滑り込むセーフ
「……遅い、遅すぎる」
ガヤガヤと賑やかな祭り会場の一角、布で仕切られた謎に張り詰めた緊張感があるその場所で一人の男が不安そうにそう呟く。
「流石に遅いな、もう開始まで二十分切ったぞ」
「もしかして何かあったんじゃ……」
「いやいやまさかそんな」
「で、でもあの子、一回お祭りでそうゆう目に合ってるし……」
「い、いや、大丈夫だろ……多分」
「ね、ねぇ……ウチら探しに行った方がええのでは?」
「でももうそんな時間はないだろ!」
「だからって放っちゃおけねぇだろうが!もしあの子に何かあったら────」
「皆さん遅れてごめんなさいっ!!っとわっととととこけるこけるこけるぅー!」
最早一触即発といったその雰囲気の中、前のめりになって飛び込んできたその少女は前のめりのまま止まることが出来ず、反対側の仕切りに突っ込みかけた所を受け止められる。
「大丈夫かい!?怪我はないか!?」
「おじちゃんのおかげで何とか……ありがとうございました」
「それよりだいぶ遅れてきたけど何かあったの?」
「その実は……魚屋のおっちゃんに出店の店番頼まれちゃってて……」
「平吉郎の仕業だったのか……」
「アイツ……今度シメてやる」
「うぉぉぉ怖ぁ……じゃなくて。遅れてきた私が言うのもなんだけど、皆さん今日はよろしくお願いします!」
そう言ってぺこりと大人達に頭を下げた少女、千代は頭を上げると可愛らしくニコリと微笑んだのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「せっかく一緒に回ろうと思ったのに……どこ行ったんだよ千代の奴……」
結局この時間にやる事があるって事しかわかんねぇし……
「お!れーたろー発見!」
「あ、ほんとだ。おーいれーくーん」
ん?この声は……
千代と別れてから数分、数分ウロウロと祭り会場を歩き回り舞台広場へとやって来ていた礼二が後ろから聞きなれた声を耳に捕え、そちらに振り向くとそこには……
「叶奈ちゃんに綺月ちゃんもお祭り来てたんだ」
「うん、せっかくだからね。所でれーくんちよちー知らない?」
今年は違う浴衣で可愛らしく着飾った綺月と、毎年変わらない浴衣の叶奈がからんころんと下駄を鳴らしてこちらへ来たかと思うと、千代の事を聞いてきた。
「千代?探してるのか?」
「そう、ちよちー探してるの。今年用事あるって断ってたのに姿見たってかなちーから聞いたから」
「うん!みたぞ!」
「みつけてから「どーして嘘ついたのーっ!」って聞いてほっぺたむにむにしてやるの」
「お、おぉ……そうか…………女って大変だな」
「ん?何か言った?」
「いや何も」
「というかせっかくだしれーくんもちよちーさがすの手伝ってよ!」
まぁ俺も千代を探すつもりだったし。
「分かった、手伝うよ」
一緒に探した方が見つけやすいだろう。
「千代は放っておくと何に巻き込まれるか分からないからな、俺がついててやらないと」
そう言って礼二が肩を回し一つ気合いを入れようかとしたタイミングで、その礼二の耳はペペンッという楽器の音を捕え、ふとそちらを振り向く。
するとそこには────
「それじゃあ探すよー!かなちー、準備は────ちよちー?」
「これ……もしかして千代が弾いてるのか?」
「凄い……なんというか……凄いなちよよん……」
落ち着いた作りでありながらもとんでもない上物だと分かる三味線を、見た事のない優しい笑みを浮かべた千代が舞台の上で弾いていたのだった。
そしてその雰囲気と奏でられる聞いた事のない速いがメリハリのあるその美しい曲に、礼二達だけでなくこの会場にいた全ての人が心を奪われ聞き入っていた。
こんな舞台で皆の心を掴むだなんて……
「やっぱお前はすげぇよ。千代」
一曲を弾き終え広場中からの大歓声に包まれた千代を見ながら、礼二はそう思いつつ始まった次の曲へと耳を傾けるのであった。
祭りの夜はまだまだ長い。
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