第362話 16枚目:病毒の小鼠

「やぁルドル、無事合格おめでとぅ。……それじゃぁ、次はアタシの試験をお願いしていいかなぁ?」

「おー、いいぞ」

「エルルリージェ、交代しとくか? 姫さんに縁のある使徒生まれなら流石に連続はきついだろ」

「まぁ確かに多少神経は使ったが……お前が相手したいだけじゃなくてか?」

「珍しく気を回したらどうしてそうなる!?」

「普段の言動を振り返れ!」


 という会話を挟み、ルディルの相手はサーニャに交代となった。……ルディルかー。うん。うーん。いや、サーニャも【成体】の竜族だし、その状態異常耐性は普通からすれば滅茶苦茶高いんだろうけどさ。


「始める前に1つ確認しても良いですか、ルディル」

「はぁい、何かな、マスター?」

「何をどう使おうともそれはあなたの手札なので、誇りこそしても責める事はありません。が、あくまで今回は模擬戦ですからね。「用意」は万全ですか?」

「ははぁ、マスターは優しいなぁ。もちろんだよぉ。というか、こういう形で作ったのは「用意」の方が先だからねぇ」

「なら大丈夫ですね。まぁ、問題ないとは思いますが」


 え、何の事かって?

 そりゃルディルはあれだ、状態異常を高速で山ほど積み込む鼠さんだからさ。あくまでこれは模擬戦なんだから、「解毒剤」は必要じゃないか。使徒生まれ組は全員知ってると思うけど、エルルとサーニャは知らないからね。一応念の為だよ。

 こういう形、と言ったところで、ルディルはポーチの1つから試験管型の瓶に入ったポーションを取り出して、指に挟んで振って見せた。そうだな。ルディルが持ってる中で一番強い毒は、自前のスキルで積み込むやつだもんな。


「うん? 姫さんが確認するって事は結構ヤバい戦い方なのかな? まぁボクらに毒の類はまず効かないんだけど」

「……へーえぇ、そりゃすごい自信だねぇ」


 …………もしかしてサーニャって、煽ってる意識なく相手を怒らせる才能の持ち主か? 事実だけど、事実だけどせめてもうちょっと相手を選んで口に出した方がいいと思うよ、サーニャ。

 あ、エルルも眉間にしわ寄せてるって事はこれ煽ってる意識ない奴だな。……うん。「用意」があるかどうかは確認したし、模擬戦だっていう念押しはしたし、死ぬことは無い、だろう、たぶん。


「ルチル先輩、あの黒髪バカなのか?」

「思っても言っちゃだめですよー。確かにサーニャさんは、ちょっと空気を読むのが下手なとこがありますけどー」

「ルディル、怒ったね」


 なお、ルディルの戦い方を知っている使徒生まれ組は小声でそんなやり取りをしていた。あーぁ、私も知らないぞ。回復の用意だけはしておくけど、ルディルの事だから効いてる間は回復反転みたいな効果があっても驚かないからな。

 そんな不安要素がある中でサーニャは槍を振って構え、エルルは少し離れた所で審判だ。ルディルはあの大荷物を背負ったままだが、あの状態でどう戦うんだろうか。

 ……真っ当に毒の類を使わずに戦うって事はだけはまぁ無いな。それは分かる。


「そっちのタイミングで始めていいよ。姫さんの役に立つならどんなえげつない手段だって歓迎だ」

「ふ。ふふふ、そっかぁ。それなら、胸を借りるつもりで頑張ろうかなぁ」


 表面上はにこやかなのに物騒な物を感じるのはなぜだろう……とちょっと遠い目をしたくなったところで、ルディルが更に距離を取るのが見えた。あそこは遠距離の間合いだが、どうするつもりだ?


「ルドルとぉ、多分ルシル先輩は【人化】したまま戦うよねぇ。模擬戦だしぃ。ルチルは……どうかなぁ? でも、アタシもどっちかっていうと、【人化】した状態だと本気は出せないからねぇ」


 遠く、模擬戦の範囲として簡単な柵で囲まれている、そのギリギリまで下がって、にこぉ、とゆるーい笑みを浮かべるルディル。

 ……ひっ、とばかりルドルの顔色が悪くなったのは、ルディルが【人化】を解くというその意味を、誰より正確に知っているからだろう。あぁうん、これは怒ってるな。フォロー出来ないけど。


「大丈夫だよぉ。模擬戦なのは分かってるからぁ。……それじゃあ、始めるねぇ」


 と。到底戦闘前とは思えない緩さでルディルは開始を口にするなり、抜き打ちのような速度で何かを地面に叩きつけた。ぼふんっ! という音と共に、あからさまに毒々しい紫の煙が爆発する。

 サーニャはその煙を見て息をつめたようだが――


「痛っ!?」


 地面に注目した私には見えていた。煙をブラインド兼囮として、小さな鼠が草の隙間を駆け抜けたのを。今の私の手のひらでも十分くつろげるような小鼠は当然【人化】を解いたルディルな訳で、そのスピードはその実ルシルといい勝負の筈だ。

 で、いくら軍服の形をしている全身鎧を纏っていると言ったって、関節の可動部や構造上の隙間は存在する。電撃のような速さで目一杯に広げた距離を一気に駆け抜けて、その小ささを生かしてそういう場所を狙えば簡単にダメージを通せるだろう。

 そして、ダメージが通るって事は、だな。


「っ!? う、わ、なん……っ!??」

「なるほどお嬢が確認する筈だ。そこまで!!」


 痛、と声を上げた次の瞬間にはサーニャの顔から血の気が引き、口を押えてよろめいていた。それを見たエルルは即座に模擬戦を止める声を上げる。

 ……うん。ルディルもあれだ。状態異常を積み込むスキルを、これでもかと鍛えて来たらしい。


「は、あはは何だこれ目が回るのに笑いが止まらないんだけどあれいつの間に空が赤くなったんだ?」

「ルディル。怒ってるのは分かりましたから解毒剤をお願いしてもいいですか?」

『まだ合格の判定は貰ってないよぉ』

「かすり傷1つで竜族の軍人に重度の複合状態異常を叩き込んでおいて落とす訳があるか!? 合格!」

『わぁいやったぁ』


 ……という訳で、うちの子で最も早く勝負を決めたのは、ルディルとなった。いやー防御力を無視する搦手は強いと思ってたけどマジで強かったな。サーニャの油断もあっただろうけど、無くても勝負になったかどうか危ういんじゃないの、これ。

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