第5話 街並みと観光

「あっ……わああっ……」


 食べ終えた僕はこの世界に来て初めて家の外へと出た。そしてドアを開けた目の前に広がっていた光景は……見渡す限りの草原だった。

 それは写真やゲームなんかでしか見なかったような光景で……本当に現実であるのか一瞬不安になったものの、ポカポカと気持ちいい昼下がりの日差しに鼻をくすぐる草の香りは間違いなくその身に感じることができた。


 どうやらこの家は人々が住む町からやや離れた土地にあるらしい。家の周りを一回りすると、少し離れた位置に飼っているのであろう馬がつながれていたのも、ここが違う世界だと感じさせる要因になっている。


「ふふっ、ここに住んでる私は見慣れているけどレンちゃんにはなかなか新鮮な光景だよね」


 遅れて出てきたセシルさんは何やらバッグのようなものを持っている。これから街に行くわけだし、買い物でもするのかな?


「少し歩くから話しながら行こうか」

「いいですよ~」


 そういって僕たちは並んで、街路を歩き始めた。しかしこうしていると、セシルさん背高いし、脚もスラっとしてるなあ。見事にモデル体型って感じだ。


「じゃあ……まず聞きたいけど、レンちゃんはこの世界についてどう思った?」

 

 いや、どう思ったとか言われても……?


「そうですね。思ってたよりあんまり変わらないなあって……あれ、もしかして……ここも地球ってことですか?」

「うん! 正解! 鋭いね~」


 あ……適当に言ってみたけど望んでいた答えだったみたいだ。


「ここは別の世界ではあるけど、同じ惑星ってことは……」

「大体わかってきた? 時間の流れ、この惑星の外についてはどの世界も同じ。ここもレンちゃんが昨日まで生きていた世界も同じ時系列の上にいて、どの人々も同じ空を見ている。天気は違うだろうけどね」

「ふむふむ」

「早い話が……何らかのきっかけで枝分かれをした世界、並行世界というやつ。えっと、ずらずら説明しちゃったけど理解できるかな?」

「はいはい、わかります。大丈夫ですよ」


 それほど詳しいわけではなかったが漫画や小説などでその言葉は目にしたことがある。というかこの人も何で知ってんの? 

 そんな文明が進歩している世界のようにはちょっと思えないんだけど。


「そしてここが肝心なわけだが、この世界とレンちゃんのいた世界の一番大きな違いは……もう分かっていると思うが魔術というものあるという点だ」

「魔術……」

「そう、この世界の大気には魔力と呼ばれるものがありそれを利用する技術、それを総じて魔術と呼ぶ」

「なるほど……でもどうしてその魔力があるんですか?」


 それを聞いたセシルさんは突然歩みを止めた。あれ? もしかして意地悪な質問しちゃった?


「実はねぇ……私もよくわからない。長年調べていることなんだけどね。でもきっと何かがあるはずだ、人類が生まれる前にこの惑星に何か影響を与えたことが……そんなことを調べるということもロマンがあって楽しいことだよ」

「はあ……」

「もちろん、レンちゃんにも手伝ってもらうよ~」

 

 なんか誤魔化された感がある……本当に知らないみたいだし話題を変えよう。


「それじゃあ、モンスターみたいなのはいるんですか?」

「やっぱりそうきた? そうだね、少しはいる。たま~に生まれる魔力の影響を顕著に受けたりしたやつがそうだ。まあせいぜい他のより大きくなったり凶暴性が増したくらいで、寿命も短かったりするから大したことは無い」

「ふむ……」

「そういうの退治する人たちだったりいるし、レンちゃんの世界だってクマとかが人を襲ったりもそう珍しくないはずでしょ。あと他に分かりやすいので言ったら……魔術師が造る土人形、えっとゴーレムくらいかな。竜みたいなのはお話の中だけだよ」


 そういう感じなのか。なんか平和そうで安心したような……少し残念なような……

 


