第999話 35枚目:信心の力

「姫さん!」

「末姫様!」

「来てはダメですっ!!」

「「!?」」


 そこからさほどなく「不届き者」を片付け終えたのか、サーニャとニーアさんの声が聞こえた。それに私は振り返っている余裕もなく叫び返す。息をのむ音は聞こえたが反論は聞こえなかったので、2人にも今この状況……儀式場の成立は分かったのだろう。


「カバーさんが現在真っ当だった神官の方々を連れてアザラシ出島に避難させている筈です、ニーアさん、お迎えをお願いします! サーニャは現状を冷人族の人達に伝えて、神殿の儀式的な防御を固めてもらってください!」

「分かりました!」

「あぁもうっ!」


 私が辛うじて儀式の成立を抑え込んでいる、というのも分かったらしく、指示にはすぐ従ってくれた。この分だとルシル達も防御に回ってくれる筈だ。使徒生まれは同種族と比較すると高めのステータスに加えて儀式類への耐性を持つそうだが、それでもここに割り込めるかというと無理があるだろう。

 私が寒いのを我慢して、儀式補正が一番大きいドレス姿になってるって時点でお察しである。ここにティフォン様達からもらった「ジプソフィアの冠」をかぶった状態が、私の儀式補正最大状態だからな。


「とは、いえ……生贄は全て捧げられ終わった筈なのに、どうしてまだ儀式の強度が上がってるんですかねぇ……っ!?」


 「第一候補」に教えてもらったのだが、【王権領域】は自分の意志で魔力や体力(HP)を注ぎ込む事で、その強度を上げる事が出来るらしい。確かに、大きな儀式をしたら色々持っていかれたもんな。それを自分でやるって事か。

 という訳でこちらの【王権領域】も強化しているんだが、それでも儀式の発動を抑え込むのはギリギリだ。向こうのリソースはもう無い筈なのに、なんで強度が上げられる!?

 邪神の性質からして時間経過ではないだろう。ペースが変わらないって事は同じ捧げもの、つまり生贄の筈だ。問題は、少なくとも私が感知できる範囲には何もないって事なんだけどな!


『戻りました!』

「遅くなりました!」

「おかえりなさいカバーさん。ところでこいつ、生贄は尽きた筈なのに儀式が止まるどころかどんどん強度が上がってるんですが、どんなカラクリかわかりますか!?」


 そして出来れば阻害してほしい! と込めて投げた問いかけには、数秒の間があった。


「――どうやら各地に出現していた肉の柱、その取り巻きの眷属が、次々に自壊を始めているようです。恐らくそれらの全てをここに集中しているものと思われます。肉の柱への攻撃は続いていますが撃破報告はありません。恐らく、他の場所にある肉の柱を倒せば強度は下がるかと。伝達します!」

「お願いします!」


 数秒でそれだけの情報を集めて推測出来るんだから、本当に優秀なんだよなぁ。


「なお肉の柱に対する攻撃の耐性は現状検証中、ただし通常の魔法では吸収され物理攻撃は効果が薄いことから、対応する神の神官もしくは『勇者』が応援に呼ばれているようです」

「分かりました。聞きましたね、手出し無用です!」

「いやでも姫さん……っ!」

「吸収という事はいつかの生贄にされかけた町と同じですよ!」


 サーニャもあの件には関わってたからな。吹っ飛ばして終わり、ではないのだ。しかも今回の場合この肉の柱自体が祭壇であり儀式場である儀式の主導者だろうから、上だけを切り飛ばすとかいう訳にはいかない。

 まぁ、今のところ儀式の強度が上がると言っても自己回復でまかなえている範囲だ。耐性もしっかり上げてきたのでしばらくは大丈夫だろう。

 ……このペースで儀式の強度が上がり続けるとするなら、それでもどこかで限界は来るだろうが。


「時間経過で事態が解決するのは分かっているんです、時間が味方である以上、何も問題は――」


 手に持った杖が、空間よりは小さな音で軋みを上げているのを聞きながら、重ねて手を出さないように告げる。問題がない。訳ではない。だが、ゴールは見えている。それぐらいの時間は耐えられるだろう。

 そう判断し、言いかけた私の声を遮るように。


「――――szxdcfvgbhんjmkぉきじゅhygtfrでswrlryyyyyyyyyy!!!」


 肉の柱が、再度咆哮を上げる。それと同時に、上の方に辛うじて引っかかっていた神官服が、とうとう破れて氷の大地へと落ちた。

 同時に、周囲にざわりとよくないものの気配が湧き上がる。……マジか。


「いけません、即刻殲滅して遠くへ吹き飛ばしてください!」


 私が口を開くより先にカバーさんが指示を出し、文字通り空間から湧いて出た異形達が、出現する端から致命傷となるダメージを叩き込まれ、遠くへ吹き飛ばされる。

 そうか。神官服、それも狂信者となるほど強い信仰心を持った神官が着ていた、秩序属性の神の。……なるほど、利用されていたとしても、「枷」としては十分だった訳か。

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