第1001話 35枚目:進化完了

 肉の柱はそのままボロボロと溶けるように崩れていき、空間の軋みと揺れも、不吉な気配も、ついでに周りに湧き続けていた取り巻きの異形達も、あっという間に収まって消えていった。

 チン、と硬質な音と共に聞こえた声に振り返ると、そこには進化前に着替えた服のエルルが、腰に下げた大太刀を納刀しながらこちらへ歩いてきている。

 ……の、だが。


「えーとエルル。まずものすごく髪が伸びている上にさらさらになっている事と背負っていた剣の行方について聞きたいのですが」

「まず第一声がそれか! 本当にこの降って湧いた系お嬢は!」

「他に何を聞けと?」


 正直に疑問に思ったことを口に出すと、額を押さえて呻かれてしまった。え、いやまぁそりゃ肉の柱を斬ったのはエルルだろうし、あれは対応する神話の神の力が必要だった筈だから、それも多分重要なんだろうけどね?

 とりあえず見た目の変化が気になるじゃないか……! と、恐らく腰くらいまでに伸びただろう1つまとめの髪と、その髪の下にあった筈の剣について聞いた訳だ。見た目は重要だよ? しかしまーイケメンが更にイケメンになったな。


「……エルルリージェ、今斬ったのって、確か特定の神話の力が必要だった筈なんだけど…………進化の時に宗旨替えしたのかい?」

「お前はお前でどうしてそうなる!?」


 なお、サーニャがその点について聞いてくれたが、こちらはこちらで聞き方がずれていた。流石にそれはないって私でも分かるよ。そもそも、この場所にはあの神話由来のものが何もないし。

 まぁ、そういう意味で、可能性としてありうる、っていうのは、1つしかないんだよなぁ。


「そりゃあ、だって、進化ですし。……エルル、『勇者』になったんでしょう?」

「おう」


 短いその返事を聞く限り、私だとすぐ正解に辿り着くと思ってたな。驚いた様子がない。

 いや、うん。私もびっくりしてるけどね? まさか進化先に出てると思わないし、しかもエルルがそれを選ぶとは思わないじゃん。時間がかかるもんだと聞いてたし、それこそ3時間フルでログインしてギリギリ見れるかなって思ってたのに。

 メニューから時間を見る。リアル午前0時半。予定からすればだいぶ早いな。まだ夜中じゃないか。


「なんでわざわざ苦労する方に行きますかねぇ」

「お嬢がそれを言うか」


 しっかしエルルが『勇者』かぁ……。と、今後起こりうるだろう諸々に対して私が遠い目をしたところで、ようやく理解が追いついたのだろう。

 サーニャを中心とした驚愕の声が、氷の大地に響き渡った。




 ポラリスアルブス・ナイトドラゴン・ブレイブ。

 ……というのが、進化したエルルの種族名らしい。最後にくっついている「ブレイブ」というのが『勇者』の証なんだそうで、竜族から『勇者』が出るのは、少なくとも遡れる範囲の歴史では初めてだそうだ。

 相変わらずエルルは真っ白だが、どうも進化したことで種族特性がようやく完全に開放されたらしい。その結果、エルルは「光に紛れる」事が出来るようになったようだ。

 氷の大地でやってもらったら、マジで分からなくなったからな。闇じゃなくて光に紛れるとか、そんなのどうやって対策すればいいんだ。暗いと見辛いから光で照らすのに、その光に隠れるとか。光学迷彩かな? いや、もっとすごいな。


「もはやエルルに出来ない事の方がないのでは?」

「じゃあお嬢、前に出ないでくれ」

「それは無理ですね」

「早速出来てないんだが」


 そしてなんか、精神的にもギリギリ感が無くなって、こういう冗談を言うようになった。憑き物が落ちた感じだ。進化ってやっぱり大きいらしい。

 ちなみに背負っていた剣だが、あれは『勇者』になるときのサービスって事で、鍛えている途中の大太刀と統合されたようだ。心境の変化がすごいな?


「え、いいんですか? 扱いがだいぶ変わるのでは?」

「いいんだよ。というか、小回りの利く武器の方が合ってるのは分かってたしな」


 ……大太刀もそこまで小回りが利くという訳ではない筈だが、まぁ、グレートソードと比べれば、確かに?

 しかし合わないのを分かってて使い続けていた武器、つまり何らかのこだわりを持って使っていた武器って事なのに、変えるとは……え、本当にエルルどうしたの。なんか逆に不安になってきたんだけど。

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