第693話 22枚目:顔合わせ

「あ」

「うっ」


 いつもの手順として谷の端に光の柱を設置し、洞窟に入ってみて、灯りと動く音が聞こえていたから人が居るのが分かった上で踏み込んでみると、そこに居たのは、お久しぶりなラベルさんだ。1月イベント終盤以来だな。

 私の顔を見るなり呻き声を上げるのはどうかと思うが、まぁいいや。被害者が加害者の事を何とも思ってないのに、加害者が被害者の事を苦手に思うという謎現象。名前があるなら知りたいところだな。

 というのはともかく、流石元『本の虫』組というべきか、ラベルさんは順調にヴォルケの一族雲竜族の人達の「非実体化」を解除するための説得を進めているようだ。なるほど、これならお任せして問題ないな。


「ありがとうございます、ラベルさん。私はこれから洞窟の通路を拡張して来ます。と、その前に連絡事項が」

「……何でしょう」

「南の海上に超特大の渦巻く積乱雲を確認しました。前回まではあんなの無かったので、警戒しつつ全体のスピードを上げた方が良いと思います」

「ファンタジー世界のスーパーセルですか。分かりました。外に出たら警戒を促します」

「よろしくお願いします」


 前にも言ったが、ラベルさんだって大概優秀な人だ。なので私に対する個人的な感情は別として、やるべき事がはっきりしているなら動くのも理解するのも早い。

 現実でも相当な被害が出るスーパーセルがファンタジーの世界で発生している、しかも前触れなしに、という状況のヤバさもすぐ理解してくれたので、私はそのまま、上方向の通路を拡張しに行った。

 もう谷には光の柱を設置してあるし、通路の幅を広げるのにはどうしたって多少の時間がかかる。だから避難は済んでるだろう。それに、ヴォルケの一族雲竜族の人達が太陽の光を浴びるには、こっちの方が近い。


「それに、ラベルさんにもお願いをしましたからね。森から見えやすいのはこちらですし、下方向の通路を拡張している間に伝えられればいいのですが」


 まぁ、あれだけでかければ、森からでも見え……見え……ない、可能性が、ある、か? 西か東に船を出すか、上空に行けば見えるだろうけど、地上からだとちょっと見え辛いのは確か、だな……?

 ……うん。見えない、と思っておこう。事態を悪い方に考えておいて準備をするだけして、そして空ぶったら良かったと笑えばいいんだ。


「風らしい風を感じないので、あの巨大な雲がどちらへ流れるかにもよるでしょう――けどっ!」


 ドゴォ!! と、通路の最後を一気に殴り抜く。そして不安になって来たので、開通したばかりの通路から顔を出し、南側を振り返ってみた。

 …………そっかー。そこそこ高さのある山の斜面からでも見えないかー。


「ラベルさんにお願いしておいて良かった。……と言う事は、万が一の時の排水路も兼ねて、急いで下向きの通路を拡張しておかなければなりませんね」


 しっかし本当に、どうしてあんな巨大な雲が出て来たんだろうな? 全てのステージは条件的に同一との事だから、素直に受け取れば、北側に被害は出ない、つまり、あの巨大な雲は来ないんだろうけど。

 ……ま、どうせいつもの厄介事だろう。問題なのは、レイドボスは倒せるが、天候は倒せないって事だな。いや、倒す必要は無いのかもしれないけどさ。




 ラベルさんが居たって時点で薄々気付いていたが、このステージにはニビーさんがクランリーダーである『猿山植木店』の召喚者プレイヤー達がほぼ集合していたようだ。何故ほぼかっていうと、わちゃわちゃと新人っぽい召喚者プレイヤーが一杯いたからだよ。

 まぁ新人っぽいと言っても、特に目立って性質の悪い奴は緊急メンテナンスによるアップデートで弾かれている。なので『猿山植木店』の人達の指示を仰ぎ、指針を貰って活動している彼らは、プレイする時間がなかなか取れなかったり、この大型連休に合わせて参入したりした人達となる。


「キ! まぁでも素直に尊敬して言う事を聞き入れてくれるので気分としては大分楽ですね! 何か重大な決断を迫られている訳でも無し! ウキ!」


 どうやらすっかり【人化】せずに行動する事に慣れてしまったニビーさんだが、体毛の色が更に濃くなり、尻尾の長さが身長の倍ほどになっている。多分これ、何段階か進化してるな。

 まぁ相変わらずお面はつけているのだが、今は横にずらされている。つまり、ハイテンションなヒャッハーロールって事だ。

 ……しかしどうやら、ニビーさんも厄介な新人の集団に当たっていたようだ。あと後半は多分、去年の5月イベントの時の事だな。序盤でえげつないプレッシャーかかってたから。うちの戦闘狂がすみません。


「……っと、思って! いたのですが! 何ですか超特大な積乱雲とは! キッキー!」

「全てのステージで同じ状態の筈ですから、頑張って乗り切りましょう」

「キキ! まぁ確かに選択肢などありませんがね! ウキ!」


 なお、その高いテンションが若干やけくそに感じたのは、たぶん気のせいじゃ無いんだろう。

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