第16話 交換

「ありがとね、桃宮さん」

「う、うん……気にしないで私が勝手にやった事だから」


 今更になって私は彼にお粥を食べさせた事が恥ずかしくなって返事の声もどこか上擦っている。


(あわわわ……めっちゃ恥ずかしい、ってかなんで鬼神君は平気そうなの?)


 心の中で自分と戦いながら彼の方をチラリと見てみる。


「…………ッ」

「うふふっ、ははっ」


(良かった……鬼神君も同じじゃない)


 平気そうにしていたのは声だけで、慌ててそっぽを向いた彼の顔も朱色に染まっていた。それが嬉しくて、可笑しくてついつい笑ってしまった。


「……桃宮さんの意地悪」

「ごめんって! そりゃそうだよね、恥ずかしいよね」

「でも、本当にありがとう。とても美味しかったし嬉しかった」

「ほとんどスーパーで買ってきたやつだけどね」

「それでも、誰かと一緒に食べるご飯は美味しいよ」


 桃太郎の頭を優しく撫でる彼の表情は穏やかになっていく。


「ねぇ、鬼神君……」

「ん? なに桃宮さん」


 私は聞いていいかどうか迷ったけど、彼の事をもっと知りたいという思いが強くなって気づけば口を動かしていた。


「お昼休みってさ、そのぉ……どうしてるの?」

「その事か。まぁ桃宮さんになら話してもいいかな」


(ッ!! だって! キャーーなんていいセリフ。もっかい! もっかい言って)


 彼の言葉に一喜一憂してしまう私はどうかしてしまったのかな? これがいわゆる看病マジックというやつなのか(絶対違う)。


「さっきも少し話したけど、たまに体の調子が良くない事があってさ。食べ物を落としたり、水を零したりする事があるから……」

「だから一人でどこかに行ってるの?」

「あはは、まぁそういう事だね」


 やっと理解できた。そして今の彼の現状を見て更に実感してしまった。今までの事や今日の事を知ってしまった私は、ふと余計な事まで口走ってしまう。


「なら、私と一緒に食べようよ?」

 ………………

 …………

 ……

「…………ふぁい?」


(……ん? あっ、やっちまったぁぁぁぁ、後先考えずに思った事をすぐ口走る性格がここに来て裏目にぃぃぃ。ほら、鬼神君も変な返事して固まってるじゃん)


「い、いやぁ、その……ほら」

(言い訳が出てこないよぉぉぉ)


「あっ、えっと……つまりお昼を一緒に食べるって事?」

「はいッ! そうですねッ!」


(なんで元気のいい返事をしてるんだ私は……ダメだ脊髄反射のように反応してしまった)


「だったら一緒に食べたいな」

「…………ふぁい?」


 今度は私が変な返事をしてしまっている。彼はなんて言ったのかな? 一緒に食べたい? 私と?


「いいの?」

「桃宮さんが誘ってくれたんじゃん」

「まぁ、そうだけど」


(なんで、誘った私の方が照れてるのよ。なんか悔しいわね)


「ふ、ふん! 私と一緒にお昼を食べられる事をありがたく思いなさい!」


 昨日漫画で見たツンデレヒロインはこんな感じだったわね。これでどうかしら?


「っはは。桃宮さんの色々な一面が見れて楽しいよ。学校でもこんだけ楽しく話したいなぁ」

「〜〜ッ!」


(ダメだぁぁ、私のライフが持たない。そんな素敵な笑顔で見つめたら卑怯だよ鬼神君)


「でも嬉しいな。桃宮さんと学校でもお昼を食べられるなんて」

「う、うん。誘ったの私だから約束は守るよ」

「でも良かったの? 犬飼さん達と一緒に食べてるよね?」

「まぁあの子達は私をからかって楽しんでるだけだから……私としては清々するわよ」

「そ、そうなんだぁ」


 事実、昼食の時間というのは悪友達に囲まれて女子トークをしているに過ぎない。女子トークといっても、主にソラが私をからかい、かおるが煽り、そして咲葉がトドメを刺す。


(……うん、抜け出そう)


「いつもは何処で食べてるの?」


 話題転換とばかりに私は彼に聞いてみた。教室や学食、中庭で見かけた事がないから別の所で食べているのだろう。


「誰も来ない裏庭にさ、花が見渡せる所があるんだよね」

「へぇそんな所あったんだ」

「風が強い時や雨の日は無理だけど、天気がいい日はそこで食べてる」

「じゃあ、今度から私もそこで食べる」


 彼は私に顔を向けると、少し微笑んでから「ありがとう」と言ってくれた。


 もうそろそろいい時間になってきたのでお開きにしようという事になり私は帰り支度をする為に席を立つ。すると彼がおもむろに私の裾を引っ張って呼び止めた。


「ん? どうしたの鬼神君」


 彼を見ると、まだ熱があるんじゃないかと疑ってしまうように顔が赤い。長居しすぎて悪化させてしまったのか。申し訳ない事をしたなと後悔していたが……


「あの……桃宮さん」

「ん?」

「その、えっと……連絡先……教えてくれない?」


 どうやら顔が赤くなっていたのは、私に連絡先を聞くためだったのか。そんな彼に対して私は「もちろん」と言って連絡先を教えた。程なくして私は彼に見送られて玄関へと向かう。


「送ってあげられなくてごめんね」

「いいって、駅でお父さんと待ち合わせしてるから」

「それなら良かった」

「早く元気になって、学校に来てね! そして一緒にお昼を食べよう」

「うん、楽しみにしてる」

「それと……花見も」

「うん! もっと楽しみにしてる」

「じゃあね! お大事に、そしておやすみ」

「……バイバイ、ありがとうおやすみ桃宮さん」


 大好きなお気に入りスポットの大きな木と最近気になる男の子に別れを告げて私は坂道を下る。


(色々パターンを用意していたのに、結局彼から教えてもらっちゃった……えっへへ)


 新しく私のスマホに入った連絡先。


『鬼神千姫』


(初めて男の子から連絡先を教えて貰った)


 今まで私に教えてくと頼んできた男子はいたが、下心が丸見えだったのと、咲葉やかおる達の中継役に使われるだけだったので全て断ってきた。





 そんな初めての男の子の名前を指でなぞりながら、私はそっと……鬼神千姫をに仕舞い込む。

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