第40話 物欲、欲しいものはと聞かれても

 2人きりとはいえ、本屋での買い物は部活動の一環でデートとは言い難かったが、ショッピングとなると本格的にデートっぽくなるな。


 色々と歩き回ったが、緑彩先輩は何かを購入するわけではなくただひたすら歩き続け各店舗を見て回っている。


「緑彩先輩は何か欲しい物あるんですか?」 

「まぁ特にあれが欲しいってのは無いわね。女の子は欲しい物が無くても、ウィンドウショッピングをしてるだけで楽しめるのよ」


 確かに。俺も緑彩先輩を見てるだけで十分楽しいです。


「そんなもんですか」

「白太くんは何か欲しい物は無いの?」

「欲しい物ですか……。特に無いですね」

「あら、物欲が全く無いのね」


 まあ強いていうなら緑彩先輩が欲しいですけど。


「何か一つは欲しい物を言えって言われたら本に挟むしおりって言います。玄人に貸してなくされてからは自分のしおりが無いので」

「しおりね……。欲しい物がそれしかないって言うのもどうかと思うけれど」


 まあしおり以外に欲しい物って言ったら緑彩先輩ですけど。


「ちょっとお手洗いに行ってきます」


 緑彩先輩とのお出かけにも少しずつ慣れ、緊張が解けてきた。

 そのせいか、俺は尿意を催し、緑彩先輩を待たせトイレに入った。


 小便をしながらしみじみと思う。俺、なんだかんだ幸せだよなぁ、と。


 緑彩先輩には振られてしまったわけだが、美少女の蒼乃が仮とはいえ俺の彼女で、今は緑彩先輩と2人きりでお出かけを楽しんでいる。


 こんな状況を幸せと言わずになんというか。


 まぁ傍から見れば彼女がいるのに別の女の子と遊ぶ浮気者なんだが。


 手を入念に洗い、ハンカチを取り出して水を拭く。そして鏡で自分の姿を確認し、髪の毛を少し直してから外に出た。


 ……あれ、緑彩先輩がいない。何処へ行ったのだろうか。

 辺りを見渡しても緑彩先輩は見当たらない。


 ん? なんだか見たことある人がいるような……。あれ、もしかして……?


 ――あ、蒼乃‼︎


 なんでこんなところに⁉︎ というか、蒼乃の横にいるのは……。

 男だ。だ、誰だあのイケメン男は。何やら親しげに話している。


 蒼乃からは男の影など微塵も感じたことはない。え、まさか俺は仮の彼氏だから別の男と?


 いや、でも蒼乃はそんな奴じゃない。人の気持ちを考えられる優しい子のはずだ。


 どうしよう。跡をつけたいが俺には緑彩先輩がいるし……。


 恐らくあれはお兄ちゃんでしたとかいうオチだろう。きっとそうだ。

 俺はそう思いこみ、先輩をトイレの前で待つことにした。きっと先輩もトイレに行っているのだろう。


 トイレの前の椅子に座りスマホを弄る。


 しかし、先程蒼乃と一緒に居た男の存在が気になってそれどころではない。


「あれ、白太先輩⁉︎」

「あ、蒼乃⁉︎」


 スマホを弄っていた俺は蒼乃の接近に気がつかなかった。

 蒼乃も俺が立ち寄ったトイレに立ち寄り、鉢合わせてしまったようだ。


「よ、よう」


 蒼乃の横には俺が目にした長身でイケメンの男性が立っている。


「そ、そちらの男性は? か、彼氏?」

「……もう白太先輩何言ってるんですか。私の彼氏は先輩だけです。こちらは私のお兄ちゃんです」


 ……や、やっぱりそういうオチだったか。こんな美少女に妹属性まで追加しちゃダメですよ神様。


 まあお兄ちゃんってなら安心だ……。って、俺は何を安心したんだ?


「あれ、白太先輩は緑彩先輩と一緒じゃないんですか?」

「ああ、多分今はトイレに行ってる」

「そうですか。今日は緑彩先輩とのデート、楽しんでくださいね‼︎ それじゃあ邪魔しちゃ悪いですし私はこれで‼︎」


 蒼乃は右手の指先をピンと伸ばして敬礼ポーズをして去っていった。

 去り際に、蒼乃の後ろにいたお兄さんがニコッと笑い俺に向かって会釈をして行った。


 え、何あの笑顔怖い。狂気じみた何かを感じたんだけど……。


 その笑顔はまるで、蒼乃に悲しい思いをさせたら殺すぞ☆と俺に釘を刺しているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る