第93話 質問、何度訊かれても


 部室を出た俺たちは演劇の会場となる体育館へと向かった。

 体育館へ向かうまでの道のりではみんなが緊張するそぶりを見せる中、俺はと言うと演劇をすることへの緊張感よりも蒼乃の態度が変化したことを気にしていた。


「どうした? 人前に出るのそんなに苦手なタイプだったか?」


 緊張、と言うよりも頭を抱えて悩んでいた様子の俺を気にかけた玄人が心配して声をかけてくる。


「いや、緊張してたわけじゃ無いよ。他ごと考えてた」

「俺もそんなに緊張するタイプじゃ無いけどさ。流石に演劇前に他ごと考える余裕はないわ」


 悩みが消え去った訳では無いが、玄人が声をかけてくれたおかげで一瞬とはいえ蒼乃のことを考えずに済んだ。

 普段から俺のことを気にかけてくれて、俺が悩んでいるときは無意識でも俺の悩みを忘れさせることが出来る玄人には頭が上がらない。


 体育館に到着すると文芸部が行う演劇の二つ前の出し物、バンド演奏が行われていた。


 本来であれば朝一から入念に準備するべきなのかもしれないが、今回の演劇は俺と蒼乃の出会いから結末までを描いたもの。

 衣装は俺たちが普段着ている普段着と学生服のみのため、準備をすることは特に無い。


 何かしなければならない準備があるとすれば心の準備だけだ。


「それじゃあ女性陣は普段着に着替えてくるから。男性人よりも時間がかかると思うけど、よろしく」


 女性陣が女子更衣室へと移動し、俺と玄人も着替えをするため男子更衣室に向かった。


 更衣室に到着すると玄人が唐突に質問を投げかけてきた。


「なあ、演劇前にもう一回だけ確認させてもらってもいいか?」

「ん? どうした?」

「白太は本当に緑彩先輩が好きなんだよな?」

「なんだよまた。昔からずっと言ってるんだからわざわざ言わなくても分かるだろ? いや質問されたからには言うけどさ。俺は緑彩先輩が好きだ」

「そうか。それで本当に後悔は無いな?」


 紅梨ならず玄人までもが俺の気持ちに疑念を抱いているようだ。


 なぜ俺以外の人間が俺の気持ちを分かった様に話す? 俺の気持ちを一番理解しているのは俺自身のはずだ。


「無いって。なんでわざわざ演劇前にそんなこと聞くんだよ」

「お前もさ、蒼乃ちゃんを振って今日緑彩先輩に告白するって覚悟決めてただろ? でもそんな白太よりさ、蒼乃ちゃんの方が覚悟を決めた顔してたから」

「……そうか? 確かにおかしいところはあったけどそんな顔してたようには見えなかったけど」

「とりあえずさ、もう一回考え直してみろよ。演劇が始まるまでにさ」


 考え直せと言われてもこの悩みについてはもう何度も頭を抱えながら考え尽くした。


 その結果、俺は以前から想いを寄せていた緑彩先輩を選ぶことに決めたのだ。


 もう考える必要は無い。


 俺は、緑彩先輩が好きだ。

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