16
あっという間に、文化祭当日がやってきた。青く澄んだ、気持ちいい秋晴れの空。
昨日の時点で、通し稽古も先生のお墨付きがもらえるほどのレベルに達していた。高科さんの演奏も見事だったし、全ての大道具小道具が揃って、照明や音響、効果も完璧だった。
午前中は体育館で音楽系部活のコンサートと、1階のいくつかの教室を使って文化系部活の展示が行われる。ぼくは朝の校長先生の挨拶の後、自分の部活の展示のためにいったん技術室に行って準備をして、その後また体育館に戻ってきた。
ちょうど軽音の1年生バンドの出番が終わって、2年生バンドの演奏が始まったところだった。と言っても、良く聴くJポップや日本のロックバンドのヒット曲のカバーだったりするわけだが……
ぼくはちょっと驚いていた。今回はさすがに隆司はメインで出ることはない、と思っていたのに、なんと彼は最初から最後までリードギターを務めたのだ。だけど……やっぱり練習不足なのは否めないようだった。あいつも演劇で忙しかったからな……そう言うぼくも、部活の作品はかなり手抜きなものになってしまったが……
それでも彼らは女子生徒の黄色い声援を浴びて、まんざらでもなさそうだった。最後に隆司がメインヴォーカルで、ちょうどぼくらが1~2歳くらいの頃に流行ったという、洋楽のバラード曲を歌った。生徒たちはあまり聞き覚えのない曲なのでポカンとしていたようだが、ぼくには彼の意図がよく分かった。
これは、中田先生へのメッセージだ。
先生がぼくらと同じ年の頃の曲。それをあえて演る。あいつらしい。ひょっとしたら、これが先生の好きな曲だって事、あいつは調査済みなのかもしれない。それくらいのことは、あいつなら十分やってのける。
これはますます、あいつは先生に本気、ってことなのかな……
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2年生バンドの演奏を聴き終えたぼくは、また技術室に戻ってきた。部活のメンバーでシフトを組んだので、今から30分、ぼくが一人でここで番をすることになる。
それにしても……人、来ないなあ……
同じ文化部でも、書道部や写真部の展示にはそこそこ人が来ているらしい。だけど……技術室は一番奥で、もともと少し入りにくい雰囲気だし、電子工作部と言っても何か成果を上げたわけでもない。でも、今年の部長の長谷川さんが、
ちなみに、今回ぼくの両親は、父さんが前の職場で世話になった人が急に亡くなってしまい、その人は母さんとも知り合いだったそうで、二人とも告別式に行くとかで来られなくなってしまったのだ。ま、ぼくの作品は父さんには見せたし、演劇もぼくが直接出演するわけじゃないので、来なくても別にいいけど……ちょっと寂しい気もするな……
体育館では吹奏楽部のコンサートが始まったようだ。「星条旗よ永遠なれ」が聞こえてきた。続いて「シング・シング・シング」からの、「宝島」。定番だなあ。そして、「オーメンズ・オブ・ラブ」。そういや隆司が、この曲の原曲のギターソロ、弾けるようになったぜ、とか言って披露してたっけ……
そんなときだった。
「あ、いたいた」
部屋に入ってきたのは……なんと、高科さん!
「高科さん!」
「細野君が、翔太君が作品を展示してる、って言うから、来てみたんだよ」
「そうだったんだ……」
なんか、すごく嬉しい。
「で、どれなの? 翔太君の作品って」
「……うーん。作品と言えるほどのものでもないんだけど……」
ぼくは机の上に並んでいる、二つのスピーカーを指さす。正面から見たら縦横15センチ角くらいの正方形。奥行はその半分くらいの長さだ。
「これ、スピーカーなの? すごく小さいね……って、これ、
高科さんが、「升スピーカー」と書かれた作品名プレートに、目を見張る。
「そう。五合升。百均で買ってきた」
「……」
高科さんが、唖然、といった表情でぼくを見つめていた。
あーあ。だからあんまり見せたくなかったんだよな……
ユニットは中古で買った8センチフルレンジ(ユニットを一チャンネルあたり一つしか使わないスピーカー用のユニット)だし、バッフル板(ユニットが取り付けられる板面)はホームセンターでMDF材をちょうどいいサイズに切ってもらったものだ。
ぼくがやったことと言えば、升の底に小さい穴を開けてスピーカーケーブルを通し、バッフルを升の開いた部分に木工用ボンドで接着、中に吸音材を入れてケーブルを接続したユニットをバッフルに木ねじで固定。これだけだ。はっきり言って超手抜き。全然電子工作じゃない。どっちかというと木工だ。
「これ、どんな音がするの?」と、高科さん。
「聴いてみる?」
ぼくは父さんに借りたミニアンプ、 Scythe SDA-1000 の電源を入れ、それにつないだウォークマンを操作して選曲し、再生を開始した。べニーズの「アスタリスク」。
「……へぇ」高科さんが、ちょっと驚いたような顔になる。「意外に低音出るんだね。こんなに小さいスピーカーなのに」
さすがに高科さんも、低音を出すためには大きなスピーカーが必要だ、という知識はあるらしい。だけどこのユニット、DIY-AUDIO SA/F80AMGは、小さいけど低音が出るユニットとして有名なのだ。ぼくも買ってからネットで調べて初めて知ったのだが。
「いい音だね」高科さんが、ニッコリしてぼくを見上げた。
やばい。もう、めちゃくちゃかわいいよ……胸キュンすぎる……
ふと、曲が終わった。アルバムの曲順そのままだから、「アスタリスク」の後は、バラード曲、「アンパサンド」……
スローな甘いメロディ。べニーズにしては珍しい、ラブソングだ。
「……」
どうしたんだろう。なんか、ドキドキする。
高科さんも、何か言いたそうな顔で、ぼくを見ていた。
こんな時、どうしたらいいんだろう。何を言ったらいいんだろう。残念ながら、経験値が低いぼくの頭では、いくら考えてもわからなかった。
その時だった。
「ごめん翔太、ちょっと遅れちまったな」
ドアを開けて入ってきたのは、うちの部長の長谷川さんだ。気が付けば、彼とシフトを交代する時刻を過ぎていた。
「それじゃ翔太君、またあとでね」そう言って、高科さんはクルッと振り返り、トコトコと技術室を出ていく。
「……もしかして、邪魔しちまったか?」と、少しすまなそうな顔で、長谷川さん。
「いえ、そんなことないです」
あ、でも、ちょっとだけ、そんなことあったかも……
「なんだよ、今の、お前の彼女じゃないの?」
「いえ……高科さんは、今回の演劇の演奏担当なんで……ちょっと、打ち合わせを……」
「ふうん」
やっぱ、ごまかしきれてないみたいだ……明らかに長谷川さんの目つきがニヤニヤしている……ここは早々に引き上げた方がよさそうだ。
「それじゃ、ぼくはこれで」
「ああ」
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