③-3

「おおっ、わかってんじゃねえか――。うわっ、なんだここ!? おい、早く助けろ、おい、てめえ」

 じりじりと後ずさる長崎の背中に掌を当てて止めて、改めて、見下ろした。長崎が多賀を見上げ、へらりと笑う。

「何だ、どうした――」

 その頬を張って、蹴った。無様に転がり、そのまま縁を越える。

「あ」

 長崎が、間抜けな顔をして、視界から消えていった。

「~~っ⁉」

 最後に、吸い込むような声が聞こえてた気がして、地面との鈍い衝突音が響く。

 髪を掻き上げ、額に風を受ける。

 柔らかく水が詰まった重たいものが弾けるような音もしたが、見たくもなかった。

 踵を返す。

 目の前に、世にも美しい女が立って、微笑んでいた。

「お見事」

 義堂だった。そのまま近付き、多賀を抱き締める。

「よくできたわ。おめでとう。でも、まだ最後の儀式が残ってるわよ」

 そう言って、多賀を振り向かせ、背中を押して屋上の縁へ追いやった。

「下を見て?」

 義堂の言葉には逆らえない。

 血が、ぶちまけられていた。真ん中には、へちゃげた人影。

 息を呑んだ。

 平気な振りをしても、現実を突きつけられれば、何てことをしたのだ、と怖くなる。

 急に震えだした体を、後ろから抱き締められた。

 義堂が、腕に力を籠める。

「大丈夫よ。大丈夫。何も、問題にならないから。ただ、これを貴女が成し遂げた、ということを覚えていて。これが結果だ、ということを、忘れないでいて。そうすれば、貴女はもっと、強くなれるから」

 多賀は頷いて、義堂の腕に手を当てた。それを、掴む。

 義堂は多賀の首に顔を埋めるようにして、息を吸った。

「これから、一緒に強くなりましょう? 大丈夫、私と貴女は、これで一心同体。もう、何も怖くないわ」

 多賀は、ただただ首を上下に動かすしかできなかった。

 義堂の体温が伝わってきて、あの香りが漂ってきて、やっと、あの決意の心を思い出す。

 大丈夫、大丈夫。

 多賀は義堂の手を握り、その言葉を繰り返していた。

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