 その他にもいくつか話しながら歩いていると、目的の街が見え始めた。歩き始めて大体三十分くらいだった。

 そしてその街並みはいくつも並んだ煉瓦作りの建物に石畳の道、馬車と思われるものの走っていて一見したイメージだと現代のものより少し遅れた印象を受ける。

 しかし活気はあり、住宅についても現代のものと遜色無いほど丈夫そうで、なによりも……とても清潔だった。


「どう? レンちゃんが考えていた光景と似るところがあったんじゃないかな」

「はあ……確かにそうかもしれないです。それにしてもすごく綺麗ですね」

「もう少し、汚れているものだと思ってた?」

「言いにくいですけど……はい」

「ふふ~ん、それについては結構私の功績でもあるんだよ」


 ……どういうこと? 不思議に思った僕が問いかけようとすると、それをかわすようにセシルさんは歩行を速め、入り口の門へと向かっていった。


「こんにちは、先生。お買い物ですか?」

「うん、それもあるけど……あの子にこの辺の案内をね」

「えっと……あちらの方は?」

「私の助手ですよ。最近、少し遠出したときに会った子です」

「ほう! あなたがわざわざ見込んだということはやっぱり優秀なんですね」


 なにやら門兵と思われる人と親しげに話している。思っていたより……街の人達と距離近いんだな。


「おまたせ。門兵さんにレンちゃんのことを紹介してきたから。あの人はここ長いから、聞けば大抵のこと答えてくれるよ」

「わざわざありがとうございます。セシルさん、ここの人達にすごく慕われているんですね」

「んん? 外れに住む魔女は他の人間が嫌いとか……そう考えていたとか?」


 図星だった……


「じゃあなぜわざわざ離れたところに住んでるんですか?」

「何か爆発したり、漏れちゃったりしたら迷惑かけるでしょ?」

「爆発……するんですか?」

「まあ、あくまで一つの例えさ。気づいてなかったと思うけど、外出の際には人払いの結界を張ってあるから泥棒とかの心配もないよ」


 やっぱり魔術を研究するということは危険なんだろうか……


 その後は古書店や市場を回りながらこの世界のことを教えてもらった。この国は領土は小さいながらも最近は戦争もなく結構栄えている王国であること、魔術は日常に浸透した技術であり、学校などでも教えている学問の一つであることなど。

 それとさっきから気になっていることがある……


「そのバッグって……買ったもの全部入れてますけどどれだけ入るんですか?」

「これは中の空間を広げてあってね、無限とまではいかないが倉庫一つ分くらいの容量があり重さもそのまま。でもこれは他の人たちには内緒して……わかった?」


 なるほど……いかにもって感じの代物だ。確かにこの世界の文明とはつりあわないものだが……




「おや、お二人お帰りですか?」

「はい、いつもご苦労様です」

「レンさんでしたよね。これからここで困ったことがあれば、自分に聞いてください。そのためにいるようなものなので」

「……はい! ありがとうございます! こちらこそお願いします」


 やがて時間も忘れ、見慣れぬ周りのもの、優しい人々に触れ合いながら色々な場所を回っていると、日も暮れ始め僕たちは帰路へと着いた。

 元の世界よりずっと空気が澄んでおり、地平線に沈みかけている夕日が美しい。


「どうかな? レンちゃんはこの世界でやっていけそう?」

「はい、まあ……」

「そうか……でも人間すぐに慣れるものだ、何も心配することはないよ」

「そうですか」


 そうして語り合う内に今まで感じていた不安のいくつかが無くなった気がした。


「そういえば、今日話したことの他にも教えたいことはたくさんあるからね。また後でゆっくり話してあげるよ」


 そう言って夕日に照らされ振り向いた姿は……とても美しく、何より僕を気遣うような優しい口ぶりの中、セシルさん自身もこれからの二人の生活に心躍らせていることを感じさせた。

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