第89話 露骨、その場の空気に流されて
朝のホームルームを終え、遂に文化祭がスタートした。
俺たちのクラスの出し物はメイド喫茶。メイド喫茶ということで女子はホールでメイド服姿で接客をしており、男子が仮説の厨房で料理を作るという形になっている。
男子に料理が出来るのか、と疑問に思う人もいるだろうが、料理を作ると言ってもコーヒーとミルクを混ぜてカフェオレを作ったり、冷凍のデザートを冷蔵庫から出して皿の上に乗せる程度の作業しかやらない。
そんな簡単な作業をしているせいで余計なところに目が行く生徒も散見される。
「おい白太、緑彩先輩とか蒼乃ちゃんみたいな超絶美少女がいるわけじゃないとは言ってもやっぱクラスメイトの女子がメイド服を着てるのはなんかこうグッと来るな」
「そんなとこばっか見てないで仕事しろよ。まぁ確かにいつもと違う特別な雰囲気になるのはいいなって思うけど」
クラスメイトの女子のメイド服姿を見ただけで俺と玄人は心を躍らせている。男子とは本当に単純な生き物だ。
そんな自分に呆れていると、仮説の厨房にいた俺の前にメイド服に着替えた紅梨が現れた。
「この服、どうでしょう。似合いますか? ご主人様」
そう言ってフリフリのメイド服を見に纏った紅梨は普段の暗いイメージとは真逆の可愛らしい人形のような姿になっていた。
そんな紅梨の姿に見とれ、一瞬動きが完全に停止してしまった。
紅梨のメイド服姿に見とれていることをさとられないように普段通りに返事をするよう心がける。
「ま、まぁいいんじゃないか。似合ってるとおもう」
「あ、白太今私に見とれてたでしょ」
「み、見とれてねぇよ⁉︎ はぁなんし⁉︎」
「ぷっ。焦って普段使わないような言葉使っちゃってるよ。図星って事だ」
ぐうの音も出ない俺は赤面しつつも黙々と調理を続ける。
そんな俺を尻目に、それじゃあ私も働きますか、と言って紅梨はホールに去っていった。
そのやりとりを見ていた玄人は呆れたように一言。
「お前、今朝紅梨の事振ったばっかだろ」
「わ、分かってるよ」
「まぁ紅梨も普通の女子と比べて飛び抜けて可愛いことに間違いはないからな。振った後とはいえ見とれるのも仕方がないか」
「ちょ、まだ俺が紅梨振った話ネタにするのは早くない? 俺の心もまだ癒えてないよ?」
そうは言いながらも、俺が紅梨を振った話を暗い雰囲気で話すのではなく、笑い話として明るく話してくれる玄人に救われているのかもしれない。
その後、黙々とメニューを提供していると、仮説の厨房の入り口からヒョコッと顔を出す蒼乃の姿が見えた。
「白太先輩‼︎ こんにちわ‼︎」
「おおっ。蒼乃か。よく俺が厨房にいるって分かったな」
「外にいる紅梨先輩に聞きました。私、特にクラスで役割とか割り当てられてないので暇なんですよね」
「割り当てられてないとかあるのか」
「白太先輩達もそうだったんじゃないですか? この学校って1年生はあんまり大々的にお店とか出せないじゃないですか」
「あーそういえばそんな感じだったな」
俺たちが通う高校はそこまで大々的に文化祭を行っているわけではなく、1年生の出し物はこじんまりとした物になる。俺が1年生の時は車の模型か何かをダンボールで製作して展示してた気がする。地味すぎるな。
ーーあれ、でも今ここに蒼乃が来たってことは俺と文化祭回りたいってことか?
「もう暇で暇で。あーあ、誰か一緒に回ってくれないかなぁー」
ろ、露骨な一緒に文化祭回りたいアピール‼︎
……まあ緑彩先輩と一緒に回る約束をしたわけでもないし、いいか。
「じゃあ一緒に回るか? 俺ももう直ぐ当番終わるし」
「ーーはい‼︎ 一緒に回りましょう‼︎ それじゃあ私、外で待ってますね‼︎」
そして蒼乃は満面の笑みで厨房を後にした。
「おい、白太。お前今日蒼乃ちゃんの事振るつもりなんだよな?」
「……今は何も言わないでくれ」
俺は自分の行動が結果的に蒼乃を傷つける事になると分かっていながら、その場の空気には逆らえなかった。
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