第70話 決定、覆らないもの

 緑彩先輩が一度やると決めた事はこれまで覆ったことはない。


 これまでも俺たち文芸部は激しい波の様な緑彩先輩の勢いに流され、何度も苦難を乗り越えながら部活動を進めてきた。


 しかし、今回ばかりは緑彩先輩の思い通りに進めさせるわけには行かない。

 緑彩先輩のやりたい事はやらせてあげたいし、これまでもそのために尽力してきたが、今回は入部以来初めて緑彩先輩の意見に反論することにした。


「文芸部が演劇をするんですか? 流石に無理な様な気がしますし、文芸部はシンプルにおすすめの本の紹介とかがいいんじゃ無いですか?」

「あら、私はそうは思わないけど。白太くんはなぜそう思うの?」


 なぜそう思うのか、と問われると理論的に説明できる理由は無い。寧ろ絶対に成功するという自信すらある。

 文芸部が文化祭で演劇をするのが珍しいのは確かだが、やろうと思えば出来ない事はないだろう。


 俺が演劇をやりたくない理由は蒼乃と関わる回数が増えるからだ。


 だが、それを正直に言えるわけもなく、俺は頭に浮かんだ適当な言葉を並べてみた。


「そもそも演劇ってのは大勢の部員がいて完成するものです。照明とか大道具がいて作業を分担出来るから成り立つんです。それを、今ここにいる6人だけでなんとかなるんですか?」

「白太くん、なんとかなるのか、ではないわ。なんとかするのよ」


 何をやるときもいつもそうだ。緑彩先輩は計画的に考えるよりもまず行動を起こす人。

 そんな事をしていればいつか失敗しそうなもんだが、そのやり方を貫き通してきた緑彩先輩が大きな失敗をしたところを見たことが無い。


 後輩として、好きな人として、これまでずっと緑彩先輩を見てきたからこそ分かる。


 だから、今回の文化祭で演劇をするというのも蒼乃の件が無ければ全く不安視はしていない。


 きっと緑彩先輩なら何とかして成功させるのだろう。


「まぁ確かに、今までも何とかなってますしね……」

「そうよ。思いついた事をやらずに後悔するなんてもったいないでしょ? それなら失敗してから後悔した方がよっぽどいいわ」

「先輩は失敗するのが怖くないんですか?」

「最初から失敗すると決めつけるより、成功するビジョンを思い浮かべる方ね」

「……納得です」

「そうと決まればどんな内容の演劇をするかを決めないとね」


 やはり俺には緑彩先輩を止めるのは無理だったようだ。俺の反対意見などそっちのけで演劇をする方向で話が進んでいる。

俺以外に演劇を反対するものももちろんいない。


 「とりあえず今日はもう部活も終わる時間だし、明日までに各自考えておいて」


 今までの自分に比べれば精一杯反論はしたが、俺たちの文化祭での活動は演劇に決定した。

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