斜陽の魔法 旭日の産業革命
テラ生まれのT
第一章 時代の荒波
第1話 予期せぬ試練
『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。』───────フリードリヒ・ニーチェ
─1918年 ナキヤ海海上FNS[荒波]
風は、凪いだ。
まだ制服に着られている感の拭えないこの娘、シャナ・ビリデルリングはようやく一息ついた。
身体が凝っている。うぅ〜ん、と少し伸びをして肩を左右に回した。
いくら軍学校を好成績で卒業しようが、堪えるものはあった。
あぁ、ミコはどうなっているのだろう。
友人の心配をしつつも、夕刻の日差しと春のゆるやかな風を浴びながら甲板へと出た。
いい天気だ。白銀の豊かな髪をなびかせながら巡回する。
「おう、ビリデルリング少尉。」
と航海長が声をかけた。
「まともに話すのは初めてだな、どうだ、慣れたか?」
航海長はジロリと上から下にシャナを見つめる。この男はどうやら魔法使いに対して偏見を持っている者らしい。
内心で、この娘、海軍には珍しい長髪だがこれが「魔法使い」の特権か。ケッ気に入らねえ。と考えていた。
「いいえ、まだ慣れておりません。」
と敬礼を解きながらシャナが返事をする。
あまり高くない身長だが大人びている。
白色の軍装に参謀のリボン、支給品ではない古い直剣を腰に据え、口は真一文字、目の奥には冷徹さが潜んでいる。
シャナは私はまだ業務がありますので、と一礼しまた歩き出した。
シャナは魔法使いだ。ウォブル地方に生まれ、当然のように連邦軍学校へと進学した。
今、魔法使いの存在というのは、昔より特別な存在ではなくなっている。
18年前、連邦では工業の革命と魔法使いの技術の劣化に伴いそれまで共存共栄していたはずの人間と魔法族に溝が生まれた。
魔法使いは劣等種族だ、とこれまでの長年の歴史による鬱憤を晴らすように、非魔法族たちは魔法使いたちを差別的に扱った。
そして、それに耐えきれなくなった魔法族たちは蜂起を起こした。要求は勿論、魔法族の待遇改善だ。
勿論少数派である魔法使いが鎮圧された。が、大きく爪痕を残した。
特に軍では、内戦での魔法使いの力を過剰なまでに評価し、魔法使いを積極的に雇用するようになった。
ようやく巡回も終わりシャナは自室へと足を運んでいた。
本をぱらぱらと開きながら、考え事に浸っていた。
あの国籍不明の船…わたしの情報が正しければ───。
このところ我が国の海域で国籍不明の船が出没しているとの噂を、便利屋のように艦内を飛び回っているシャナも聞いていた。
「各員警戒態勢。海上に国籍不明艦あり。持ち場につき、指示を待て。」
けたたましくサイレンがなると同時に、スピーカーから声が響いた。
シャナはついに出たかと部屋を飛び出し、いつもは真一文字の口を歪ませながら指揮所に向かう。
少尉ともあろう人間が走るというみっともないところ下士官に見せたくないために、走り出したい気持ちを抑えつつも、まだ若い活発さがあいまって大股で大きく腕をふり、尻をぷりぷりと左右にゆらす。さながらフルパワーに出力した水雷艇のようであった。
シャナも、駆逐艦荒波が初めてフルパワーを出しているのを感じた。
この駆逐艦は外洋航行に優れローリング(横揺れ)の少ない船として評判にあったが、この時はシャナも波で艦がぶるぶると揺れていることに気付いた。
駆逐艦・荒波。常備排水量1,445トン、速力37.25ノット、100ミリ連装砲3基6門、連装魚雷発射管を2基持つ。
小さな国だが同盟国である桜華皇国の作った船だ。
「状況は以下の通りだ。」
シャナが海図を広げ、顎髭の蓄えたサノスビッチ艦長の説明を補佐する。この内容を本国に打電するように、と艦長が前置きしつつ語り始める。
「ナキヤ海海上B2区画──つまり我々の警邏範囲で国籍不明の駆逐艦と思わしき小型艦を発見。無線にて応答を求むもこれを無視しB1区画へと移動しつつある。我々はこれを拿捕ないし最悪の場合撃沈させる。以上だ。」
「もとよりこのパトロール任務はこの時を想定して行われたものや。」
「ビリデルリング少尉、艦長として君の意見を聞きたい。なにせこの艦に参謀という存在は君が初めてやからな。」
マリアーノ地方南部の訛りを効かせて、艦長が少し楽しげにシャナを覗く。
急に振られたシャナは狼狽したが、すぐに答えを出した。
「は、はい。艦長の意見に同意します。が、今すぐ行動を起こし海上にて接触を試みましょう。日没まであと2時間もありません。闇夜では相手を取り逃がす恐れがあります。」
シャナは皆にばれぬよう、わずかに唾を飲み込んだ。
「非公式ではありますが、私の情報筋によると件の船は隣国の大マウロ人民帝国のヴェネター級軽クルーザー…駆逐艦だと思われます。」
「クーデター政権ですが最近この大陸では国家単位で不審な行為をしており警戒を厳にすべきです。」
彼女は私見を交えてまとめた。
おお、と反応する幕僚たちを後目に、シャナは考え事をしていた。
国境沿いの軍が不審な動きをしているとミコが言っていたな…。この行動も何かしらの布石ではないのか。もしかして…。
この後の恐ろしい予想をシャナはかき消した。
あの駆逐艦は連邦を戦争に引きずりこむための罠ではないのか?いや、難しい判断は本国の連中がすることだ。今は目の前の船を捕らえるしかない。
──1918年 フランブル地方 西部方面軍 第13旅団司令部
続く
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