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「塾の生徒の顔なんか、一々覚えていられるわけないだろう」

「あんな美人でもか」

 信藤は、多賀と一緒に取材をした塾講師、北上の許を訪ねていた。

 北上は、邪な思いを抱いていたくらいには、義堂に対して好意を持っていた人間だ。もし多賀が義堂だったとしたら、どこかで気付かなかっただろうか。自分を棚に置いておいてなんだが、多賀もあれだけ美人なら、違いに気づかないはずが無い。

 だが北上は、首を横に振るばかりだった。

「多賀という生徒は、元々不真面目だったし、義堂と仲が良かった、というのも最後の方で少し知ったくらいなんだよ。ただ、あの見た目だ。金髪と蒼い眼、美人だった、ということは覚えていたが、そう正確には……」

 北上の言葉に、信藤は眉根を寄せる。

 そういったアイコンに引っ張られて、彼女を義堂と気付かなかった可能性が、信藤自身にもあるのではないか。

 勿論彼女も整形や化粧など、変装を施してはいるだろう。自殺で事件性がなければ歯型は調べられないかもしれないが、それでも弄っているかもしれない。いやそこは、歯医者を篭絡したか――。

少し脱線したが、とにかくそれでも、大きな印象というのは変えられないはずだ。そこで、逆にまったく違う大きな印象を持つ者を、取って代わる対象として選んだのではないか。そして、親以外で気付く可能性のある者として、信藤たちを実験台に選んだ。いやきっと、それも保険としてもっと大勢の人間にアプローチをかけていただろう。信藤は、その中のひとりに過ぎなく、たまたま、一番早く、ここに辿り着いただけなのだ。

 一番変えられないのは声だが、それも、急に元の声に戻ったあの日のことを思い出すと、変声器だったり声を作ったり、何らかの方法を使っている、と考えるのが自然だ。

 信藤は顔を上げ、北上の許を訪れた日を思い出しながら、質問を重ねた。

「多賀翼、という生徒は、本当にいるんだよな」

「それは、間違いない。名簿でも調べた」

 そもそも学校に乗り込んだのだ。多賀翼、という戸籍が存在するのは、その通りなのだろう。

「多賀と仲の良かった生徒とか、わからないのか」

「知らないな。あの外見だ。夜の街の方が友人が多かったんじゃないのか?」

 北上がまた失礼なことを勝手に言っているが、信藤はその意見には懐疑的だった。

 そのようなアンダーグラウンドの人間にもし入れ替わりが見つかったら、骨までしゃぶろうと狙ってくるに違いない。偏見かもしれないが、その可能性がある限り、ここまで用意周到に進めた義堂がその危険を選択するとは思えなかった。

 多賀は、ネグレクトされ、それでもグレきれず、親に喜んでもらえることをどこかで期待し、孤独に塾に通っていたのではないか。

 そして、そこで天使のような、彼女の思い、期待に全て応えてくれる友人に出会った。

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