとに頼もしいや｣

　彼を抱いて木の根元に一緒に座る。夕暮れの空はいつか見たオレンジ色。風は生暖かく少し汗ばんでくる。

｢……ここから｣

｢ん？｣

　私の何気ない独り言に彼はゆっくり振り返る。

｢ここから始まったんだね｣

｢うん……｣

　これから一緒に暮らしていく事を告げた時、彼は大反対していた。

｢雪音……ごめんね｣

｢なんで謝るの？｣

｢こんな体になっちゃってさ……みんなに迷惑かけてさ……それに雪音にも……｣

　言葉にならない何かが私の胸に込み上げる。

｢千姫は何も悪くない。いつも私の為に必死だったんだよね……謝るのは私の方｣

｢雪音は何も悪くないよ｣

　同じことの繰り返し。

｢ふふっ｣

｢僕はさ……小さい頃、桃太郎の昔話が好きじゃなかったんだ｣

｢桃太郎？｣

｢そう、鬼退治のやつ｣

｢あぁ……｣

　そういう事か。鬼を退治する桃の話。

｢でもね、小さい頃の雪音がね｣

｢私？｣

｢うん。その頃の雪音がこう言ったんだ｣

｢なんて？｣

　申し訳ないけど記憶が曖昧だ。小さい頃の私は何を言ったのだろう。

｢雪音はね……『だったら私が鬼と友達になる。私の名前は桃宮雪音（ももみやゆきね）！ 鬼神千姫（おにがみせんき）と友達になる為にいるの！ 』 って｣

｢うへぇ……ちょっと恥ずかしいや……｣

　はにかむ私。だけと彼にとってそれがどれほど心を溶かしたか。

｢あっ！ だからあのわんちゃんに桃太郎って名付けたの？｣

｢うん、僕も友達になりたかったから｣

　そっか、千姫はずっと1人で戦ってたのね。

　少しの静寂のあと、私は覚悟を決めて、彼に想いを伝える為に正面から言葉をかける。

｢千姫……｣

｢ん？｣

｢……好きだよ。大好き｣

　一陣の風が頬をかすめる。

｢雪音、僕は……｣

｢わかってる。わかってるから……｣

　彼が何を言おうとしたのかわかってる。きっと自身の命の長さを伝えようとしてくれてるのだろう。

｢そんな事はわかってる。私が聞きたいのは……はいかいいえ｣

　千姫は天を仰ぎ夏の空気をその胸に取り込む。

　そして……

｢雪音……僕も君が好きだ｣

　私の手を力強く握り、あの桃色の瞳が私の瞳を真っ直ぐに捉える。

　続けて……

｢僕と付き合って下さい｣

　一段と男らしい口調で告げる彼に、私は最上級の笑顔を向けて……

｢はい、喜んで！｣

　吐息がかかるほど近寄った顔。きっと考えてる事は同じ。

｢千姫……｣

｢……ん？｣

｢私の名前は桃宮雪音、あなたの世界を桃色に変える女よ！｣

　幼少期の力を借りて。

｢……これからが、楽しみだ！｣

　更に近付く彼との距離。いつかの藤園でのデートを思い出す。

｢ねぇ雪音、知ってる？｣

｢なに？｣

｢藤の花の花言葉……｣

　彼の写真のメモ用紙に刻まれたあの言葉。

｢ふふっ、知ってる。決して……｣

｢……離れない｣

　私と彼の2度目は……

　蜂蜜パイより甘く、藤の花のように美しい口づけを……

　次回【花火】